25:王国一の弓使い、愉快な毒舌

 あぁ、どうしよう。これは早く返事をするべきなのか、もうちょっと迷っていいのか……。


 兄たちから謝罪の言葉を受け取った次の日、よく眠れなかったせいで頭がぼんやりしている。

 訓練中も、頭の中はずっと昨日の兄たちの言葉で埋めつくされていた。


 私が物心つく前から兄たちに言っていたらしい。「クリスタルは下手だから厳しくしてやらねばならない。甘やかすな」と。


 違う。これは「厳しくする」ではなく、「いじめる」であった。騎士になって意味の違いがはっきり分かった。「厳しくする」というのは嫌がらせをすることじゃないんだ。


「クリスタル、ボーッとするな」


 リッカルドに注意されてしまった。


「ハッ! すみません」


 それまで訓練となると熱中して練習していた私。どうしよう、訓練に身が入らない。


「……こっちにこい」

「えっ? あっ、はい」


 リッカルドは私に手招きをしながら、寮の方へ歩き始めている。


「道具は……」

「全部持ってこい」

「分かりました」


 私を待つことなくスタスタと歩いていってしまうリッカルド。急いで荷物を持って小走りでリッカルドを追いかける。


 あぁ、この感じ、怒鳴られるやつだ。父にこういう感じで何度も呼び出されて……。


 昨日兄たちの口から父のことが出たからか、余計に『あの時』を思い出してしまう。めまいがしそうだった。


 リッカルドに追いつくと、よろいを着ているせいで少し息が上がっている私に、小さく話しかける。


「これから俺が何をしたいか、分かる?」


 またもリッカルドの姿に父が重なってしまう。父も同じようなセリフを言っていた。

 怖い。どんなことを言われ、されるのか。


「…………怒……られる」


 言いにくかったが、父にも答えたもので返した。


「そうか、君はそう考えてるんだね。違うよ」


 思いがけない答えに、私に電流が走った。


「ち、違うんですか」

「ここでただ怒るだけでは、何の解決にもならないよ」


 その言葉は父に言っているように聞こえた。

 やっぱりここは私の知らない世界だ。






 私は、何とリッカルドの部屋に通されたのだ。


「俺の部屋だよ。長く歩かせてごめんね。道具はここら辺に置いて、鎧も脱いでいいよ」


 部屋を見回す。片面の壁にびっしりと本が並んでいて圧倒されてしまった。読書家なのかな。

 棚の上にはどこかで見たことのあるものが飾ってある。竪琴たてごとだ。


「そこに座ってくれ」


 しかしそこにはイスが一脚。リッカルドはどうするのかというと――


「俺はベッドに座るから」


 ……らしい。

 イスがリッカルドの方に向くように、動かしてから座る。


「さっそく始めるけど、昨日と今日と練習に身が入っていない様子だから、何かあったのかなって思って」


 完全に図星だった。親子とも、私の心を読む能力があるのかな?


「お見通しですね……」

「やっぱり。家族のことかな」

「はい……」


 だからリッカルドは隊長なんだな、と改めて思った。隊員のことをよく見ていて、心配りができる人だから。


「昨日よそ見をしたのは、外から兄たちがのぞいてたからなんです。追放されてからずっと会っていなかったのでびっくりしてしまって。あと、もしかしたらリッカルドさんはもう知ってるかもしれませんが」


 昨晩のことを話そうとして、リッカルドが私の家族事情を知らないことが頭をよぎった。


「家から追放されたくらいなので想像はできると思いますが、ずっと家では両親からもきょうだいからも冷たくされていたんです。そのことで昨日の夜、兄たちが謝ってきたんですが、兄たちから聞いた言葉がずっと頭に残っていて……」

「何て言ってたの?」


 口を開いたものの一瞬声が出せなくなった。何とか振り絞って声に出す。


「実は父が兄たちに『クリスタルは下手だから厳しくしてやらねばならない。甘やかすな』って言ったらしいんです。練習のときだけじゃなくて、日常生活もっていう……」


 私の言葉に「そっか……」と腕を組んで、真剣に考えてくれている様子である。


「お兄さんたちは、お父さんからそう言われてどう思ってたのかな。そこが知りたい」

「一番上の兄は『そんなことしていいのか』って思ったらしいです。もう一人の兄は分かりません」

「なるほどね。謝ってくるくらいだから、もう一人のお兄さんも『それはよくないことだ』って思ってたはずなんだけどね」


 私もリッカルドと同意見だ。もし父の言うことが正しいと思っているなら、昨日はサム兄一人で来ていただろう。同じ考えをしてくれた人がいるだけで心強い。


「確か、君にはお姉さんもいたよね。お姉さんはどうなんだろうね」

「姉には、もっと前に謝られました」

「それなら、決めつけるのはよくないかもしれないけど、お父さんだね。やっぱりお父さんだ」


 なぜか、不敵な笑みを浮かべるリッカルド。私にはリッカルドの心は読めないようだ。


「余計に気になるね。そんなんじゃ、道具もまともなものではなさそうだね……」

「道具はもちろん、弓自体も金貨二枚くらいのものです。つい二カ月くらい前までは」

「金貨二枚、か。ひどいね。五歳から弓をやらせておいて、それはない」


 首を振り、ふっとあざ笑うリッカルドは「俺がちょっといい身分だからとか、そういうことじゃないよ」と補足する。


「お兄さんやお姉さんもその安い弓で?」

「いえ、私だけ安い弓です。『お前にはこんなもんでいい』って父に。『うまくなりたければ、こういう弓も使えて当然だ』って」

「あぁ……俺は今すぐ君のお父さんにあのことを言ってやりたいね。それはかなわないから、代わりに君に言っておくけど」


 私の話を聞いてくれている間はずっと穏やかな顔をしていたリッカルドが、訓練のときのような鋭い目つきに変わった。


「確かに、うまい弓使いは安物でもしっかり使いこなせる。でもその人は、ある程度ちゃんとした弓で練習して、正しい発射の仕方が体に染みついているからできるんだよ。そのことを知らないで、『うまい弓使いは安物でもしっかり使いこなせる』っていう言葉だけが独り歩きしているようだね」


 そしてまた穏やかな顔に、といっても目だけは大きく開かれたまま言い放つ。


「まったく、褒め言葉として使うならまだしも、それを他の人に要求するなんてね。うまい人の背景も分かっていないなんて、指導者失格だよ。ね? クリスタル」


 あまりにも痛快で途中で笑いそうになったものの、「ふふっ、そうですね」とこらえきえなかった。


「リッカルドさんも毒を吐くんですね」

「俺は世間で言われているような、理想的な人間じゃないよ」

「そういうことじゃなくて、リッカルドさんも人間なんだなって、安心しました」


 王国一の弓使いで、騎士団長の息子で、迎撃隊長で、隊員からも慕われていて、読書家で、字まできれいなんて、『人間離れ』というイメージを作り上げてしまう。


 我に返ったのか、申し訳なさそうな顔をして「どうかな、少しはすっきりしたかな」と気づかってくれた。


「はい、とてもすっきりしましたし、なんせリッカルドさんの意外な一面も見れてよかったです」


 つくろった言葉ではなく、素直にそう思ったのだ。私は微笑みながらそう答えた。


「それならよかった。訓練に戻ろうか」

「はいっ!」


 晴れやかに返事をした私は、脱いでいた鎧を着直してリッカルドの部屋をあとにした。


【第二章・終】

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