57作品目

Rinora

01話.[どうでもいいか]

めぐみちゃん、そろそろ起きて」


 声が聞こえてきて目を開けたら部屋内は既に明るかった。

 体を起こしたら上半身が冷気に襲われぶるりと震えた。


「……どうしたの?」


 え、と困惑していると「涙、出ているけど」と教えてくれた。

 昔の夢を見たからなのかもしれないと説明しておく。

 この人は本当の親ではない、父も同じくそうだ。

 私の本当の両親は昔、住んでいた家で自殺してしまった。

 それからどうしてこうなったのかは分からない。

 ひとつ分かっていることは受け入れてくれたこの人達はいい人達ということだ。

 別に受け入れられなかった人達を悪い人達認定するつもりはないけど。


「おはよう」

「おはよう」


 父にも挨拶をして朝ごはんを食べさせてもらうことにした。

 私好みの味付けで安心できる。

 けど、合わせてくれているということを考えると申し訳ない気持ちしか出てこない。


「ごちそうさまでした」


 早めに登校するのが好きだから準備をしてすぐに出た。


「寒い……」


 当然、県、市、通う学校なども変わったからすぐに慣れることはできなかった。

 それでもなんとか一日一日を一生懸命に過ごして高校生一年生になった。

 そこでも引っかかることが出てきたわけだけど、私にできることはなにもない。


「おはよっ」

「おはよう」


 いつも挨拶をしてくれる子だった。

 元気いっぱいでキラキラしていて少し羨ましい。

 私にはできないことを彼女は普通にしてしまっているから。

 中央最後列、そこが私の居場所だった。

 座っていれば誰にも邪魔されない、静かにしていれば対象にされることもない。

 やはりイジメというのはどこにでもあることだから謙虚に生きなければならない。

 そもそもの話、お世話になっている身で面倒なことなんか起こすべきじゃない。


「下地さんっ」

「うん」


 でも、どうして自殺してしまったんだろうか?

 常日頃から夫婦喧嘩をしていたとかそういうことではなかったのに。

 学校から家に帰るといつも優しい母が迎えてくれた。

 ある程度の時間になったら帰宅した父も優しくしてくれた。

 それだというのに、あの日急に変わってしまったのだ。

 四年生だったから記憶があやふや、だなんてことはない。

 私は確かにこの目で変わってしまったふたりを見たのだ。

 頼りない頭で理由を色々と考えてみたこともある。

 実は夫婦仲がよくなかったんじゃないかとか、実は金銭面で不安や不満があったとか、実は私の存在が迷惑だったとか、そういうの。

 だけど私が迷惑な存在だったとしたら普通は自分達が自死を選んだりはしないだろう。

 だからやっぱり子どもには分からないなにかがあったのだ。


「放課後になったら一緒に遊ぼうっ」

「うん」


 とにかく、受け入れてくれたあの人達に迷惑をかけないように過ごしたい。

 そういうのもあってお小遣いとかは貰わないでいる。

 当たり前だ、家に入れてくれているだけで、ご飯を食べさせてくれるだけで、お風呂とかトイレとか当たり前のように利用させてくれているだけで十分だから。

 なんで受け入れてくれたのかは聞くのが怖いからまだ分かっていない。

 まあ、なにを言われてもこちらも受け入れるしかないから聞かないままでいいと思う。


「ふぅ」


 早めに登校しているのもあって人はあんまりいなかったものの、SHRが近づくにつれてどんどんとクラスメイトが登校してきていた。

 そこからはいつもと変わらない、授業を受け、帰るというだけ。

 あ、今日は約束をしていたから珍しくそれだけではないと気づいた。

 それでも授業に集中するべきだということは変わらないからどうでもいいか。

 唐突だけど私は先生や教科内容的に国語が好きだ。

 季節も影響しているのかもしれない、なんだかしんみりとした気持ちにさせてくれるから。

 ごちゃごちゃ考えなくて済む、うるさくしていなければ誰になにかを言われることもない。

 人といるのがあまり得意ではないからこの方がいい。

 家に帰ってもなんだか落ち着かないからずっと学校にいられた方がいいのかもしれない。

 だけどそうはいかないのが現実で。

 真面目にすればするほど放課後というのはすぐにやってくる。

 ひとり、またひとりと教室から出ていく人達をぼうっと見て過ごす。

 自分から行くような勇気はないから仕方がない、来てくれるのを待つしかない。

 とかなんとか考えていたらあの子はお友達と出ていってしまった。

 ……まあいい、そりゃ明るい子といたいに決まっている。

 いるだけで空気をどんよりとさせるような人間といるよりはいいだろう。

 それでも先程考えたようにすぐに帰ったりはしなかった。

 お昼もお弁当を作ってもらったりお金を貰ったりしないようにしているからお腹が減っているものの、そんなことはどうでもよかった。

 別に自分が死ねばよかったなんて悲観しているわけじゃない。

 理不尽に殺されても嫌だからこれでよかったのかもしれない。


「雪だ」


 この県に来られてよかった点は雪が降るのをこの目で見られることだろうか?

 つまり=として凄く寒いというわけだけど、前の県では何十年に一度、ぐらいの感じだったから新鮮だった。




「下地さんっ、遅れてごめんねっ」


 いつの間にか寝てしまっていたようだった。

 ただ、そこまで寝すぎてしまったということもなく、外はまだ明るかった。

 とはいえ、外に出て少ししたらあっという間に暗くなってしまうと思う。


「……お、怒ってる?」

「怒ってないよ」


 こちらとしては時間つぶしができてラッキーだった。

 優しくしてくれるのは嬉しいけど、気を使われているのが分かって苦しいから。

 彼女はどこか安心したような顔で「よかった」と言った。


「いまからパフェを食べに行こっ、大きくて美味しいものが食べれるお店があるんだ!」

「ごめん、お金ないから」

「そうなのっ? あ、じゃあお詫びということで私が払うから――」

「ごめん、そういうのは嫌だから」


 自分で働いて稼げるようになるまで返せないままになってしまう。

 でも、彼女との関係がそこまで続くようには思えない。

 きっと彼女は、いや、彼女だけではなく関わってくれた人は離れていってしまうことだろう。


「じゃ、じゃあ、私の家に来ない?」

「分かった」

「よしっ、それじゃあ行こうっ」


 波風立てないようにある程度は受け入れて、無理なことは断ってを意識しておく。

 それに何度も言うけどなるべく家に帰りたくないから仕方がない。


「ここだよ」

「大きいね」

「私の友達の家なんてこれより大きいからね」


 彼女は笑って「すごいね」と。

 いつでもそうやって楽しそうにできるあなたの方がすごいとしか思えなかった。


「紅茶をどうぞ」

「ありがとう」


 少しの間であったとしても外にいたから紅茶は温かくて美味しかった。

 なんだろう、慣れない場所なのに、慣れない相手といるのにほっとする。

 彼女の柔らかい態度というのもそこに影響しているのかもしれない。


「西口さんはどうして優しくしてくれるの?」


 西口すずさんは「んー、気になったからかな」と答えてくれた。


「なんか下地さんだけ雰囲気が違かったから」


 自分では分からないからそうなんだとしか言えない。

 面白みもない人間だとは分かっているからそういうのもあるのかもしれない。


「あと、放っておいたら駄目だと思った、なんか危うかったから」

「暴れたりはしないよ」

「そういうことじゃないよ、消えてしまいそうな感じがしていたから、かなー」


 それだけは絶対にないと言える。

 何故なら学費などを払ってもらっているからだ。

 あくまで普通に家族として迎えてくれているし、ご飯なども食べさせてくれるからだ。

 だから私は逃げない。

 いやまあ本当は逃げられないと言う方が正しいのかもしれないけど。


「下地さんは他の人といるのが好きじゃないの?」

「うん、面白いこととか言えないから」

「えー、そういうのは気にしなくていいと思うけどなー」


 あと、流行とかに疎い人間だから話についていけないんだ。

 家に帰ってもすぐに部屋にこもる人間だからテレビを見たりもしない。

 長時間携帯を弄るような人間でもないからなにもかもが遅れている。

 そういう共通の話題、趣味で盛り上がる人間達の中でやっていけないのは明白だった。


「じゃあ、私で練習してみようよ」

「西口さんで?」

「うん、こうして家に来てくれているということは嫌いではないよね? だから、私で練習して慣れたら他の子とも一緒に過ごしてみたらどうかなって」


 そんな簡単に上手くいくだろうか?

 そもそも彼女で練習するということは利用するということだ。

 ……こうして時間つぶしのためにここに来ている時点で意味のない考えなのかな……。


「……西口さんだけでいいよ、他の人は怖いから」

「もしかしたら私も怖いかもしれないよ?」

「そうならそうでいいよ、判断するのはいまの私じゃないから」


 ひとりでも構わない。

 高校生活を無難にやり過ごしてさっさと働き出せばいい。

 お金さえ稼げてしまえば少しずつ返していくことも可能になるから。

 いまの私の望みはそれぐらい、苛められたりしなければひとりでよかった。


「よし、じゃあ決まりね」

「うん」


 多分、私の中のなにかが変わるよりも先に彼女がどこかへ行くと思う。

 だから変に期待したりとかしないようにしたい。

 悲しい気持ちを抱えたくないのだ。

 ひとりでいいなんて所詮ひとりでしかいられないからそう考えているだけだ。

 結局のところは誰かを求めてしまう弱さがある。

 こういうところが放置された原因なのかもしれない。


「下地さんはなにが好きなの?」

「ぼうっとしていることが好きだよ」


 放課後なんかは特にそう。

 人がいなくなって静かになった教室に残るのも悪くはない。

 でも、賑やかな空間というのも嫌いではないというのが実際のところだろうか。

 楽しそうにしてくれていると居やすいんだ。

 もしあのクラスの雰囲気がどんよりしてしまっていたら、学校すら嫌だったかもしれない。

 まあそれは彼女がいてくれている時点で起こるはずもないことなんだけどと片付ける。


「私はお昼寝が好きかな、眠たいときにぐがーって寝られると気持ちよすぎてやばいよ」

「夜ふかしとかしないから分からないかも……」

「いいことじゃんっ、夜ふかしなんかするべきじゃないよ」


 彼女はこちらの肩に手を置いて「あんなの眠くなるだけだからね」と。

 確かにそうだ。

 夜遅くまで起きていてもお昼頃とかまで寝てしまったらそれはもったいない。

 それだったら早く寝て早く起きた方が気持ち良く過ごせるというものだろう。


「ごめん……」

「え、なんで?」

「好きなことを否定……しちゃったから」

「そんなのいいんだよっ、それに実際に体験して夜ふかし否定派になったからね」


 どうしてこうなんだろうか。

 無難な感じにすることすら難しいなんてと頭を抱える羽目になった……。




「恵ちゃん、お弁当は本当にいいの?」

「うん、お昼ごはんを食べちゃうと気持ちが悪くなっちゃうから」


 という嘘を重ねて毎日過ごしている。

 早い時間に登校しようとしているのはこれを避けるためでもある。

 だって凄く不安そうな顔で見てくるから。


「寒い……」


 朝ごはんを食べていなくても夜ごはんを食べていれば死ぬことはない。

 でも、お腹が空くのは確かだ。

 今日みたいに体育があったりすると強く影響する。

 しかも冬に限って外で活動、ということになるのが意地悪だ。


「おはよー、今日も寒いねー」

「おはよう、本当に寒いね」


 一時間目から体操服に着替えて運動しなければならないのも辛い。

 できることなら暖かい場所で暖かい格好をして過ごしていたかった。

 わがままを言ったところで自分中心に世界が動いているわけではないからどうにもならないんだけど。


「うぅっ、寒すぎぃっ」


 いまこのときだけはクラスのみんなと同じ気持ちになれていると思う。


「しかもサッカーかぁ、あんまり得意じゃないなぁ」


 それは私も同じだ、と言うより、運動全般が得意じゃない。

 寧ろ得意なことがなにもない、いいところがなにもない。

 多分、なにもできずに終わるどころか迷惑をかける。


「中学のときみたいに女子はバスケとかバレーでいいのにね」

「サッカーは男の子がやっていたよね」

「そうそうっ、せめて体育館で活動したいよーっ」


 とりあえずは西口さんがいてくれているからマシだ。

 あとは先生の指示に従ったり、同じチームになった子の指示に従えばいい。

 サッカーなんてやったことがないから無様なところを晒すだろうけど、だからといって空気の読めない感じを出すような人間ではないのだ。

 大丈夫、前に進めないなんてことはない。

 どれだけ無様なところを晒すことになろうと一時間目体育の終わりはやってくる。


「よかった……」


 特に問題もなく終えることができた。

 あと、同じチームの人が優しくて楽しかった。

 まあ、それは我慢させているということだから手放しで喜べはしないけど。


「お疲れーっ」

「西口さんもお疲れ様」

「うんっ、ありがとうっ」


 西口さんはコミュニケーション能力だけではなく運動能力も高い。

 それでいてできない人を馬鹿にしたりはしないし、勉強面でだって優秀な人だから羨ましいとしか言いようがない。

 身の程知らずではないから真似をしたいとかは考えていなかった。


「うーん、スカートって時点でなんか不利だよね」

「足が冷えるよね、かといって、タイツとかは色々ルールがあるし」

「そうそうっ、冬だけは男の子のズボンが羨ましいよ」


 共学校だからクラスには当然男の子もいる。

 ただ、このクラスの男の子は静かな感じで怖くはなかった。

 同性と盛り上がることもあれば異性と盛り上がっていることもあるけど。


「昨日は私の家に来てもらったから今日は下地さんの行きたいところに行こう」


 放課後になって挨拶をして帰ろうとしたときに急に言われて足を止めた。

 昨日、お金がないこととかもきちんと説明したはずなのにどうしてだろうか?


「あっ、なにその顔っ」

「お金ないから……」

「お金がなくたって楽しめるところはあるよっ、例えば公園とかさっ」


 彼女は少しだけ真面目な顔で「海に行くのも面白いよっ」と。

 確かに海には十分ぐらい歩けば行くことができる。

 でも、こんな時期に行ったらそれこそ凍えてしまうのではないだろうか。


「ほらっ、とりあえず自由に歩いてみようよっ」

「寒いのが苦手だってこの前言っていたけど……」

「細かいことは気にしないっ、ほら早くっ」


 手を引かれながら考えていた。

 これぐらいの方がいいのかもしれないと。

 自分から行く勇気がない以上、変わるためにはこういうきっかけが必要なんだと。

 まずは知ろうとしてみなければ駄目だ。


「西口さん、私――」

「ざむ゛い゛ぃ゛~」


 仲良くなりたいと全てを言い終える前に彼女が寒さに敗北してしまった。

 足を止めてこちらを涙目で見てくる。


「も、もう一回西口さんのお家に……」

「そうだねっ、そうしよう!」


 こ、これは仕方がないことなんだ。

 相手が行きたくないという顔をしているのに無理やり連れて行くわけにはいかない。

 自宅に招くようなことはできなかったからこうさせてもらったということになる。


「やっぱり屋内が一番だよっ、あ、学校みたいに暖房機器が設置してあるのに使用させてくれないところは駄目だけど」

「人がいるから外よりはマシだよ」

「そうだけどさあ、ま、お金もかかるだろうからねー」


 そう、なにをするにしても基本的にはお金がかかる。

 だから当たり前という認識になってしまったら駄目なんだ。

 あ、もちろん彼女に言っているのではなく自分に言っていることで。


「そうだ、下地さんを抱きしめればもっと暖かくなれるよねっ」

「え」


 が、何故か「わ、私にはできないよ」と彼女はやめてしまった。

 ……それはそれぐらい嫌だったのかと地味に私の心にダメージを残したのだった。

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