ロマンスにはほどとおい

奈月沙耶

 

case one アキ×キヨ

1.領土侵犯

「寒いから泊まっていっていい?」

 二回目を出し終わった後、ごそごそと掛け布団に潜り込みながらアキが掠れた声で尋ねてきたとき。

「いいんじゃね?」とスカした返事をして、くずかごに向かってスキンの始末をしながら。俺は内心で警戒していた。


 かつて。この部屋でひとり暮らしを始めた直後に連れ込んだ女は、ブラックニッカの瓶にシュシュをひっかけたまま帰っていった。

 目には入っていたが見なかったことにしていると、二日後の夜に呼ばれもしないのにやって来た女は「忘れ物しちゃった」と再び俺の部屋にあがり込んだ。


 抱いてほしそうだったのでそうしてやると、終わった後に「シャワー借りるね」とお泊まりセットを取り出した。それを見たとき、やられた、と思った。


 その女のお泊まりセットは二週間にわたって俺の部屋に居座り続けた。女はこうやって男の領土を侵犯する。

 いつの間にか洗面台に小物が増え。キッチンのコンロにはピンク色の揃いのフライパンと小鍋が出現し、甘い卵焼きと肉じゃがが調理された。


 ふざけるな、男が肉じゃがに感激するとでも? 俺は甘い卵焼きも、でんぷんがどろどろになったじゃがいもも大嫌いなんだ。


 正直にそう言うと女は「ヒドイ」と泣き崩れた。勝手にひとんちのキッチンでひとの嫌いなものを作って食わせようとするのはひどくないのか? びっくりさせたかったのって、ああそりゃあびっくりだ、サプライズだぜ。

 だが、相手の好みも考慮せず押しつけがましいだけの贈り物なんてただの自己満足だろ? 俺にしてみればカラダしか知らない女の手料理なんか気持ち悪いだけだし。


 ヤれるならいいかと流されていたが、やっぱり駄目だな。領土は断固守らねば。


 その女と完全に国交を断絶するのに苦労した。告った覚えはないのに、女にとっては俺はカレシだったらしい。これまた驚きだった。


「ダッセぇ」と悪友たちからはさんざん笑われた。が、そいつらにしたって遊ぶオンナと本命の線引きなんてできちゃいない。うっかりデキ婚だってよくある話だ。

 いわく、安全日だって騙された。いわく、コンドーさんに穴が開いてた。ガクブルな話だぜ。


 俺は自由を愛する。俺以外の存在のために身を削りたくない。欲求を我慢したくもない。

 だから一度めんどうなことになって以来、お持ち帰りはしないことにしていたのだが。

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