第8話『ドラッグ』


「おーい!神谷くん!こっちこっち!」


いつも通り髪をツンツンにセットした中野が手招きをしている。


「おまたせです!それにしても来るの早いっすね」


「そりゃあ今日は可愛い姉ちゃんと遊ぶ日だしな!」


「本当に遊べるんですか?」


「大丈夫!経験上は!」


「なら期待できますね。あれ?日野は?」


「あいつは先に行ってるみたいだよ。何せせっかちだからな」


「まぁそうですね(笑)じゃあ俺らも行きましょうか」


この日は中野に誘われクラブに行く事になった。


以前、中野と会った時に杏菜のことを話したら


「じゃあもっと女の子と遊ぼう!」ということでクラブへ行くことに決まり、その話を聞きつけた日野も「俺も女に飢えてる」と一緒に行くことになった。


まだ杏菜とは定期的に会っている。てっきりあの夜以降会わないことになるだろうと思っていたので自分でも驚きだ。


付き合うって話をしていたが、あの夜私がレイプしたことによって今は会うたびに性欲を満たすセフレ状態と化している。


もちろん美加にはバレていない。


どちらにせよ私は結婚している身。杏菜に同情し交際へ踏み切っても結局は美加と離婚せねば杏菜と結婚はできない。


しかし私は少なからず結婚生活に対して不満を募らせている。独身に戻りたい。杏菜の存在は美加と別れるのには十分であったが、それを理由に別れてしまったら不貞行為ということで慰謝料と称した無駄金を取られかねない。

いくら独身を望んでいるとしてもそれはナンセンスだ。


だがまだ私達は新婚生活真っ只中だ。もちろん美加は離婚なんて考えてもいないだろうから、今はとことん女遊びをしようというのが私の答えだった。


もし、最悪これが美加にバレて離婚となってしまえば、慰謝料は痛手だがそれはそれでしかたがない。所詮その程度だったのだ。


「ついたよ」


前を歩いていた中野が足を止めた。


「ここが…クラブってやつですか?」


「そう。まぁ中に入れば分かるよ」


すると中野は建物の前に立っていた『security』とロゴの入ったパーカーを着た男達のもとへ行き、ボディーチェックと2人分の会計を済ませた。


私もボディーチェックを終えると中野が付いてくるよう合図したので後を追った。


どうやらクラブは地下にあるみたいで中野と私は薄暗い階段を下りる。


すると徐々にだが重低音が響きだした。


耳を済ますと音楽だと分かった。


階段を下りると大きなガラス張りの扉があり、中の様子を伺うことができた。


中は人でごった返しており、2、30代の男女が激しく踊っているのが見えた。


こういう所が苦手な私は中野に


「言っときますけど、踊ったりできないですよ」と言った。


中野は


「ん?俺も踊れねぇよ」と笑った。


じゃあなぜここに来たんだ?と言いかけた時、中野が扉を開いた。


すると外からでは分からなかったが、ものすごいボリュームで音楽が聞こえる。


私は思わず耳を塞いで体をよじらせた。


「すっげーうるせぇ…」


だが中野は私の声が聞こえなかったのか、スタスタと歩き続ける。


しょうがなく私も中野の後を追うと、美女と踊っているの日野を見つけた。


日野は私達に気付いていないらしく、美女の尻に手を添えながら躍り狂っていた。その美女もまんざらではなさそうだ。


前から変わった奴だとは思っていたがここまでとは。


私は感心しながら日野を見ていたら何か違和感を覚えた。日野の様子がおかしい。中野もそれに気付いたらしく神妙な面持ちで日野を見つめていた。


日野はかなりの量の汗をかきながら一心不乱に踊っていた。初めは垂れた汗だと思っていたが口からよだれも垂らしていた。


(止めないとっ!)


私が日野に駆け寄ろうとした瞬間、何者かに左腕を捕まれた。


振り返ると、中野が私の腕を掴んでいる。


えっ?という顔をすると中野が


「いいから邪魔すんな」と言った。


顔は笑っていたが目がまったく笑っていなかった。


「こっちここっち」と中野が私を手招きし、付いていくとソファーのあるテーブルが空いていたのでそこに腰掛けた。


近くにある別のテーブルでは男女が酒を飲んで話し合ったり、いちゃいちゃしている奴らもいた。


爆音に変わりないが、会話ができるここはまだマシだった。


「中野さん!日野の様子がおかしかったですけど、あいつ酔ってたんですか!?」


「いや、あれは葉っぱだよ。俺達が来るまで待つように言ってたんだがな…どうやら先にキメちまったみたいだ。だがまぁ、今は丁度効いてきた頃か良い感じにとんでるから楽しませといてやろう」


「葉っぱ?それってまさか…」


「あれ?神谷くんは日野から葉っぱの事は聞いてなかったの?てっきり聞いてるものかと」


私は驚きを隠せなかった。恐らく葉っぱとは大麻のことだろう。私は日野が大麻に手を染めている事は知らなかったし、日野も私にその事を言わなかった。


中野は余計な事を話してしまったと少々バツが悪そうな顔をしていたが、私にここで待つように伝えるとどこかへ行ってしまった。


しばらくすると2人組の女が私の腰かけていたソファーに私を挟むように座ってきた。


「ねぇねぇお兄さん1人なの?良かったら一緒に飲もうよ!」


自分で言うのも何だが、私はまだ男前に入る部類の顔立ちをしていた。だがさすがにこんな感じに声を掛けられたことはない。これがクラブというものなのか。


「1人じゃないよ。今連れが席を離してるから待ってるんだ」


「えー、そうなんだ?じゃあさ、そのお連れさんが戻ってくるまで話そうよ!あ、何かお酒飲む?取ってくるけど」


「じゃあウイスキーのロックを頼むよ。銘柄は何でも良いから」


「おっけー!じゃあちょっと待っててね」


そう言うと1人が席を立った。


そして残った方が


「私達けっこークラブ来るだけどさ、今日は人が多くて何か逆に冷めちゃったんだよね〰️。お兄さんはよく来るの?」


「いや、初めて来た」


「え!?そうなの?じゃあ今日は楽しまないとね」


数分前に友人が大麻をしている事を初めて聞かされたのだ。楽しんでいる場合ではない。


目障りだから消えるように言おうとした時、もう1人の酒を取りに行った方が帰ってきた。


「はーい!お待たせ〰️。ぐいっといっちゃえ」


今はとてつもなく酔いたい気分だった私は、女の言う通り一気に酒を飲み干した。


胸の辺りがカーっと熱くなるのが分かる。


日野が大麻に手を染めていた。いつからだ?私と出会う前からか?それとも出会った後か?それにどこから入手している?そんなに簡単に大麻とは手に入るものなのか?


徐々に酒に酔ってきた事に気付いてはいたが、日野が大麻をしていたという現実が頭から離れなかった。


だが私の思考も酔いには勝てず、考えることをやめた。


それにこの女ども、良く見ると良い顔しているじゃないか。しかもスタイルも良く健康的な日焼けをしている。脚フェチな私は自然に彼女らの脚に目が行く。


よく考えればここはクラブだ。昔つるんでた友人がクラブで知り合った女とホテルへ行ったなどとよく言っていた。


要するにクラブに来るような女はそういう女だ。妻の美加や愛人の杏菜とは訳が違う。


そう思った私は両隣にいる女に肩を回し、そのまま2人の胸を揉んだ。


他のテーブルの男女も私と同じような事をしているではないか。


すると1人が「いや!やめてっ!」とあからさまに嫌な顔をした。


そして隣にいた女も私にケダモノを見るかのようなの視線を送ると、2人は「まじありえないから」と言い残しフラフラと何処かへ行ってしまった。


彼女達の後ろ姿を見ながら呆気に取られていると中野が戻ってきた。


「お待たせ!こっち来てくれ」


私は中野と一緒に非常口から外へ出た。


ウイスキーを飲んだせいで身体中が熱で覆われていた私に冬の外の空気は染みた。


「ふぅーっ」


私は大きく深呼吸した。


「どう?ちょっとは酔いが冷めた?今日は神谷くんに紹介したい人がいるんだ」


「紹介?誰ですか?」


「森さん、こちらが神谷くんです」


(森さん?)


すると背後に気配がしたので振り返るとそこに見知らぬ男が立っていた。


森さんとはこの人の事だろう。


歳はおそらく50代半ばといったとこで、もうとっくに白髪が頭に混じっていてもおかしくないであろう年齢だが、この男の髪はうっすらと茶色かった。


上着を羽織っているので分かりにくいが、体格も歳の割にはがっちりしているように見える。筋トレでもしているのか?


見た目のどれをとっても自分の知っている50代の男性とは姿形が異なっていたので違和感を覚えた。


この森という男。さっきからずっと私を見ている。心の中まで見透かされているような気がして不気味だった。


「こんばんわ。えーと…神谷です」


「・・・」


(なんだこいつ?)


私がそう思った時、森が口を開いた。


「初めてか?」


初めて?初めてとは何の話だ?クラブの話か?


意味が分からず中野の方に目をやると中野は注射を打つポーズをした。


それを見て私は悟った。薬物の話である。


「初めてか?とは薬のことですか?」


「そうだ」


森は即答だった。なるほど、そう来たか。


「もちろん。森さんは経験あるんですか?」


そこに中野が割って入った。


「神谷くん、さっきの日野見たでしょ?すっげー楽しそうだったよね。まぁ日野が好んで使ってるのは大麻だけどさ 、ドラッグとか興味ない?もちろん違法のやつ」


興味ないと即答するべきだったが、経験がない上好奇心が旺盛だった私にはそれはできなかった。


すると森が小袋に入った白い粉を取り出した。


「現物を見るのは初めてか?こんな塩みたいな粉がここでは10万で売れる。まぁ質にもよるがな。量はせいぜい3回分ってとこか。どうだ?笑えるだろう?」


森はいかにも悪人だという顔で笑った。


私はドラッグを見るのが初めてだった。こんなの外国映画でしか見たことがない。


「あまりにも大介がしつこいんでな。神谷くんだっけ?今回は新規サービスとしてタダでこの袋ごとやるよ」


「いや、そんなの貰えませんよっ。10万ぐらいするんでしょ?」


「だからそこは新規サービスだって!次からはちゃんと料金払ってもらうし。何より大介には日頃

から世話になってるしな!」


「そ、それじゃあありがたく頂きます」


私はとりあえず受け取ることにした。


「また欲しくなったら連絡してくれよ。仕事柄簡単には連絡先は教えれねぇけどよ。大介に声かけてくれたら俺に連絡が入るようになってっから」


「わかりました…どうもありがとうございます」


「それじゃあな。大介もほどほどにしとけよ」


森はそう言うと路地裏へと姿を消した。


粉の入った袋を手にしたまま中野に聞いた。


「中野さん…中野さんも薬物とかしてるんですか?」


「たまにしてるよ。そんなにどっぷりはハマってないけどね!」


「ハマってないって…薬物って一度やると抜け出せなくなるってよく聞くんですけど」


「それはヤクの種類にもよるよ。神谷くんが言うように一度使えばやめられなくなるモノもあれば精力剤のようにその時だけって感じのモノもある。まぁ使う人の個人差もあるけどね」


30を越えた辺りからちょくちょく精力剤を飲んだことはあったので中野の言う精力剤のようなという例えは分かりやすかった。


「せっかくタダで貰ったんだし一度使ってみれば?今は横に俺もいるんだし大丈夫だよ」


正直めちゃくちゃ怖かった。


昔、学校の授業でも薬物を議題に授業が行われた事を思い出した。


この経験がある人も多いはずだ。


それほど日本は薬物に関しては厳しい国だ。


すると中野が手のひらを差し出してきて、この上に粉を少し出すように言った。


言われるがまま中野の手のひらの上に森から貰ったドラッグを出した。


中野はその粉を棒状に整えて、片方の鼻の穴から吸った。


これも何度か外国映画で見たことがある光景だ。


吸い終わると、鼻の回りに白い粉が付いていたので中野は自分の上着の袖で鼻をぬぐった。


「お〰️!これは結構上物だよ!ほらっ、神谷くんも吸ってみ」


まぁ少しだけなら大丈夫か。


未知の領域に足を踏み入れるのは怖かったが私は腹を括り、手のひらに粉を落として中野と同じように吸った。


吸い終わった直後は何も変化に気付かなかったが、数分後から暖く良い気分になってきた。


なぜか怖いもの知らずってこんな気分なのかな?と思った。とくかくすこぶる気分が上がった。しかもそこに眠気も襲ってきた。隣で中野は気持ち良さそうに鼻唄を歌っている。


その鼻唄が丁度良い子守唄代わりになり、私はその場に座り込んで目を閉じた。



(ここはどこだ?)


見慣れない天井にいつもと違う部屋の匂い。自宅ではない。


病院か?


そう思った私は体を起こし周囲を確認した。


どうやらここはホテルの一室のようだ。


隣でふとんを頭までかぶり誰か寝ている。


中野か?いや、違う。


布団からはみ出した頭からは茶色い髪が出ている。


中野は黒髪だしもっと短髪だ。


「さむっ」


ここでようやく自分が裸だったことに気付いた。


恐る恐る布団をめくると、そこには女がいた。


まどかだった。


まどかは子供のようにスースーと寝息をたてて寝ている。


どうやら私はまどかと一夜を共にしたらしい。


どれだけ思い出そうとしても私の記憶は、鼻唄を歌う中野の隣で目を閉じた所で途切れていた。


記憶がないという事の怖さを知った。


すると隣で私がガサガサしていたせいか、まどかが目を覚ました。


「旬くんおはよーっ。早起きだね(笑)それよか仕事行かなくて大丈夫なの?」


「仕事?」


壁に掛けてある時計に目をやると既に8時を過ぎていた。


いつもならトラックに積込をしている時間だ。


スマホを取り出すと不在着信が4件入っており、2件は日野でもう1件は会社からだった。そして最後の1件は美加だった。


要するに無断欠勤してしまっていたのだ。


もちろん今まで無断欠勤なんてしたことがない。だがすぐに今日は休もうという気になった。


私は会社に電話を折り返して体調不良だと伝え、日野にはメッセージアプリで体調不良であることを告げた。


常日頃から勤務態度の良かった私が仮病を使うとは誰も思うまい。


美加には体調不良と言うのは違う気がしたので、昨日は上司と飲んでおり、そのまま上司の家に一泊し介抱をしていたから帰れなかったと連絡を入れた。


隣にいたまどかに目をやると、まどかは裸のままスマホを触っていた。


とても巨乳だとは言いがたい胸だったが、綺麗なピンク色をした乳首に透き通るよう白い肌。そんなまどかを見ていると無性にムラムラした。


私はまどかを押し倒し、キスをした。


まどかはまったく抵抗せずそれに応じる。


「ちょっと〰️。昨日あんなにしたのにまだするの?」


まどかは笑いながら私の性器を触る。まどかの指は冷たくて気持ち良かった。


徐々にお互いの愛撫が激しくなり、最後までした。昨日の記憶がない私にはこれがまどかとの初めてのSEXだったので新鮮だった。


だがまどかの言う通り、昨日は相当したらしい。コンドームの中に精液がほとんど出ていなかった。


まどかは私の体を気に入っているらしく、起きてからスマホか私の性器しか触っていない。


まどかいわ私がお店に来店した日からずっと気になっていたらしい。それほど私の体は良い体だと褒めてくれた。


ありがとうと言うと、


「またしようね」とまどかが言った。


彼女でもない女性からそんなことを言われた事がない私は、何て返したら良いのかわからず、笑顔でグーっと親指を上げるジェスチャーをした。


とりあえずシャワーを浴び、部屋を出ようと上着を羽織ると、右ポケットには粉が入った袋まだあった。


まどかに隠れて中身を確認するとあと少しだけ残っていた。


たしか森は3回分あると言ってたな。


適応な分量を手のひらに出して吸っただけに不安だったが大丈夫そうだ。


粉の入っていた袋をもう一度右ポケットにしまうと、まどかと一緒にホテルを出た。


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