第三章 元冒険者、まさかの二刀流になる

26:王都に潜む闇、アンブラエリア

「来週の日曜日、ウォーフレム王国主催の舞踏会が開かれる。その警備をベーム騎士団が務めることになった」


 訓練が終わって迎撃隊のみんなが集められると、リッカルドが隊員に伝える。


「王城付近の警備は遊撃隊がすることになっているが、我々は王都全体の警備をする予定だ」


 遊撃隊というのは、リッカルドの兄が隊長である、剣術に特化した部隊のことだ。


「明日は誰がどこを警備するか決めるから、必ず訓練に来るように。寝坊したならば、私が・・起こしにいく」


 ドスの効いた声で告げられ、恐怖におののく隊員たち。

 誰かに起こされるだけで「しまった……」って絶望するのに、その『誰か』がリッカルドならば、絶望を通り越して無になるだろう。


 私も家にいたときは、何度か寝坊して父にたたき起こされた(物理)ので、他の隊員たちの気持ちがよく分かる。


 私も遅れないように、ちゃんと起きないと。まぁ、騎士団寮に行く前にエラさんを手伝ってからだから、寝坊っていうのはないか。


「これで訓練を終わりにする。敬礼!」


 ビシッ!


「解散っ!」


 一寸も乱れず敬礼と音がそろった。


 だがこのあと、私はリッカルドに呼び出された。


「明日決める配役だけど、君には私たちと別行動してもらうよ」

「わ、分かりました。どうしてですか」

「あれ、意外と戸惑わないんだね。それはさておき、君には私服警備をしてもらうよ」


 私服警備といったら、リッカルドとの初対面を思い出す。私服警備だったものの、リッカルドくらいの著名人では私服にする意味がなかったのである。


「君と初めて会ったとき、あれは私服警備中だったんだけど意味がなくてね。それで、君を選んだわけ」


 それで私を選んだ……どういうこと?


「外国にも騎士団はほぼ必ずあるけど、女性の騎士っていうのはほとんどいない。だから、君が私服を着てしまえば騎士だとは分からないと思ってね」

「なるほど、そういうことですか」


 うん、女性騎士の貴重さを生かすっていうことか。リッカルドさんみたいに、私服から気品が漂うっていうわけじゃないからね。


 と、心の中で自虐する。


「そういうことでよろしく。他にも私服警備は数人決めるつもりだけど、君が一番自然に振るまえると思うから」


 せっかくリッカルドさんに指名してもらったからには、初仕事、しっかりこなさないと!

 私は意気揚々とした気持ちで、サヴァルモンテ亭に帰った。






 一週間後、舞踏会の日がやってきた。今日に限り、いつもサヴァルモンテ亭で着ているようなワンピースにしている。

 これなら大丈夫でしょ。何なら業務時間外って思われるかも。


 いったん騎士団寮に行って最終確認をし、すぐにそれぞれ決められた場所に向かう。私の担当はサヴァルモンテ亭がある地区と、そこから王城に向かう道である。


 騎士としての仕事なのに、弓を持ってないからすごく違和感があるなぁ。


 この地区を警備するにあたり、ふとエラの言葉を思い出した。


「城壁近くにはいかない方がいい。おばあに拾われる前、あそこに迷いこんで散々な目に遭ったからな」

「散々な目って……?」

「人間奴隷として売り飛ばされそうになった」


 あまりにも躊躇ちゅうちょなくえげつない言葉を発したエラに、血の気が引いたのを覚えている。

 そこも警備担当区域に入っているので、行きたくないが行かなければならない。


「思い出したら怖くなってきた……」


 だが私の心とは裏腹に、王都は歓迎ムードで非日常な雰囲気である。

 冒険者ギルドで、みんながこんなに浮かれた日はあっただろうか。今日舞踏会が開かれようと、ダンジョンでモンスターを狩っているだけだろう。


「頑張るしかない。仕事は最後までやり遂げる」


 自分自身に活を入れて、私はその『アンブラエリア』に足を踏み入れた。






 味覚を除く五感をフルパワーで稼働させ、のっそのっそと歩みを進めていく。

 城壁に近づくほど家は廃墟はいきょのように変わっていく。日当たりが悪いせいで家の壁にはこけが生えている。


 しかし、それ以外に怪しそうなものや人は見つからないと思った、その時。


「やめろ、離せ!」


 ぞわっと身の毛がよだつ。


「お前、やっぱりそっちの味方だったんだな。さて、こいつで刺されるか、この拳でボコボコにされるかどっちか選べ」


 エラさんが言ってたことって、このことだ。

 私は迷うことなく地面を蹴って、声がする方へ走り出していた。怖かったはずなのに。


「いた!」

「ん、なんだ? 小娘か」


 路地裏の、廃墟と廃墟の間にある空き地に、声の主たちはいた。覆面をした五人の男の足元に、黒いフードを被った金髪の青年が倒れこんでいるのだ。


「お前もこういう風になりたいのか?」


 一人の男が指をさした先にいたのは、手足を縛りつけられた上に、みんなまとめて背中合わせに縄で拘束されている、十人くらいの子供や女の人だったのだ。


 まさにエラが捕まりそうになった、人間奴隷になりそうな人を確保したところだろう。


 ちょっと待って、ここは冷静に。

 私を人間奴隷の対象として見てるってことは、私服警備が意味を成してるっていうことだよね。私が騎士であることは、今は明かさない方がいいかも。


「な、なりたくないです」

「あぁ、そう」


 男がそう言ったとたん、背後に何かの気配がして横に飛び避ける。

 私はもう二人の男に後ろから捕まりそうになっていたのだ。


「くそっ、このガキ」


 よろいを着ていないので、いつもより体が軽く感じる。


「逃げた方がいいよ! 僕もあの子たちのことはいいから! 早く逃げて!」


 黒フードの青年が叫ぶ。


 逃げるわけにはいかない。私は騎士としての務めを果たさないといけない。だけど、今は騎士を名乗れない。しかも武器を持っていない。でも――


「逃げません。あなたも、そこで縛られている人たちも見捨てたくないので」


 相手は刃物を持っている。下手に突撃すれば刺されておしまいだ。他にどんな武器を隠し持っているかさえ分からない。

 だが、私は二ヵ月前までは、人間ではないモンスターを相手にしていたのだ。


「お兄さん、私も戦います」


 そう言うと、風通しが悪いはずの路地裏に、私の長髪が全て揺らされるほどの突風が吹いた。

 ジメジメしていた空気が一掃されたようだ。


「へぇ、面白い女」


 男がニヤリと笑った時には、私はその男に飛びかかっていた。

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