第14話 VS FURIDASHI ROUND2


───壁の内。


ぐるりと円形の城壁が囲む土地。

そこには、地下に沈んだはずの「央」の街並みが復活していた。


陸獣達との死闘の末すっかり枯れた大地の上に、立派な建物が不自然に建ち並ぶ。


そんな不安定な地に、一体の獣と一人の漢が対峙していた。


「さあ。始めようか」

「ルウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」


行末を見守るように上空に存在する一つ眼『AI』の下、人類の存亡を賭けた闘いが始まった。



手始めに虚空を掴むセウズ。

その右手に「雷」が掴まれる。『雷霆ケラウノス』だ。


「くらえ」


セウズがケラウノスを振るえば、「フリダシ」の頭部を雷雲が覆った。

直後。強力な「雷」が発生。「フリダシ」の巨躯に、問答無用で降り注ぐ。


が、「フリダシ」は全くの無傷。

頭部に生えた百の龍は、口から「炎」を吐き出し、雷雲を焼き尽くした。


「ルウウウゥゥゥ!!」


お返しといわんばかりに、「フリダシ」が拳を振り下ろす。

隕石が落ちてきたのかと錯覚する程巨大な拳は、見かけとは裏腹に速さも持ち合わせていた。


「くっ・・」


セウズはその一撃を何とか躱す。

「全能」を駆使し、自分の体を移動させたのだ。


タイミングは際どかった。あと少し遅れていれば、巨大な拳に体をぺちゃんこにされていたことだろう。


事実、セウズが元居た大地には巨大な窪みが出来上がっていた。

すぐそこにあった建物は、跡形もなく崩れている。


「本調子というわけにはいかないか・・・・」


ケラウノスを握り締め、セウズが呟く。


その言葉通り、セウズの動きには以前のような俊敏さがないように思えた。

あくまで無敗を誇ったセウズと比べてではあるが、どうも動きが鈍い。


その変化には、やはり失われた「全知」が関係していた。


彼が「全知」で得ていた情報は、大きく分けると二つ。それは、過去と未来だ。

この内、過去はユノの「専知」である程度補うことができたが、未来に関しては全くであった。


して、こと勝負においては、この未来の情報の有無が大きく関わってくるのだ。

相手の動きを知っていれば対策ができるし、勝つ為のルートを知っていればそれを辿ることができる。


未来を知る権利は、絶対勝利の切符と同義であるともいえるわけだ。


それを奪われた今、セウズの動きが常人の域に留まるのは必然であった。


「全能」を駆使すれば未来を知ることも可能かもしれないが、それには相応の処理が必要だ。

闘いと同時並行でこれをするのは、少なくとも今のセウズには厳しかった。


「これは、震え・・?」


セウズは、自分の体が震えていることに気づいた。


それは未知からくる恐怖なのか、それとも未知を愉しむ武者震いなのか。


それすらも、今のセウズには知る由もなかった。




───壁の外。


「・・駄目。私の力だけでは足りない」


悔しさに唇を噛みながら、ユノが呟く。


彼女は、セウズの戦況を正確に把握していた。

それは『専知専能』を通じて、セウズと繋がっているからに他ならなかった。


彼女の才には、発動した相手の体を一定期間乗っ取ることができる、という性質がある。

ユノはセウズに「専知」を授けると同時に、この能力の一部を作用させていた。


端的に表現すると、現在のセウズの一部にはユノの存在がある、といった状態だ。


して、ユノはセウズが力を十二分に発揮できていないことを悟っていた。

自分の才だけではどうにもならないことも、だ。


「未来を。それは無理でも、相手の動きを素早く正確に把握する術があれば・・・・」


思案顔で呟くユノの言葉に、いち早く反応を示した男が一人。


「いるじゃないか。適任者達が」


その男。六下の視線の先には、各国の案内人達の姿があった。


「僕たちですか?」


いまいちピンときていない様子で、案内人壱ノ国代表担当コーヤが自分を指差す。

他の案内人達も、同様の表情とポーズをしていた。


六下の考えはこうだった。


相手の動きを把握する術。それは「五感」。

こられを極限まで高めた時、動きは抜群に良くなることだろう。


して、六国をそれぞれ担当する案内人達の才は、第六感までをも含めた感覚をそれぞれ超人化する代物だ。

これをセウズに渡すことができれば、「全能」を使わずとも相手の動きを素早く正確に把握する術を、セウズは手に入れられることになる。


「なるほど。それは良い考えね。けど、いくつか問題があるわ」


六下の提案に対し、ユノが上げた問題点は「セウズに超人的な感覚を渡す術」であった。


ユノの『専知専能』はセウズに発動中であるため、他の者に発動することはできない。

これだけ聞くと多くの者達の才が封じられている今、六下の案を実現するのは不可能に思えたが、逆に言えば、ユノに能力を授ければセウズに渡すことが可能、ということでもあった。


だが、問題はユノに渡す術。それも六人分の才を、だ。

これを現実のものにするには、少なくとも複数の才を一つに集約する能力と、これを他人に渡す能力が必要であると考えられる。


生憎、そのような才の持ち主に、ユノは心当たりがなかった。


「話は聞かせてもらった」

「私たちに任せてください」


その時。男性と女性、二つの頼もしい声が聞こえてきた。




───壁の内。


「ルウウウゥゥゥ!!」


魚の鱗のようなモノに覆われた「フリダシ」の片脚が、セウズに迫る。


「・・なんだ?視えるぞ」


セウズは、それを軽々と避けてみせた。


『セウズ様。聞こえますか』

「その声。ユノか?」


脳内に直接届くように聞こえる声に、セウズが反応する。


『はい。たった今、六つの感覚を強化する才を新たに渡しました。どうぞ、お使いください』

「なるほど、そういうことか。助かる」


次に迫った「フリダシ」のもう片方の脚も、セウズはいとも簡単に躱してみせた。



セウズに案内人達の才を渡す。

これが実現した裏には、二人の救世主の存在があった。


それというのは、元案内人のオーヤと実況者のミト。

二人の才は、案内人達の才をユノに繋ぐ役割をそれぞれ果たした。


オーヤの才、それは『アグリゲーション』。

複数の才を一つに集約する能力だ。


ただし、本来これはアウトプットに対応していない。

つまり、一元化した能力を出力することはできないわけだ。


そこで活躍するのがミトの才。名を『RAM』。

これは羊の意味ではなく、Random Access Memoryの略である。


能力の概要は、インプットした才を他人に渡すという代物だ。


この二つの才が足りなかったピースを埋め、能力の受け渡しはうまくいった。


ちなみに、オーヤとミトは戦闘要員ではなかった為、「フリダシ」が代表達の才を封じた時には少し離れた場所に避難していた。

もしも、あの場に加わっていれば、この度セウズに能力が届くことはなかったことだろう。


更にもう一つ。この奇跡のようなパズル完成の裏には、オーヤの才が繰り上がりを起こしている、という問題があったのだが、これには金髪碧眼のキャスタが一役買った。


彼女は「フリダシ」の開眼時、その金髪で緋眼を隠していた。

故に、封じられた才は半分だけであったのだ。


案内人達の才に加え、キャスタの才『永遠の18歳』をオーヤが一元化。

これにより、案内人達の才が完璧な状態でミトに、それからユノに渡り、無事にセウズまで届いた、という運びであった。



「これならやれそうだ」


セウズが再び虚空を掴む動作をする。

次の瞬間。ケラウノスの代わりに右手に握られていたのは、万物を切り裂く鎌『アダマス』であった。


セウズは地面を蹴るようにして跳ぶと、アダマスで「フリダシ」の片腕を両断した。


「ルウウウゥゥゥ!!!」


「フリダシ」の悲鳴が響く。


確かな手応えを感じ、着地するセウズ。


が、超人化した視覚が次に捉えたのは、両断したはずの腕が再生していく様であった。


「まだ足りないか・・」


超人的な感覚を手にし、セウズの動きは格段によくなった。

が、「フリダシ」の地力はそれを遥かに上回る。


「やはりしかないか。だが、この状況では無理だな・・・・」


セウズが思案顔を浮かべていると、一方からゴゴゴと重々しい音が聞こえてきた。




───数分前。


壁の外側では、各国の代表達がそわそわとしていた。


壁を一つ挟んだ向こうでは、今もセウズが「フリダシ」と相対している。

にも関わらず、才を失った自分達は何もできずにこうしている。


闘うことすらできないという事実は、代表達の精神に多大なダメージを与えていた。


「あら。お困りみたいね」


背後から聞こえたその声に、代表達が一斉に振り返る。


「エンちゃん!?」


真っ先に驚きの声を上げたのは、三上であった。


そこには「サイストア」の店主。うっふんでお馴染みエンちゃんの姿があった。

その背後にはボールの様なモノを山積みにした複数の大きな台車と、エンちゃんとよく似たオカマ風の人物が二人。


彼ら(彼女ら?)は、エンちゃんと似た過去を持ち、似た才を授かった同志達。

そして台車に積まれたボールは、百種の武器に化けるとされる『サイウエポン』であった。


「なによ。全員が全員、失恋したみたいな顔して。落ち込む暇があるなら、男も女もタマを掴みなさい!時間とうっふんは待ってくれないのよ!!」


エンちゃんの激励?に、代表達は一瞬呆けた後。


大量のタマが積まれた台車に一目散に走った。

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