第4話


 それから俺たちはポーター探しも兼ねて市場へとやってきていた。

 もちろんギルドに行けば正式にポーターを探すことも可能なのだが、出来立てほやほやの二人パーティーなど、まともなポーターなら取り合ってくれない。基本的に戦闘技術を持たないポーターにとって、自分の命を懸けて挑むダンジョンではできるだけ安心できるパーティーを選びたいというのは至って正常な心理だろう。


 なので、市場やダンジョンの入り口で自ら売り込みをしている、いわゆる底辺ポーターを探しに来ていたのだ。

 そもそも俺たちとしても今日はお互いの力を測るためで、それほど危険な層に挑むつもりはない。荷物を運べる能力さえあれば、こちらもお構いなしなのだ。


 そうして少し市場を歩き回っていると、後ろから一人の少女が声を掛けてきた。


「あ、あの!」

「どうした?迷子──」


 迷子の子か?面倒だな、と内心で思いつつ振り返ると、その少女がポーターの目印でもあるひときわ大きなカバンを背負っていることに気が付いた。

 なぜこんな小さな子がポーターなんてしているのだろう、という驚きで絶句した俺を窺うように、その少女がこちらをのぞき込んだ。


「えっと、お二人は冒険者さん……ですよね?」

「ええ」


 絶句している俺の代わりに、アインが返事をする。


「お二人だけなのですか?」

「ええ……そうだけど」

「私、ポーターなんですけど、ダンジョンに行く予定はありませんか?」


 アインは、困ったように俺の方を見た。

 それもそうだ。こんな小さな少女がポーターなんて、普通に考えたらありえない。いや、だからこそここで売り込みをしているのだろうが。


「まあ、これから行くところではあるんだが……」


 俺がそう言うと、その少女は目を輝かせた。


「あのっ!私、一生懸命頑張ります!普通のパーティーじゃ相手にしてもらえなくて……報酬も少なめでいいので、お願いします!」


 戸惑う俺たちに対して、一生懸命売り込んでくるこの少女。

 たしかに、普通のパーティーじゃ相手にしてもらえないだろう。どう考えても、五・六人のパーティーが稼ぐ量の素材を運べるとは思えないからだ。だからこそ、二人でいた俺たちに声を掛けたのだろう。


「あー、どうする?」

「どうするって言われても……」


 アインに意見を求めてみたが、やはり答えは返ってこなかった。

 それは俺も同じで、俺たちが挑もうとしているレベルの改装にこんな子を連れて行っていいのかわからないのだ。

 この子の様子から考えると、何か特別な力があるとは思えない。歳相応の少女が挑める階層と考えると、Fランク。せいぜいEランクが限界といったところだろう。

 だが、そんな改装ではおそらく俺たちの相手にならない。実力を測るという意味でも、そんな低層に挑むつもりはなかった。


 一方で、費用や運んでもらう物資の量という意味ではこの少女は俺たちとマッチしている。

 そしてなにより、この少女の必死感を前にすると断りづらいというのもあった。


「お願いします!もう生活費がなくて……私、頑張りますから!」


 うん、頑張るっていうのは分かってるんだけど。

 というか、頑張るしか言えない辺り本当に取り得は何もないのだろう。


「私は……この子でもいいと思いますけど」


 アインが困ったようにそう言った。

 たしかに、こんな少女が仕事に困っているというならなんとかしてやりたい。

 しかし、この子の事情とポーターを任せて良いのかどうかは別の問題として考えるべきだろう。ダンジョンに入るというのは、そんなに簡単な話ではない。


「名前は?」

「シーナです!」

「シーナは、ダンジョンに入ったことはあるのか?」

「はい!三層までなら行ったことがあります!」


 三層。やはり、ランクで言うとE-Fといったところか。


「俺のランクはS.こっちのアインはBランクなんだ」

「え、S!?」


 俺の言葉に驚いたシーナは、目を白黒させてから俯いた。


「ご、ごめんなさい……それなら、私には無理ですよね……」


 とぼとぼと俺たちから離れていくシーナ。

 少し心が居たかったが、お互いのことを考えればこれが正解だろう。


 ───そう俺が思っていると、アインが予想外の行動に出た。


「待って、シーナちゃん!」


 アインの言葉でピタリと止まったシーナは、こちらを恐る恐る振り返った。


「えっと、シーナちゃんさえよければうちのポーターをやらない?」

「ちょ、ちょっと待て!」


 勝手に話を進めたアインに、慌てて抗議をする。


「あんな少女じゃ無理だろ!たしかに可哀想だけど、死んだら元も子もないんだぞ!?」

「そうだけど……じゃあ他に二人のパーティーなんかについてきてくれるポーターに当てはあるんですか?」

「それは……」


 あるわけがない。

 俺はあくまでシーナに頼まれる側だと思っていたが、アインはシーナに頼む側だと思っているようだった。


「ないんですよね?」

「でも、危険だろ」

「活動を危険じゃない範囲にすればいいんですよ。別に、攻略が目的じゃないんですし」

「……まあ、それもそうか」


 結局、アインに言いくるめられた俺はシーナをポーターとして迎え入れることを決定した。

 シーナはどこか申し訳なさそうにしていたが、それもアインがコミュニケーションをとることで何とかしてくれていた。


(……いかんな。俺も今度はしっかり愛想よくしようって決めたのに)


 そうは思っても、どこか気恥ずかしかった俺は何も言うことができなかった。

 俺はせめて態度くらいは気を付けようと、シーナを連れていく前提でプランを考え直して、心構えも入れ替えたのだった。


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