16:あの時とはもう違う、これが今の私です

 エラがドアに『庭にいるからドアの鈴を鳴らしてくれ』という看板をかけると、姉を連れて裏庭に行った。店の横を歩いていく足音がする。


 私は自分の部屋で防具をつけ、腰に矢筒をかけると、黒い弓を持って裏庭に出る。

 この裏庭では毎日二人で、短距離の弓の練習を毎日している。この前行ったような練習場よりはかなり狭いが。


「……クリスタル、その弓は?」


 私を見たとたん、姉もやはりこのほぼ黒い弓に目を奪われている。


「エラさんに買ってもらいました。……前の弓は、お父さまに荷物ごと投げられたときに折れてしまったので」


 エラは私の弓を指さして姉を催促する。


「その弓、すごく堅いんだ。姉貴も弓使いだろ? やってみるか?」

「はい、試しに」


 散々弓のことで冷やかしてきた姉に、自分の弓を貸すことに少々複雑な気持ちになるが、顔には出さずに渡す。


「さぁ、現役冒険者の姉貴はどうかな?」


 私が以前に姉のことを『本来数人でパーティを組まないと危ないようなダンジョンを、一人で行くくらい優秀な冒険者だ』といったことがあるので、エラもかなり期待しているようだ。


 この弓を作ったタイラーでさえ「引くのが限界」だと言っていたくらいの弓だが、果たして……。


「ホントだ、堅い! フンッ!」


 姉はいつものように弓を引こうとするが、弓はビクともしない。力をかけて引いてみるが、少ししかたわまないのだ。


「クリスタル……こんなので練習してるの?」

「『こんなの』とか言うなよ姉貴。それは私御用達の弓職人が苦労して作った、ダーツリーの弓だ」


 私が姉からの質問に「はい」と答えようとすると、エラが首をつっこんできた。


「えっ、ダーツリーですか!? あのすごく堅い木の――」

「それを操るのが、クリスタルだ」


 と言ったエラは、少し距離をとって眺めていた私を前に引っぱり出す。


「わわわっ」

「クリスタル、あの巻藁まきわらに打って。ねらいはどこでもいい」

「わ、分かりました」


 姉から弓を返してもらうと、今朝靴のかかとで引いた線の前に立つ。ねらいは巻藁の真ん中の方にしてみる。


 矢をそえて弓を引く。きしむ音を立てながら弓を引ききると、ねらいを定めて矢を放つ。


 ピュンッ!


 風がないおかげもあり、地面とほぼ平行に矢が刺さっている。


「クリスタルが……まっすぐ矢を飛ばせてる」


 目を丸くする姉。


「どうだ? これが今のクリスタルの実力だ」

「あんなに堅くて重たくて、反動もかなりあるでしょうけど……いや……」


 まだ姉は目の前で私がやったことが信じられないようだ。そりゃそうだよね。散々私の下手な弓を見てきたから。


「もう一本やってくれる?」

「はい、今度は……巻藁の上の端と刺さってる矢との間をねらいます」


 指をさして姉に予告をする私。それにまた驚く姉。「『当たればいい』じゃない……!」という小声が聞こえた。


 この相棒になって三週間が経ち、この堅さに慣れてきている。最初の一週間は手首を少し痛めたが、今は大丈夫だ。

 そんなことを考えながらの二本目。ねらいはさっきより若干上向きにし、矢を放つ。


 読みどおり・宣告どおりの場所に矢が刺さってくれていた。


「うそっ……!」

「お姉さま、今の私の弓はこんな感じです」


 私は足がガクガクと震えている姉に呼びかける。


「冒険者をやめて、弓が職業じゃなくなってから上達するなんて、思ってもいませんでしたけど」


 顔がこわばっている姉にほほ笑むが、余計にこわばってしまった。


「どうして……? 正確に打ててるし、お父さまによく言われていた左肩も直ってる。ずっと直せなかったのに、この一ヶ月で?」

「はい、この弓に変えてから」

「まさか、弓のせい?」

「私が使っていたくらいの安い弓だと、変な癖がついてしまうらしいんです。ってエラさんの弓職人の方が」


 言っている私でも弓のせいにはしたくないのだが、これが現実だ。


「そうだ、クリスタルだけしょぼい弓だった。もし私とかお兄さまとかセスのような弓を使っていたら……」


 うつむくと、姉は言葉に詰まってしまった。

 上手くなって、今も冒険者を続けていたはずなのに、と言いたいのだろうか。


「でもそうしたら、エラさんにもこの弓にも出会えなかったし、冒険者ギルドっていう狭い世界しか知らなかったと思います」

「おぉ、そうか。クリスタル、いいこと言うな!」


 エラにひじで腕をつつかれる。

 今のところ、詳しい事情を唯一知っているエラも「いい弓で練習していれば、あんなことをされずに済んだかもしれない」というようなことを考えていたのだろう。


「『追放されたおかげで』とは言いませんけど」


 初めて姉に皮肉を言った。家では言えなかった皮肉だ。私が皮肉返しができないことをいいことに、浴びるほどの皮肉を言ってきた姉に。


「……今のクリスタルを、お兄さまやセスに見せてやりたい。近いうちに連れてくるから」


 悔しそうでもあり、何かたくらんでいるようでもある姉は、「そろそろギルドに戻ります」と歩き出す。が、一回止まってこちらに向き直る。


「エラさん、クリスタル、ごちそうさまでした」

「ああ。また食べにきてな」


 これには作り笑顔と会釈で返した姉は、きびすを返して消えてしまった。

 結局、姉からの謝罪への返答をすることはできなかった。


【第一章 終】

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