46:授かりし風の能力、『メタルブリザード』

「おそらく、デス・トリブラスの命中率が上がってると考えられます!」


 防御に切り替えたのは、そうみんなに伝えたかったからだ。他の人が絶句している中で大声を発した瞬間、私が真っ先に狙われるだろう。


「あと、このように大声を出すと――」


 ガイーンッ!


「集中して攻撃してきます!」


 双剣でトゲだらけの『枝』を跳ね返す。衝撃を受け流すが、デス・トリブラスのパワーがありすぎて流し切れず、後ろに数歩下がってしまった。双剣でここまで大きな相手をしたことはない。


「望むところだな」

「うちらが英雄になるチャンス!」

「……やるか」


 我先にデス・トリブラスに突っかかっていく、ディエゴとジェシカとイアン。言葉だけは立派だが、念のため言っておくが今は中級冒険者だ。


「「「うわぁっ!」」」


 そもそも攻撃などできるはずもなく、『枝』に突き飛ばされていった。自分たちが『能なし』の烙印らくいんを押した人の目の前で。


「無茶な。まぁ、勝手に入ってきた奴らのことなど気にする必要はない」


 サム兄は三人を冷淡に扱うようだ。そのサム兄にディスモンドが話しかける。


「俺ら三人で作戦を立てたい。その間、冒険者とクリスタルで俺らを防御してくれ」


 デス・トリブラスがこの形態になってしまったことにより、弱点があの大きな花で隠れてしまったのだ。

 短時間で作戦を一から立て直さなければならない。


「いつまで持つか分からないので、なるべく早めにお願いします」

「あぁ、分かっている」


 ディスモンドの命令に従い、物理攻撃のときは双剣で防ぎ、トゲや実を飛ばしてくるときは弓で撃ち落とす。


「このままでは弱点が突けない。どうする」

「別々の方向に回りこまないといけませんね」

「そうだな。遊撃隊と迎撃隊をそれぞれ半分に分けて、挟み撃ちするか」


 デス・トリブラスと戦いながら、後ろから聞こえてくる三人の話も盗み聞きする。


「それだとかなり近づかなくてはならないが……」

「冒険者たちには、このまま正面で引きつけてもらいましょう」

「正面を冒険者に任せ、双方から騎士団で撃つ。それでいこう」


 ディスモンドが議題を提示し案に指摘し、オズワルドが案を出し、リッカルドが簡潔に案をまとめる。

 この短い話し合いにも、それぞれの性格が出ているようである。


 デス・トリブラスの攻撃の止み間を見計らって、ディスモンドが全体に指示を出す。


「冒険者とクリスタルは、このまま防御を続けて敵の気を引いてくれ。我々は遊撃隊と迎撃隊で半分ずつに分かれ、敵を左右から攻める」

「了解しました」


 頭を少しだけ動かして返事をするサム兄。


「トゲが来るぞ!」


 サム兄が叫ぶのと同時に弓に持ち替え、さっきの撃ち方でトゲをどんどん落としていく。

 デス・トリブラスが進化したことにより、トゲの飛んでくる量が増えているが問題ない。多かろうと少なかろうと、この矢が通ったところのトゲが落ちていくだけだからだ。


「よし、いくぞ!」


 後ろからディスモンドの号令が聞こえ、私以外の騎士たちが二手に分かれて突撃していく。

 しかし、デス・トリブラスの目がギロリと動いた。『枝』部分を振りかざした。


「グハッ」


 一瞬にして、右に進んだ騎士たちが吹き飛ばされ、地面に打ちつけられる。


 やばいっ……!


「一撃らうだけで……こうなるよ……」


 口から血を流すオズワルド。あんなに硬いよろいが凹んでいる。そう言うと、脱力して目を閉じてしまった。


 そのむごい姿を見た冒険者たちの動きが、ほんの少しだけ止まった。ギロリとデス・トリブラスの目がこちらを向いた。気づいたときには、真上に黒い実が降り注いでいた。

 双剣で鍛えた反射神経で後ろに避ける。腕に実がかすめていくが、当たらずに済んだ。……私だけ。


 パーンッ!


「しまった!」


 反応するのが遅れた冒険者たちは、破裂した実の毒をまともに浴びた。

 すぐに毒が回ったのか、「力が……入らない」と地面に倒れてしまう。


 次は、私だ。


 再び双剣を持って身構えるが、デス・トリブラスの目は私を向いていなかった。

 今まさにデス・トリブラスを攻撃しようとしている騎士に、至近距離でトゲの嵐を放つ。


 そのトゲは、あんなに硬い鎧を貫いたのだ。血が噴き出し、受け身もとれずに地面に強打する。何も叫ぶことなく、静かに。

 そして、ピクリとも動かなくなってしまった。


「あぁ……」


 残るは私一人。本当に一瞬のスキで仲間がこうなるなんて。

 私の足はがくがくと震え、顔面は蒼白そうはく、双剣も持っているだけで精一杯だ。


 ヴォォォォォォォォォォォォォォッ!!


 成長した私でも、一人でこのデス・トリブラスと戦えるだろうか。どうみても厳しい。

 しかし、私に『逃げる』という選択肢はなかった。震えを抑えるべく、大声を出してみる。どうせ残りは私一人。私しか相手するものはいない。


「騎士としての役目を果たすまでは、私は死ねない! ここで倒れるわけにはいかない!」


 デス・トリブラスの目を見て言い放ったその時、風がないはずのダンジョンに、真横から突風が吹きこんだ。






〈ボクたちの力が必要かな〉


 突如、神殿で聞いたあの声がした。ハッとして目を開けると、私を取り囲むように風の『壁』ができていた。


「もしや、風の子ども!?」

〈今度は怖がらなかったね〉

〈あと、ボクたちの名前知っててくれてうれしいな〜〉


 こんな大ピンチのときに現れなくても……。


〈やっぱりキミには風の能力ちからを駆使する素質があるよ〉

「風の能力?」

〈ボクたちの主・ウィンブレス様が、キミの『この国を守りたい』っていう気持ちに応えてあげようとしてるの〉

〈キミはウィンブレス様に認められた、風の神子みこなんだ〜〉


 いや、ちょっと待って!? エラさんから聞いてはいたけど、こんな勝手に決められちゃうものなの!?


〈キミなら風の能力を、ちゃんとしたところで使ってくれるって信じてる〉

〈この風の能力で、王国を救ってほしいんだ〜〉


 拒否権は……まぁないよね。でも一応聞いてみよう。


「それは、私にしかできないの?」

〈キミは弓を使うときに、知らないうちに超能力を使えてたからね〜。素質がある人間じゃないと風の能力は扱えないよ〜〉


 そう言われてしまえば仕方がない。引き受けよう。


「分かったよ。能力を借りて、デス・トリブラスを倒す」

〈やった〜!〉

〈ウィンブレス様、風の神子が承諾してくれました!〉


 風の子どもの近くに風の神がいるのかは知らないが、裏側の会話が漏れている。

 ツッコミたくなる気持ちを抑えていると、突如体がふわっと軽くなったような気がした。


〈今、ウィンブレス様がキミに風の能力を授けてくださったよ〜〉

〈さっそく使ってみて〉


 えっと……そんなこと急に言われても。でもやるしかない。

 デス・トリブラスを倒すという決意を固める。私を囲んでいた風のバリケードが取り払われた。






 能力を授かった(らしい)ものの、風の能力だけではデス・トリブラスを倒せないことに気づいてしまった。火のように燃やせるわけでもない。


 ……そうだ。そうだよ。どうして気づかなかったんだろう。


 この窮地で作戦を思いついた。双剣で敵からの攻撃を防ぎつつ、頭の中で作戦を整理していく。


「デス・トリブラスが復活して進化して、確かに弱点の『がく』が隠れてしまった。だけど、進化したことで新たな弱点を作ってしまったんだ」


 私は右手の剣の切っ先を、デス・トリブラスの『目』に向けた。


「私たちの動きを捉えるために作った目、それこそが一番の弱点!」


 風の能力で宙に浮かび上がるのと同時に、頭に金色のサークレットが現れる。髪をまとめていたお団子がほどけてまっすぐ下ろされ、風の能力で髪がなびいている。


 矢筒に残っている矢を全て空中にばらまき、風の能力で宙に浮かせたままにする。そして、たった今思いついた言葉で叫んだ。


「喰らいなさい、矢の嵐! メタルブリザード!!」


 双剣を持ったまま弓を引く構えをし、足で空を蹴る。私より矢が先行して飛んでいき、デス・トリブラスの『目』に刺さりまくる。


 グォォォォッ!


 目潰しをして視界をふさぐと、よろけたデス・トリブラスの『がく』を、風の能力で強化された双剣で真っ二つにする。

 そして二度と復活できないよう、力いっぱいに体全体を切り刻む。


「ふぅ……倒した」


 切り刻んだ体の硬直が始まった。完全に史上最強モンスターを倒した証拠である。


 サム兄は『モンスターが動かなくなる』は確認したが、『モンスターの肉体が硬直する』を確認していなかったのだ。早とちりしてしまったのだろうか。


「ウィンブレス様、力をお借りしました」


 私は風の能力をしまいこみ、地面に降り立った。

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