海物語

@0202020202

第1話

夏を締めくくる。それは人によって様々に異なるだろう。素麺を全部茹でるとか、庭のビニールプールを倉庫に仕舞うとか。それぞれ人によった夏の終わらし方というのは確かに存在している。そうして一区切りをつけ、秋へと向かうのだ。季節は黙ってれば向こうからやってくるものだが、秋だって楽しみが多いんだ。こっちから迎え入れる準備をしないと秋から取り残される。


前置きが長くなった。私の夏の締めくくり、それは海物語だ。ラブロマンスな映画鑑賞だとか、そんな湿っぽいものではない、パチンコである。パチンコ海物語を一日かけて打つ、それが私の夏の締めくくりなのだ。




パチンコと言えば、悪いイメージばかり先行してしまい、嫌悪している方も多いのではないだろうか?その認識はほぼ正しい。あれはクソ共のごった煮であり、自分を駄目な奴だと思いながらも、それを承認させるためにする一種の自虐的行為なのである。深みに嵌れば嵌るほど時間と金を浪費し、残るは誰に話すでもない異様なボーダー知識やら自らの偏った経験則。そこで作られる人間は薄っぺらなゴミであり、パチンコと仕事と居酒屋この三つに捕われた哀れな犬っころなのだ。ある意味でパチンコ台はその犬をつなぎ留める檻のような鎖のような役割を果たしてくれている。あそこに行けば、社会の犬に会える。私の夏の締めくくりはアホの犬共と時を共有することで、己の尊厳を取り戻し、人生はまだこれからなのだと、秋に備えるのだった。




そうして、私は近くのパチンコ屋に足を運んだ。今日は休日ということもあり人が溢れかえっている。パチンコ屋の中に足を踏み入れた人間ならば、分かるだろう。実に頭の悪そうな輩の多いこと、多いこと。私はそれらを踏むようにして、店の中へと入っていった。空気は悪く、外の天気は良いというのに天井にはタバコの煙による雲のようなものができている。腹の中では、たぶん女のことしか考えていない禿げて古びた店員が目の笑っていない仮面のような笑顔で私に深々とお辞儀をした。私は無視して目的地に向かう。海物語。それは悪の象徴ともされるパチンコ界のダーク。海の物語と言いつつ、パチンコをさせる。それはつながりがないように見えて、無い。意味など無く、快楽という名のドーパミンを人にいかにして出しやすくするかを協議した結果、とっつきやすい海が採用されたにすぎない。だが、名は体を表すと言われる通り、この台は海である。穏やかな空気間で人々を誘い込み遊ばせる。浅瀬でパチャパチャと遊ぶ分にはなんら問題は無く、楽しいものだ。だが、人間というのはおろかなものである。浅瀬で、彼らは大海を知った気になり、海の全てを知った気分になり、いつしか沖へと出ていく。沖へと出ていったものは、確かに金を得て戻ってくるものもいる。だが、それは次の航海に使う金になるのだ。金が金を呼び、そうして人間は沖へ沖へと行ってしまう。果てなどないそれは一度迷い込んだら抜け出せない悪魔のような海なのだ。すべからく人々は大海の中へと沈み込んでしまうだろう。そうして海藻をまとい、イルカに遊ばれ、あの金髪の悪女と友達となるのだ。そうすれば、もう一般のキラキラした生活がどことなく物足りなく感じてしまうことだろう。混沌の海の中には今日も沼のように嵌った数多くの愚か者たちがごった返していた。こいつらは、人生という大海原を自ら狭め、ないがしろにしているクズなのだ。


私は適当な海物語に座り一万円を叩きこんだ。両隣には震えるジジイにタバコを吸ういかついお姉さんが座り込んでいる。年は重ならない二人だが、その表情は一様に呆け、生きる時間をこの台に吸い取られているのが、ありありと見て取れた。気の抜けた音楽と共に遊戯が始まる。人々の血とも言える金と肉と例えられる時間を奪い去る悪魔の権化たちが泳ぐように我先にと私の前で止まる。なぜ、この図柄達なのか?なぜパチンコにおいて最も大切とされる7図柄がジュゴンなのか、打っている者は様々な憶測を立てることだろう。そう、だ・か・ら・である。パチンコというものは、頭がカラッポの人間が打つことが前提とされている。そこに、目前に謎を置けば、どうなるのか?答えは明白である。カラッポの頭にストンと納まるのだ。ハリセンボンやアンコウ、海の代表とは言い難い彼等。なぜ、マグロや、イルカでは駄目だったのだろう・・?それをクズ共はナイ頭をめぐらし、自分らしさをひけらかしていく。答えなどあるはずもない。それぞれの答えを出すことで自らの中に物語を構築させていくのだ。そこまでいけば沈むだけだ。一万円が亡くなった。ジジイは震え、怒りをあらわにしてボタンを叩きつけている。一見、台が心配になるが、この台のHPは非常に高い。殴られることを前提とした作り。人間の拳ではあの貝のボタンですら破壊することは叶わないだろう。ジジイは生の全てをぶつけていた。彼が死ぬ間際に見る常世は海物語に違いない。ジジイは去った。当たりの出ない台はジジイから年金を奪い去り老いた楽しみの少ない生活に菊の花を添えてやった。孫に年金を巻き上げられるお年寄りの図はここに完成を見るのだ。そして、次に座ったのは名前も知らないオッサンだった。オッサンは座るな否や、私の姿を見つめると、全身を舐めるように見渡した。嫌悪を感じた。これは駄目なタイプだ。本能という直感がそう告げる。




「景気はどうだ」


「ダメですね」




私は喋りかけられたのをきっかけに、この台から離れようと思った。だが、次の瞬間、台が強く光り、当たった。悪女が無表情でピースをする。ラッキーと気の抜けた、ホントに思ってんの?という叫びと共に陽気な音楽が流れ始めた。




「景気、いいじゃねぇか」


「はぁ。。ありがとうございます」




隣のヤンママが画面をバンと張り手をするように叩いた。魚が横からわっと湧く。驚かすことで魚をひりだしたヤンママは恍惚の表情を浮かべた。可哀そうに・・良く躾けられている・・。




私の画面では図柄達が競争したり、なんだか楽しそうにしている。意味が分からない光景だが、なんだか楽しそうだ。食物連鎖だとか弱肉強食だとか、そんなのは、あまり感じさせない、なんだかよく分からない楽しそうだ。




「なぁ。海物語がどうして人気なのか知ってるか?」


「はぁ・・?知らないですけど?」




気怠そうに返事し、会話を打ち切ろうと試みる。当たり中の時間は長いので席を立つことは叶わない。オッサンはそれを知っている。荒波に飲まれ、荒れた目をしたオッサンは人を舐めることを楽しみに生きてきた。




「俺なぁ。」




オッサンは私の台をチラっと見て、確認を入れた。画面では金髪の悪女が手を振り、魚達を惑わしている。もう一回という掛け声と共に血で紫色に染まった海を背景に魚達が泳ぎだした。深い海に誘おうとしていた。




「ちょうどお前くらいの年から海物語を打ってきてんだ。海物語はよぉ俺の物語でもあるわけだ」


「はぁ。。」




ヤバイヤバイヤバイ。オッサンは流れる魚達を子供でも見るような目つきで眺めていた。それは荒波に揉まれ、海と共に育った漁村にいる老人の顔のようであった。パチンコと共に育つ。それを、たまたま隣に座った人間に話してしまえるというのは、いかほどなのか私には計れない。そもそも、海物語の人気の話ではなかったのだろうか・・?ヤンママは外れて項垂れていた。魚は彼女を裏切った。ヤンママの中のヘイトは次の魚群までの爆発を待っている。目は血走り、世の全てを呪っているようだ。現実でもままならないことが多いのだろう。魚群は人間の本性を剥き出しにしてしまうのだ。オッサンは私に必死に何かを伝えようとしていた。それはオッサンの歴史であり、生涯であり、生きる意味、そのものだった。




「俺はマリンでは抜けないんだ。」


「え??」




つい、私はオッサンの方に顔を向けてしまっていた。今の発言が気に入ったわけでは、断じてない。単純に面食らっていたのだ。オッサンは私と眼を合わす。その目は何か、恐ろしいものを見たかのように見開かれていた。




「湧かないんだ。ウリンとワリンは大丈夫、なんだ。ただ、どうしてもマリンでは駄目だったんだ。」




不思議だよな。オッサンの発言はこのような謎を残し締めくくられた。オッサンの台ではちょうど、マリンが登場し両手の指先で図柄を止めようと試みるも魚達は言うことを聞いてはくれなかった。彼女は誰からも信頼されてはいない。私の台は同じ魚が縦に揃い、歌が流れ始めた。






私の台から頭の悪そうな歌が流れ始める。マリンの顔がアップで映し出された所でオッサンが「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。




「怒られちまった」


「?!?!」




オッサンの台は当たる気配はまるで無い。オッサンはたびたびクシャクシャになった野口を海に流していた。代わりに玉が出てくるも海は全てを飲み込んだ。オッサンの目はどこか虚ろであった。深い海はオッサンをつま先から頭の先まで飲み込もうとしていた。深い海に嵌っていく人間には様々なパターンがある。もがく者と静かに眠るように息を引き取るものである。もがく者は時折出た泡でさえも、必死にボタンを叩く。それは溺れている者によく似ていて、目は怒りに燃え激しい生への渇望が見て取れる。静かに眠っていく者は、だんだんと挙動が少なくなり、まるで水圧に圧迫されているかのように身動き一つ取らなくなる。目は虚ろであり瞬きさえ少なくなっていく、握ったハンドルを手放しさえすれば、この虚無から解放されるというのに、まるでそれが命綱であるかのように絶対に手放さない。オッサンは後者であり、静かに海の底に沈もうとしていた。ヤンママは激しくなり、ボタンを叩きつけ画面をバンと叩きこんだ。溺れ、もがいている。私の台だけ強く光り、そのたびに両隣の海の従者達は私の台を見るのだった。オッサンは虚ろな死んだ目でヤンママは睨みつけるように、これが私の望んだ海なのだろうか・・?海の中ではマリンが魚達と戯れている。




300m




分母内に納まる確率。人を呑み込むにはまだ早いが、すぐ首下まで海水がせまってきている。それに怯え、早めに根を上げる者もいる。そして、それが一番賢いともいえる。




500m




500という数字は、どうしてこうも人を不安に陥れるのか。底があるのか分からない海にズブズブと沈んでいく感覚。ここの辺りから人は挙動がおかしくなり、本性なるものが見え隠れする。また、ここで見切りをつけ、海から立ち去る者が一番多い深度である




600m




確率二倍嵌り。だが、海に潜った者ならば一度は経験する深度であろう。変に余裕ぶる、監視カメラをみつめる、頻繁に席を立つ等、ここの辺りから自らのオカルトを持ち出してくる輩が多い。




1000m




深海への入り口である。ア〇スでいうところの深層第六層であり、人間性を損なう恐れがある。呆けてしまう者、薄ら笑いを浮かべる者、怒りに震える者、その者の人間性を発現させ、それをないがしろにされることで、人間性の消失を招く。底の見えない海は引き返すも、潜るも地獄なことに変わりがない。




1500m




人間性の消失。もはや人としての形を保てなくなったナニカは憑りつかれたようにハンドルを握る。時間と金は露に消え、人間ATMとしてマリンに金を貢ぐその姿は痛々しくも、儚く、命を燃やし続ける獣のように雄々しく映るであろう。周囲は同情の目を向け、自分で無くて良かったと、安堵と沈みゆく者を悲し気な目で見送る。




2000m




深海。ここまで潜れる者は滅多にいないであろう。水圧に自由を奪われ、誰であれ挙動は少なくなる。現実は乖離し、まるで本物の海の底のような感覚を味わうことになる。時間と金と自由を奪われ、海物語という名を聞いただけで嫌悪感を抱くようになる。マリンは君を絞りつくす。




私の台は当たり続けていた。普段ならば幸せに感じるそれを、両隣から海の亡骸に見つめられ、素直に喜ぶことができなかった。再び私の台は血に染まった海に浸かった。




「マリンはよぉ。恋人には成れねぇ存在なんだわ。」




呼び捨て。海の亡骸は再び尊厳を取り戻したように、あるいは遺言でもあるかのように語った。こんな休日の昼間からパチンコに興じるなどまともな大人のすることではない。オッサンの台からはマリンすら姿を見せなくなった。何のために何のために海物語がオッサンに突き付けているのは己が人生物語だ。




「俺はマリンが嫌いだったね。妹のほうが役に立つ。主役ずらしてるが、木偶の坊もいいとこだ。でもな、そんな時、マリンが揃えたんだよ。驚いちまって、こいつもなかなかやるじゃん。と見直したね。出てくるたんびに、悪態ついてた俺がだ。」




私は一旦トイレに行くのを口実に席を立った。


パチ屋のトイレはどうして、無駄に清潔なのだろうか?こんなクソが糞しに来る場所など、どうでもいいだろうに。私が思うに、店側のせめてもの贖罪なのだろう。私は便座に腰を下ろして深いため息をついた。




これが私の夏の締めくくりなのだ。




入店する前、反復するように唱えた言葉は今や、呪いのように私を締め付けていた。マリンは私を愛しているのか、離そうとはしてくれなかった。大当たりを何度か続ける中、オッサンの口は饒舌に回り始めた。不思議な感じがした。なぜ、嵌れば嵌るほどオッサンは熱に浮かされたように饒舌に元気になっていくのだろう。夏はまだまだ終わらなそうだ。トイレを済ませ、手も洗わない客を尻目に私は手をちゃんと洗う。これが、少しのプライドを取り戻させた。この人達と私は違う。




ドップリ沈み込んだ海の従者達。輝くマリンブルーにはたくさんの屍が埋もれている。オッサンは沈んだ目で私を出迎えた。その目に明日はない。オッサンにあるのは今この瞬間だけだ。




「なぁ、海と言えば、マグロもあるはずだよな・・?」




私は無視した。構わずオッサンは続ける。遺言のようだ。




「マリンはマグロなんじゃねぇかって俺は思うんだ。」




オッサンの台では件のマリンがシャッターチャンスだといい、真ん中にピントを合わせるかの如くジュゴンを引き留めようとしていた。ジュゴンのピントは見事に外れ、要求を無視されたマリンは「ゴメンね」という言葉と共に画面下に引き下がった。オッサンは身じろぎ一つせず、その様子を見つめていた。キモイと私は思う。




「あぁわりいな。どうして海物語が人気かって話だったよな?」




私の台は強く光り、また当たった。どこまでも陽気な歌は続き、マグロと呼ばれた彼女は自分が主役だと言わんばかりに手を振り続ける。




「皆、マリンを笑顔にしたいのさ」




時短を駆け抜け、私の当たりは終わりを告げた。オッサンは1000回転を乗り越え着々と沈みつつあった。私はそっと海の亡者たちを残し席を立った。まだ、時間はあったが、なんだか居たたまれなくなってしまったのだ。ヤンママもいつしか挙動が少なくなり生活という名の水圧に圧し潰されつつあった。彼女は今日一日で何を失ったのだろうか・・・?海というのは、そこそこの浅瀬で遊ぶのが一番、楽しいのだ。嵌ってはいけない。私は今日、それを見せられた。私の帰る間際、オッサンの台から異様な音が鳴り響き、当たった。バックで魚が泳ぎマリンがダブルピースをキメル異様な光景が広がった。オッサンは呆けている。魂を吸い取られたのかもしれない。




「これが!これがいいんだよ!!」




オッサンは叫び、ヤンママは両手を画面に張り付け、魚をひり出した。




私の夏はこうして終わりを告げた。海物語。それは、たくさんの金という生き血を啜り、マグロと呼ばれた悪女と海の亡者達が織りなす壮大なハーモニーなのである。


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