第2話 『家事をやってくれるメイドさん募集!』(前編)
「さ、流石に来ないよなぁ……」
翌日の早朝。
かなり朝早く学校に着いた僕は周りに誰もいないことを確認して、背負ったバックパックから一枚の紙を取り出した。
『家事をやってくれるメイドさん募集!』
このふざけたタイトルが印刷されたA4のポスターは昨夜、僕と澪奈が深夜テンションで書き上げたものだ。雪奈には一応見せておいたが、もちろんガン無視された。
本当は掲示許可が要るのかもしれないけれど、わざわざ職員室に行って「このポスターを貼りたいんですけど」なんて言えるわけがない。事情を根掘り葉掘り聞かれるのは避けたかったし、説明してもどうせ却下されるに決まっている。
「まぁ、
緑色の壁紙の隅っこ、部活動のPRポスターの数々に隠れるようにして画鋲で留めたそれは赤紙かと言いたくなるほどに真っ赤であり、隠れるどころかむしろ目立ちに目立ちまくっている。とはいえ、せっかく澪奈と作ったのだ。僕は苦笑いして、眠い目を擦り擦り一年生フロアへと向かった。
その背中を一人の少女が見ていたことに、この時の僕が気づけるはずもなかった。
***
「もしもし澪奈? 起きてるか?」
「その声は――お兄様?」
……ノックすると、中から返ってきたのはやたら透明感のある声。何かのアニメで最強ヤンデレ妹キャラを演じた人気声優に少し似ている。
「ちょっと入っても?」
「ええ、どうぞ」
扉を開けてくれた澪奈はポニーテールを
「それでお兄様……今日はどのようなご用件でしょうか」
「おい澪奈。『氷炎地獄』と書いて何と読む?」
「それはもちろん、インフェル――はっ!?」
「あのなぁ、僕は主人公最強でも何でもないんだけど」
「ふふ、お兄様はお兄様です」
どうやら今の澪奈はブラコンモードらしい。深夜になると時々キャラ付けがブレるので、まぁいつものことだろう。それに今はブラコンでいてくれて、むしろちょうど良かった。
「それはさておき、みゆ……じゃなかった澪奈。お前の実力を見込んで頼みがある」
「はい。なんでしょう、お兄様」
「ポスターを作って欲しいんだ」
「ポスター……ですか?」
「そうだ。実は今、お手伝いさんを頼もうかと思っているんだ。ほら、僕たちだけで家事を全部こなすのは大変だろ?」
「それは……うぅ」
「別に責めてないよ。でさ、僕たちのお小遣いで誰か雇ってみるのはどうかなって」
「雇うって……そんなことができるのですか? 労働条件通知書や雇用契約書は作成したんですか? 労働基準法上も問題はないんですよね? ふふ……流石はお兄様です」
「うぐっ……」
そんなことは
「……確かに、僕たちが人を正式に雇ってみるのは難しいと思う。そこで、まずは学校の掲示板にポスターを貼ってみようかと思うんだ。どうかな?」
「なるほど、まぁ法律的にはグレーよりの黒な気もしますけど、わたしはお兄様に賛成です。流石はお兄様です!」
「お前それが言いたいだけだろ」
いつもとは違うノリで明らかにふざけている澪奈だが、その画力とセンスは凄まじい。彼女の描く古今東西の厨二病キャラの絵を心待ちにしているファンは数知れず、画像投稿サイトにアップロードすれば五千いいねは平気でつくほどだ。
そして、どうして僕がそんなことを知っているかと言えば、もちろん澪奈のアカウントをフォローしているからだ。ちなみに彼女のアカウント名は『みおな†全能なる我が暗黒の右腕†』である。
「ポスターってことは、なるべく目立つデザインの方が良いよね?」
「ああ……まぁ」
「ククッ……そこで見ておれ。我が全能なる暗黒の右手に任せるがいい」
「そこは『全能なる我が暗黒の右腕』じゃないのか?」
「な、なぜその名前を……っ!?」
口調が変わった澪奈はベッドから立ち上がって机に向かうとパソコンを開き、画像編集ソフトを立ち上げると、まずA4のキャンバスを真っ赤に塗り潰した。
「ちょっ、それはいくらなんでも」
「召集令状は赤に決まっておろう?」
「いや召集令状って……」
「雇用契約に従わぬ使役なのだ。まさに召集令状と呼ぶに
この軍国主義者めと言おうかとも思ったが、割と的を射た表現だし、何より妹が楽しそうなのでやめることにした。僕が無料で頼んでいることなのだ。楽しく作ってもらうに越したことはない。
赤地にでかでかと白抜きのポップ体で書かれた『家事をやってくれるメイドさん募集!』が映える。あまりにシュール過ぎる気もするが、一周回って良い……かもしれない。
「それで我が兄よ、他には何と書くのだ?」
「そうだなぁ……具体的なことを書かないとだな。例えば『料理ができる人を探しています』とか『1日あたり1500円を支払います』とか」
「千五百円? 少なすぎるのではないか?」
「それはそうだが、考えてもみてくれ。僕たちの小遣いを三人分足して三十日で割ってみると?」
「……二千円だな」
「だろ?」
しかし、そこで澪奈が
「――払えるのなら二千円払うべきではないのか?」
「ほう」
「千五百円では普通のバイト一時間ぶんにしかならんのでな。夕食を用意してもらうには、それでは到底足りんだろう」
「澪奈、お前……」
彼女はそう言って『1日あたり2000円をお支払いします!』と書いたギザギザの吹き出しを中央下に貼り付け、僕の方を振り返って柔らかく微笑んだ。
それからおよそ二時間後。
安らかな寝息をたてている澪奈に布団を掛けてやり、僕は妹の部屋を後にした。
無事完成したポスターは少し……いやかなり過激な雰囲気ではあるものの、分かりやすくてインパクトもある素晴らしいデザインだと思う。
それに、下の方には僕と雪奈と澪奈が描かれている。日頃中二病全開なイラストを量産している神絵師のものとは思えない、いかにも女子中学生が描きそうな可愛らしいタッチでだ。ともかく、依頼主が男一人ではなく妹二人も一緒の三人だと分かれば、女子も少しは応募しやすくなるかもしれない。
後は運を天に任せるしかないだろう。明日は明日の風が吹くのだから――。
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