メイドとして雇った同級生の美少女と半同棲生活を始めてから、絶賛反抗期中の妹たちがなぜかやたらと絡んでくる。

澪標 みお

第1章 夕島結衣花との出会い

第1話 我が家の妹たちは反抗期

「はぁっ!? 来週からジャカルタ出張!?」


 無愛想な顔で夕食の唐揚げを頬張っていた妹が、机をバンと叩いて立ち上がった。


「そうなんだ。急な話で済まない、雪奈ゆきな

「ほんとよっ! まったくもう……大人のくせに段取りとか無いわけ?」

「ギリギリになって決まったことなんだ。具体的には今日」

「いくらなんでもおかしいわよそんなのっ!」


 鋭い目で父を睨みつけている彼女は僕――笹木孝樹ささき こうきの妹、雪奈だ。学年は僕の一つ下、中学三年生である。顔立ちは我が家の中で一番整っているし、青みがかったセミロングの黒髪はさらっさら。目つきの悪さが玉にきずではあるものの、我が妹ながら控えめに言ってかなりの清楚系美少女だ。


「まあ、でも確かに急すぎるよ。もっと早く教えてくれても――」

「アンタは黙ってて」


 そんな長女の肩を持とうとした僕だが、当の本人が容赦なく背中を撃ってくる有様である。目線すら合わせてくれない。つい数年前まではお兄ちゃんにあんなになついてきて可愛かったというのに……。炭酸水の入ったコップに口をつけながら、僕はそっと溜め息をついた。


「おい貴様……そんな言い方をした暁には、我が右手に封印されし闇が混沌となって」

「中二病も黙ってなさい」

「ちゅ、中二病ちゃうしっ!」


 カッコつけて右手を額にかざしながら口を挟んできたのは次女の澪奈みおな。雪奈と同じ色のポニーテールが可愛らしい中学一年生である。姉ほどの反抗期ではまだないものの、ご覧の通り深刻な厨二病をなぜかわずらってしまっている、救いようのない残念系美少女だ。


「だいたい澪奈はお子様なのよ。部屋の片付けすらまともにできないし」

「なっ!? まさか貴様、我が聖域サンクチュアリに勝手に足を踏み入れたというのか……ッ」

「あのさぁ、厨二病ならあたしのこと『姉上』とか『お姉様』って呼ぶもんじゃないの? 姉に対する敬意はどこいったのよ」

「敬意? 尊敬? フッ……そんな下らぬもの、とっくの昔に大海の底に捨ててきたわ」

「何ですってぇ!?」

 

 激昂げきこうする長女に、口の端をニヤリと歪める次女。

 

「全く、ちゃんと仲良くしてくれよ……。父さん、心配で仕事ができなくなっちゃうだろ?」

「そうだよ。もう中学生なんだから」

「そういう問題じゃないでしょっ! 澪奈コイツがいまだに中二病こんなだから――」

「なんですかぁ、いまだに『雪奈お姉様』?」

「……っ!」


 言葉に詰まるお姉さん。

 そう、彼女の料理スキルは壊滅的なのだ。

 

 ――あれは昔、まだ彼女が僕にべったりだった頃。両親がどちらも残業で遅くなった夜、塾からヘトヘトになって帰ってきた僕にチャーハンを作ってくれたことがあった。可愛い妹が自分のために料理をしてくれたのだ、当然僕は嬉しかった。……しかし、ウキウキしながらいざ一口目を噛みしめたその瞬間。口の中で「バリッ」という嫌な音がしたのである。それは、米粒の隙間に大量に混入していた卵の殻の欠片であった――。


「そうだな。良い機会だから、雪奈も料理を練習しておくといい。あと澪奈、皿は割っちゃダメだぞ?」

「うぐッ……き、急に右眼の奥が疼き出した……我はちょっと失――」

「逃がしません」


 右眼を押さえながらそそくさと逃走を試みた次女の腕を捕まえる。頼んだぞと父に視線を送られ、僕は肩をすくめた。


 「澪奈に洗い物はやらせるな」。


 我が笹木家の常識である。つい三週間前、今度こそはと皿洗いに挑戦した彼女が一夜にして四枚もの大皿を破壊したのは記憶に新しい。おかげで翌日の午前中から皿を買いに行く羽目になった。


「ということで頼んだぞ、お兄ちゃん」

「はぁ……善処します」


 そうして消去法で残った僕は何もかも平凡で、料理の腕はちょっとした食事が作れる程度。しかも高校生になってからは課題に追われるようになってしまい、こうしてレトルトカレーやインスタントラーメンを人数分用意するので精一杯だ。ちなみに父は料理がめちゃくちゃ上手いので、土日は完全に父頼みである。

 洗濯は澪奈に、洗い物は雪奈にやってもらっているので一応何とかなってはいるものの、正直二人とも不器用なので気が抜けない。もちろん、彼女たちにそんなことを言ったらひっぱたかれるだろうけれど。



 ***



「うーん……困ったなぁ……」


 夜の十時を回ってようやく課題を終えた僕は、スマホでとあるページを開いていた。家事代行サービスの求人サイトだ。

 僕の通っている高校はものすごい進学校というわけではないのだが、課題の量は結構多い。そして難しい。しかも、問題を解いてこいと予習を要求してくる授業まである。


「そうだよな……高校生不可に決まってるか」


 調べてみると、多くの家事代行サービスは会社のオフィスや介護施設が募集しているようだ。家庭教師のように個人で募集している例は見当たらず、高校生不可と明記してある求人がほとんど。説明文によると、働いている人は主婦が多いらしい。

 

「でも、ウチに主婦を上げるのはなぁ……」


 しかし、我が家はシングルファザーなのだ。

 母の不倫が発覚したのは二年前。ほどなくして離婚することが決まり、僕も妹たちも父についていくことを望んだので、母は家を出て行った。雪奈と澪奈が反抗期を迎えたのはその少し後だったと思う。

 二人とももう中学生だし、分別は十分つくはずだ。でも、あの母親と同年代の女性を家に招くと言えば、妹たちは何を思うだろうか。


「それに、そもそもこんな給料は出せん……っ!」


 そして当たり前のことなのだが、時給は千円を普通に超える。仮に夜ご飯を作ってもらうだけでも二時間はかかるだろう。三十日続ければ六万を遥かに超える額が吹っ飛ぶ計算だ。昼食を作ってもらった場合には十万円くらいになるかもしれない。実際には、この他に食費もかかるわけで――。


「無理だ……詰んだぁ……」


 ならばやはり僕が頑張って三食作るしかないのか? 休日も?

 しかしそうなると勉強する時間も、もちろん休む時間もなくなってしまう。妹二人も大変だろう。幸いなことに、父は毎月のお小遣いを月二千円から二万円に増やしてくれるとさっき言っていた。三人合わせれば六万円。家事代行サービスを頼むには足りないが……。


「……そうだ! 成功するかは分からないけど……」


 立ち上がった僕は自室を出て、澪奈の部屋の扉をノックした。

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