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 頭のてっぺんにまで血を登らせたイジバは、引き連れていた3人に加え別の場所で待機していた3人も加えて、大海原と白い雲が透けて見える足場材の回廊を蒼空丸と接続しているもう一隻の空賊島を構成する元飛行船『信天翁号』に向かって速足で向かっていた。


「若衆筆頭、アゲハのお袋の店はあの飛行船の中です」


 組員の一人が信天翁号の中央檣楼ちゅうおうしょうろうを指さす。


「アマァ、故買屋もやってるらしいが、あっちで間違いないねぇのか?」


 イジバが問うと別の組員が。


「筆頭がジョユスのジジィと話をしておいでの間に、故買屋の事務所も宿屋の方も確認しましたがいませんでした。そろそろ店の仕込みの時間でもあるんで、間違いなくアマァは店に居ます」

 

 その答えを聞くと、イジバは残忍な笑みを顔いっぱいに浮かべ。


「そうかそうか、それじゃぁ不良娘のお袋さんの面ぁ拝みに行くとすっか」


『軍艦鳥亭』と書かれた扁額の下の観音開きの鉄扉を蹴り開けると、広々とした店内の椅子はすべてテーブルの上に上げらており、床もすっかり磨き上げられていた。

 しんと静まり返った空間の一番奥、酒類が所狭しと並べられた棚を背に、一人の女がカウンターに両手を着く姿勢で闖入者たちを冷ややかに眺めていた。

 黒地に真っ赤な牡丹の花を大胆にあしらった。その嫋やかで艶めかしい肢体にぴったりと纏わりついた旗袍チャイナドレスを身に着けたアマツ・ノ・エナハだ。

 前情報道理の美しさと妖艶さに息を呑みつつも、これからこの女にする残酷で品性下劣な行為に胸を躍らせつつ、イジバは。


「あんたがアゲハの母親かね?」


 エナハは、実に落ち着き払った風に。


「左様でございます。私がアゲハの母、エナハでございますが?そちら様は?」

「イジバ・ムツト、侠門紅龍会で若衆筆頭を務めてるもんだ」

「まぁ!そんな御大層なお方が、私に何の御用でございますの?」


 徹頭徹尾の慇懃な態度に苛立ちを覚えつつイジバは応えた。

 

「ウチらオタクの娘にちょっといやそっとどころじゃねぇお痛をされましてねぇ、オトシマエを付けてもらおうと思っても、娘さんご本人が見つからないもんで、まぁそこはその娘を育てたお袋さんにも責任があると存じまして、ちょいと顔を貸してもらえませんかねぇ」


 対してエハナは艶然と笑いつつ。


「まぁ、そうでしたの?それはまことに申し訳ございませんですわねぇ、とは申しましてもあの子ももう立派な大人、自分で為した事の責任は自分で負うべき年ですし、ここで母親の私がしゃしゃり出ましても詮無いこととは存じますが?それに」


 そこで彼女は言葉を切ると、冷え冷えとした視線をイジバに向けつつ。


「最初に娘の面子を傷つけたのは、そちら様の方ではありませんでしたかしら?それならばそれ相応の返りがアゲハの方からあったとしても、甘んじてお受けに成られるのが筋じゃございませんかしら?」

「流石、流石、大空賊と歌われたアマツ・ノ・タカトウの奥方様だ。紅龍会を相手にしてるってのに中々の豪胆さだぜ、まぁ、その舐め腐った態度も、クソ娘をひり出した穴にナニの二三十本も突っ込まりゃぁコロッと変わっちまうだろうがなぁ」


 そう言ってせせら笑いつつエナハを舐めるように見つめるイジバだったが、相手が底冷えする様な冷笑を見せると息を呑んだ。


「まぁ、可愛らしい事、高々6人程度で、私に指一本でも触れられるとお思いなのね?」

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