第16話『怒り』

『怒り』


任務決行の日。


アランはまったく眠れず、この日のコンディションは最悪だった。


気分転換をしようとジャンの隠れ家から外に出ると、早朝という事もあり全身をひんやりと包み込む心地の良い風が吹いていた。


「はぁ…」


思わず溜め息が出る。


「隊長」


急に聞こえた後ろから声に思わず体がびくついた。


そこには少し戸惑いながらも笑っているジャンがいた。


「意外です。殺戮マシーンと異名高いあなたでも任務前は緊張されるんですね。私も会うまではもっと冷徹で人間味のない方だと想像してました」


「そりゃあ何回任務をこなしても人の生死が関わってるんだ、緊張はするさ。特に今回は相手があまりよろしくない。そこに姉弟同然の部下を引き連れて来てしまった。しかも自分の判断で。だから私はあの2人を絶対生きて国へ帰らせるつもりだし失敗は許されない」


「なるほど、どうりで。いやね、昨日隊長が寝室に入ってから私達で少し話してたんですよ。別に内容は他愛のない世間話だったのですが。心配しなくてもあのお二方は隊長の事を姉弟以上の存在だと思っておられます。これといって根拠はないですが話していてそう感じました」


任務前の緊張とプレッシャーのせいで感傷的になっているからだろうか?アランはジャンの話を聞いただけで涙が込み上げて来るのを感じた。


とっさにジャンに背を向け、煙草を咥え火を点ける。


まだ薄暗い空に向かって吐いた煙がロイとヴェネッサの顔に見えた。


ジャンはアランが煙草を吸い終わるのを待ち、「ではそろそろ」と声を掛けた。


「ああ」


そしてアランはジャンと共に隠れ家へ戻った。


中に戻るとロイとヴェネッサはすでに支度を済ませており、後はアランが号令をかけるだけの状態だ。


ロイとヴェネッサは黙ってアランを見る。


気のせいかもしれないが、2人の目は絶対に任務を成功させるという強い自信に満ち溢れている気がした。


「よしっ!では1時間後に出発だ」


そうしてジャンを含む4人は目的地へと出発する。


戦地を抜け、アラン一行は3時間ほどで目的地へと到着した。


時刻は正午前。アランは闇に乗じて仕掛けるつもりだったので日が落ちるまで全員に車内で待機するよう命じた。


そして数時間が経ち、日が落ちかけて来た頃に助手席に座っていたヴェネッサが口を開いた。


「ジャンさん、あの建物ですか?」


ヴェネッサは双眼鏡に目をつけたまま建物に指を指し、隣の運転席にいるジャンに聞いた。


「はい、そうです。あのコンクリートで固められた小屋の中に指揮官を含む幹部がおります。もちろんジンもいます」


アランは後部座席におり、ヴェネッサほどしっかり建物を確認出来てはいないが、自分の心拍が徐々に上がっている事に気付いた。


横にいたロイが眠い目を擦りながら


「どうします隊長?このまま突撃でもいいですけど」


明らかに無謀でナンセンスな作戦だがロイはいたって真面目に問いかける。


アランはロイを「バカかお前は」と一蹴し作戦の詳細を説明した。


その作戦とは、闇に乗じて建物に近づき中に閃光弾を投入。そしてまず突入班のロイとジャンが突入する。


アランとヴェネッサは追撃班として出入口付近で待機し、パニックに陥り出てきた幹部達を取り逃がす事なく排除するといった具合だ。


配置もそれなりに考慮した。


突入班のジャンとロイ。


偵察部隊のジャンはある程度幹部の顔なども把握している事から排除する優先順位が即座に判断できる。


ロイは経験不足とはいえ、センスが有り、単純に火力があった。


そして追撃班のヴェネッサと私。


ヴェネッサも決してセンスがない訳ではないが、女性という事もあり相手が男である以上、もし近接格闘になると不利になる。相手の力量が読めないとなるとなおさらだ。


そして隊長のアラン。

隊長は全体を把握し指示を出すいわば隊の要だ。したがってセオリー通りアランは後方支援として追撃班となった。


4人は音を消し、建物へ近付いた。


それほど大きくはない小屋なのでドアは正面の1つだけ。窓はそのドアの左右に1つずつの計2つ。


ジャンとロイは中央のドアの左右にドアを挟む様に配置。


そしてアランとヴェネッサは右側の窓の下にかがみ、アランの背中にヴェネッサがポジションを取り、中の様子を伺った。


窓には外から見えない様、目隠しがしてあったが中から光が漏れており、幹部達が談笑する声が聞こえる。


ジャンとロイはアランの顔を見ている。後はアランの指示待ちだ。


「ふぅー…」


アランは深呼吸をする。


そして心の中でカウントダウンを始めた。


(3…2…1)


そして勢いよく右手を上から下に下ろした。


その時だった。


「タァーーーンッ!」


「ゴッ…!!?」


私のゴー!という号令のコンマ数秒前に遠くの方から乾いた銃声が聞こえた。


だがロイとジャンには音は届いていなかったのか、彼らは私が突入のハンドサインをしたと同時に突入していた。


「ドッ!ドッ!ドッ!」


「ドンッ!ドンッ!」



狭い小屋の中で銃声が反響し、すぐに聴覚が麻痺した。


そうして20秒ほど経った頃だろうか?


いきなり銃声が止んだ。まさに無音。不自然なほどに。


小屋の内外は静寂に包まれ、小屋の中の様子が分からない。アラン達が仕留める予定だった逃げ出す幹部達もいない。


この不自然な状況に見てアランは少し後ずさりした。


すると大きな石でも転がっていたのか、アランのかかとに何かが引っ掛かり倒れそうになった。


アランはとっさに片手を地面につき、体をひねらせて転倒を防ぐ。


そして何気なく足元を確認すると、うつ伏せの状態で誰かが倒れている。


それは見知らぬ誰かではなく、ヴェネッサだと気付くのに数秒掛かった。


むしろヴェネッサ以外、アランの後ろに人はいなかった。頭では分かっていたが、あまりにも突然の事で状態が飲み込めず、ヴェネッサと認識するのが遅れた。


「おい、ヴェネッサ!大丈夫か?」


ヴェネッサはうつ伏せに倒れたままアランの呼び掛けに反応しない。


アランは小屋のドアに銃口を向けたまましゃがんで片手でヴェネッサの体を揺する。


「おいっ…!おいっ!!」


ヴェネッサから反応はない。


体を揺すっていた手を頭部に持っていった時にアランの手にドロっとした何かが付着した。


いちいち確認しなくても分かる。


この触り心地、温度、臭い。


アランが今まで幾度となく体にあびてきた液体。


これは血だ。


指先から脳天にかけて血の気が引くのが分かった。


恐る恐るヴェネッサの体をひっくり返す。そしてヴェネッサの顔を見た時ようやく今起こった事態を理解した。


ヴェネッサの顔は鼻から上がふっ飛ばされ、作りかけの模型のような姿になっていた。


ヴェネッサは何者かにより狙撃され死んでいた。


アランは放心状態のまま、その場に座り込んだ。


人は本当に悲しい時涙や声は出ない。何も考えられない。思考が停止する。


アランは任務中という事を忘れ、変わり果てた姿になってしまったヴェネッサを抱き締めた。


故郷を離れて軍に入隊し、一人ぼっちだった自分を始めから気にかけてくれた姉のようなヴェネッサ。


なぜだ?なぜこんな事に…


こうならないよう日頃から気を付けていたではないか。


体温が残っているせいか、ヴェネッサの体は温かく、まだ生きているような抱き心地だった。


そこでアランは我に帰りハッとした。


ロイとジャンはどうなった!?


抱き締めていたヴェネッサをそっと寝かすように体から離し、小屋のドアに目をやった。


小屋の中からは今だに物音が聞こえず、静寂に包まれていた。


アランは小屋のドアまで近付きロイとジャンを呼ぶ。


「ロイ…!…ジャン…!」


中から応答がない。嫌な予感が脳裏をよぎる。


それだけは絶対にだめた!


アランはドアノブに手を掛け、一気にドアを開ける。



鼻に火薬の臭いが一気に詰め寄せる。


小屋の中の照明は壊され、真っ暗だ。


(くそっ!くそっ!くそっ!)


少しずつ目が慣れてきた。足元には軍服を来た人間が数人倒れていた。


だがロイとジャンの姿が見当たらない。


そしてもう少し奥へ進もうと足を踏み込んだその時。


「動くな」


背後から声が聞こえた。


アランは背後の何者かの指示通り動かずに両手を上げた。


聞き覚えのある声だった。


撃たれる危険はあったがアランはゆっくり振り返った。


アランの背後にいたのは銃口をこちらに向けたジャンだった。


アランは冷静に問いただす。


「お前…これはどういうつもりだ?」


「ははは!」


ジャンは高らかに笑い、答えた。


「まだ気付かないのか?俺がジン・コリーさ!」


「何言ってる?冗談ならそろそろやめておけ。ロイはどこだ?」


「ロイならそこに転がってるじゃないか」


アランは恐る恐るジャンが顎でしゃくった方向に目を向けた。


そこには壁にもたれかけたロイが座っていた。


左の腹部を押さえている。どうやら撃たれたらしい。


「ロイッ!大丈夫かっ!?」


アランはジャンから視線を外さないまま、ロイに声を掛けた。


「うぅ……隊…長…?だめだ…逃げろ…」


ロイは意識こそ朦朧としていたが、今処置を行えば何とか助かりそうだった。


ここでようやくアランはロイに駆け寄った。


「おーい、動くなって」


背後からジャンの声が聞こえたがアランは無視し、ポーチから医療キットを取り出そうとした。


そして止血用のガーゼを手に取った瞬間


「ピュンッ!ピュンッ!」と音がアランの顔の横を通過し、眼前のロイの顔面の一部が消し飛んだ。


ロイの返り血をもろに浴びてしまい、目が開けられない。そしてこの何度嗅いでも慣れない火薬と血が混じった臭い。


目を開けるとロイがどんな状態かアランはすぐに想像ができた。


「だから動くなと言ったのだ。これで少しは俺の話を聞く気になったか?」


「貴様ぁ…!」


アランは痛みで開けられない目を無理矢理こじ開け、ジャンを睨む。


「おーっと、そんな目で見るなよ。全ては俺の素性も調べずに招き入れたお前の責任だろ?それと1つ面白い事を教えてやろう。お前の足元に転がってる軍服のやつらを見てみろ。見覚えはないか?」


アランは視線を落とし、軍服を見た。


そこには見覚えのあるデザインの軍服があった。


そう。アランと同じサウジアラビアの軍服だ。


「はっはっ!どうだ?自分が何をしたのか理解できたか?こんな所に軍の幹部がいるわけないだろーが!」


そこに倒れている軍服の者達こそが本物の自軍偵察隊であり、アラン達が入国してから合流する予定だった者達だった。


アランはその場にひざまづき、自分の浅はかさを呪った。


その時入口のドアが開いて外から大柄の黒人2人が小屋へと入ってきた。


「ごくろう」


ジンが声を掛けると2人はジンに敬礼した。


(私もついにもここまでか…)


アランは観念し、何気無く黒人2人を見た。


1人は最低限の装備でほぼ手ぶらに近かったが、もう1人はスナイパーライフルを背負っている。


アランは自身の腹の中から怒りと憎悪が込み上げるのを感じた。


「おい…!」


アランの呼び掛けに3人が振り返る。


「何だ?勝手に話してんじゃねぇよ。殺すぞ?」


ライフルを背負って男が声を上げた。


見た目とは裏腹に特徴のある高い声をしていた。


「ヴェネッサ…ヴェネッサを撃ったのはお前か?」


「ヴェネッサ?」


ライフルの男が考えていると、もう1人の手ぶらの黒人が頷いた。


「そうさ。俺達があのアマを殺した。ニック、お前自分が仕留めた相手の情報収集ぐらいしておけ」


ライフルの方はニックというみたいだ。


だがアランにはそんな事はもうどうでも良かった。


目の前にロイとヴェネッサの仇がいるではないか。


たとえここで死のうともこいつらを見逃す理由が見つからない。


アランは腰に付けたナイフに手を伸ばした。


が、その時。


「ピュンッ!」


「ぐっっ!!」


銃口をこちらに向けていたジンがアランの右肩を撃ち抜いた。


「コラコラ。動くんじゃない」


右肩に激痛が走り、次第に力が入らなくなる。


「いいねぇ、その憎悪でいっぱいの顔。その顔を見たいが為に私は殺しを繰り返すのかもしれない」


「はぁ…はぁ…ゲス野郎がっ!!」


ジンはアランの声がまるで聞こえてないかの様に続ける。


「次はどこを撃って欲しい?耳か?それとも膝か?分かってると思うがそう易々とは殺さんよ」


(くそっ)


アランが下を向いたその時だった。


「バンッッ!!」


何者かによって勢いよく入口のドアが蹴破られた。


それは全身を黒で統一した服に身を包んだ、見覚えのない30代ぐらい?の1人のアジア系の男だった。


その場にいた全員が一斉にドアの方へ振り返る。


「プシュッ!プシュッ!」


その黒ずくめのアジア人は一瞬にしてサプレッサー付きの銃でライフルを背負ったニックを撃ち殺した。


そして隣にいたもう1人の黒人がナイフを手にし、アジア人に飛び掛かる。


誰が見ても分かるぐらい、飛び掛かかられたタイミングが悪かった。


「ゴリッ…」


耳を塞ぎたくような不気味で気色の悪い異音が空間に響いた。


その黒人のナイフはアジア人の左目に突き刺さってしまったのだ。


アジア人は一瞬怯んだが、そのまま黒人の腕を掴み、豪快に投げ飛ばした。


そして倒れた黒人の胸を踏みつけ眉間に「プシュッ!」っと銃弾を撃ち込んだ。


アジア人は声を上げる事なく突き刺さったナイフを目から抜き地面に落とした。


(こいつは一体…?)


ここで初めてアジア人が口を開き、流暢な英語でアランに尋ねた。


「ジンはどこに行った?」


そうだ。奴はどこにいった?アランは突然起こった目の前の出来事に気を取られており、てっきりジンの存在を忘れていた。


「くそ。逃げやがったか」


日本人がそう口にしたのを聞いて、アランも小屋の内外に目をやったがジンの姿は確認できなかった。


そうこうしている間にも日本人の目からは血が垂れ流れている。


「お、おい!お前目が…」


アランは急いで止血帯を探した。


だがアジア人は小屋の地面に落ちていたタオルを拾い上げ目に巻いた。


「ったく。目ってこんなあっさり潰れるものなのかよ。それよか大丈夫か?相当やばそうだったけどよ。えーっと…」


「私の名はアラン。あんたの言う通りさっきは相当やばかった。礼を言うよ」


「アランね!俺は中野ってんだ。ナ・カ・ノ!なーに、そんなのついでだよついで。ジンを狙ってたんだがな〰️。まんまと逃げられちまったな」


「ナカノ?日本人か?」


「おっ!よく分かったな。そうだよ日本人だ。お前は?」


「私はサウジアラビア出身だ。私もアンタと同様にジンを狙ってここに来たんだがな…完膚なきまでにやられたよ。それに大切な仲間も失ってしまった」


中野は小屋の中を見渡し、ここで唯一軍服を着ていない壁にもたれたロイに視線を向けた。


「そこにもたれてる奴と外に倒れていた2人か…」


「ああ、そうさ。アイツらはただの部下ではなく姉弟同然だった。だが私が判断を誤ったせいで殺されてしまった」


「そうか…同情するよ。だがな、判断を誤ろうがお前は隊長なんだろ?しっかりしろよ。こんな所に連れて来た時点で覚悟はできていたはずた。もしそれができていないまま連れて来たのならそれがお前の最大の判断ミスだ。お前のせいで未来ある2人は死んだも同然だぜ」


「何だと…?」


アランの声は怒りで震えていた。


中野は続けた。


「あ?何度でも言ってやるよ。お前は自分のせいで姉弟同然の部下を死なせたのさ。しかもそのショックで立ち直れないただのカマ野郎さ」


中野が話し終わる前にアランは中野に飛び掛かっていた。


負傷していようがアランは軍内で殺戮マシーンと称されるほどの手練れだ。


そんな奴相手に片目を失ったままで対抗できるはずない。


と、アラン自身は思っており、中野を感情任せにギタギタにしてやるつもりだった。


だが結果は違った。


「っい…おいっ…おい!!」


中野の声でアランは目を覚ました。


その瞬間、顎と首に激痛が走った。


どうやら中野にやられたようだ。だが飛び掛かった後の記憶がまったく無い。


何者だこいつは?


アランが呆気に取られていると中野の方から話し出した。


「分かっているだろうが、お前より実力のある奴はこの世にごまんといるぜ。これは別にお前をバカにしている訳じゃない。お前がどの様に周りから評価を得ているか知らないが、決して己に過信するな。その過信が不幸を招く事になる。自らを高め続けろ」


アランの目からは自然に涙がこぼれた。


くそっ!


たしかに中野の言う通りだ。私は自分の実力を過信していた。だから今決め回の任務も勝手に難易度が低いと決めつけていた。わざわざ私が出向くのだぞ?こんな任務などによる楽勝だ…と。


だが今さら嘆いてもロイとヴェネッサは返ってはこない。これから私はどうするべきなのだ?


アランはその場に膝をつき、嘆いた。


そんなアランの姿を見て中野が言った。


「おい、まさかとは思うが怖じけづいたんじゃないだろうな?もしそうであればお前が亡くした2人の部下の無念は誰が晴らす?言っておくが俺にはそんな義理はないぞ」


そんな事は分かっている。だがこれから何をどうしたら良いのか分からないんだ。


アランはきゅっと唇を噛み締めた。


「お前もう軍をやめたらどうだ?」


唐突に中野が提案をした。


下を向いていたアランは顔を上げる。


「中野、お前は何を言っているんだ?なせ私が軍を抜けるんだ?


中野は、「はぁっ…」とため息をついてから


「それを言いたいのはこっちだよ。お前はまだ軍なんかの組織にこだわっているのか?亡くした部下は家族同然だったんだろ?もし軍がこれ以上ジンを追うなと命令を出したらどうするんだ?家族を失ってもなお命令に従うのか?」


「それはっ…!」


「それはなんだ?これは俺の勘だが、軍は継続してジンを狙ったとしても恐らくお前は任務から外されるぞ。大切な部下を失ったんだ。上層部としてはいざという時、仇討ちに夢中になったお前に暴走されても困るからな」


アランは「そんなはずはない!」と断言したかったが今までの軍の風潮を見ると中野の勘は当たっていると認めざるを得なかった。


「だんまりって事はお前も分かってんだろ?そこで提案なんだが除隊したら俺と組まないか?基本的に俺は1人で仕事をするんだが、何せ相手はジンだ。ここまでの大物だと正直猫の手も借りてぇのよ。だがジンもしばらくは雲隠れするだろうから奴を殺るのはいつになるか分からねぇがな」


アランは一瞬迷ったが、すでに答えは決まっていた。


そしてその日から1週間後…


アランは単身で帰国し、上司に退職する意を伝えた。


上司は引き留めはしたが、部下を失ったショックは大きいと解釈し、アランの除隊を認めた。


除隊してから1ヶ月後、アランは日本に来た。


(カンサイクウコウ…?ココカ?)


到着し、ロビーに目をやると見覚えのある姿があった。


ツンツン頭にサングラス、片手に缶ビールを持ったその男は約束通り、アランを待っていた。


「よっ!久しぶりだな!」


「アア、ナカノッ!」


中野は戦場で見た姿とはまったくの別人で、どこからどう見てもチャラついた陽気なオヤジだった。


だが唯一変わらなかったのは、あの日見た闇を抱えたままの目。


中野の目はまだジンを諦めていない。一瞬中野を見た時とまどったが、アランはホッとして中野に近寄り握手を交わした。


そして中野は日本語で言った。


「ようこそ!日本へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る