第三話 襲来!

「あたたた……。全くひどい目にあったわ!」


 翌朝。

 私はまだ痛みの残る背中をさすりながら、ゆっくりと起き上がった。

 まさか、ここにきて実験失敗であんな大爆発を起こすなんて!

 おかげで、研究所のあった離れは屋根が半分吹き飛んでしまった。

 もうすぐ出ていく家だし、二人とも大した怪我はしなかったから良かったけれどもさ。

 せめて新天地では、もうちょっとおとなしくしていて欲しいものだ。

 新しい家までこの調子で吹っ飛ばされたら、さすがにたまったもんじゃない。


「さてと、今日はどうしようかしらね……」


 あと六日間で国を出なければならないので、やるべきことはたくさんある。

 が、逆にたくさんありすぎてどこから手を付けていいのかもよくわからない状況だ。

 えーっと、荷物を整理して引き継ぎの書類を作成して、お母様のお墓を移設する準備をして……。

 やるべきことをあれこれと思案していると、執事のセバンが部屋に入ってくる。


「お嬢様、体の具合は?」

「問題ないわ。まだちょっと背中が痛いけど、それぐらいよ」

「それはようございました。研究所が吹き飛んだ時は、いったいどうなるものかと心配しましたぞ」


 ほっと胸を撫で下ろすセバン。

 彼らもいろいろ忙しいだろうに、余計な心配をかけてしまった。

 

「そうだ、国を出る前にセバンたちの再就職も考えておかないとね」

「実はそのことについてなのですが、我々の方からご提案が――」

「た、大変です!」


 セバンが用件を言い終わらないうちに、青い顔をしたメイドが部屋に飛び込んできた。

 いったい何事だろうか?

 小首を傾げた私とセバンに、メイドは早口で告げる。


「ファルト男爵がお見えになられました! ついては、旦那様とお嬢様方にすぐお会いしたいと」

「え? 引継ぎにしてはちょっと早いわね」


 ファルト男爵とは、私たちに代わって新たにこの領地を治めることとなる貴族である。

 王の側近の一人だが、正直なところあまり評判がいいとは言い難い。

 王をおだてて金を使わせては、いつもそのおこぼれに預かっているような人物である。

 うちの領地にしても、うまいこと言って王から拝領したのだろう。


「とにかく、急いで来て欲しいとのことだそうです」

「わかったわ。すぐに行く」


 こうしてメイドと共に応接室に向かうと、すでにお父様とお姉さまが待機していた。

 その二人の前には、ソファにどっしりと腰を下ろした小太りの男がいる。

 彼が、件のファルト男爵であろうか。

 ダイヤの指輪や金の腕輪をジャラジャラつけて、趣味の悪さ全開である。

 こりゃ、王宮に流れている噂は本当っぽいわねえ。

 私が部屋に入って会釈をすると、すぐにお父様が話を切りだす。


「ずいぶんとお早い到着ですな、ファルト男爵。引継ぎは六日後のはずですが」

「これから治めることになる土地を、早めに見ておこうと思いましてな」

「そういうことでしたか。では、どうぞゆっくりとご覧になっていってください」

「うむ、そうさせてもらおう。だがその前に……」


 そう言って、意味深に言葉を区切ったファルト男爵。

 彼は閉じていたカーテンを持ち上げると、不機嫌そうな顔で窓の外を見やる。

 その視線の先では、領民たちが今日も畑仕事に勤しんでいた。

 ……はて、この光景のどこに機嫌を損ねるような要素があるのだろう。

 私たちが訝しんでいると、ファルト男爵は領民の一人を指さして言う。


「あの者、太っておるではないか。これはどういうことかね?」

「そう申されましても。意味が分かりかねますが……」

「この愚か者! そなた、それでも貴族か!!」


 テーブルを叩き、その場で立ち上がるファルト男爵。

 そのただならぬ怒気に驚き、私たちは眼をぱちくりとさせた。

 ファルト男爵はそのまま前のめりになると、勢いよく捲し立てる。


「貴族ならば、民を甘やかすなどもってのほか! 陛下のため、国家のため!

 死ぬ寸前まで税を搾り取るのが義務であろう!」

「ですが、そのような苛烈な徴税は民心の離反を招くと……」

「黙れ!」


 声を荒げるファルト男爵。

 本来なら、同じ貴族に対してこんな横暴は許されないのだけど……。

 あいにく私たちは追放寸前の没落貴族、反発するだけの力がない。


「……まあいい、そなたらが出て行ったあとでたっぷりと搾り取ろう。

 アランドロ男爵、現在の税率はいかほどかな?」

「五公五民となっておりますが……」

「ふん、温すぎるな。私が入ったら、すぐに七公三民に改めさせよう」


 うわー、無茶苦茶なこと言い出したわね……。

 そんなことしたら、ほぼ間違いなく一揆が起きるわよ。

 さすがに私が文句を言おうとしたところで、お姉さまがそっと手で制してきた。

 そして、ダメダメとばかりに首を横に振る。

 確かに……言って分かるようなやつならこんなこと言い出さないか……。


「では、失礼しよう。今宵の歓待、期待しておるぞ」

「はい?」

「そなた知らんのか? 領地の移封が行われる際は、前任者が新任者をもてなすのが礼儀だぞ」

「は、はぁ……かしこまりました」

「ついでにだが、そなたら財産の持ち出しなどについては私が監督することになっておる。

 もし若い娘を何人かつけてくれれば、色香に惑って目が狂うかもしれんがのう!」


 ……それってつまり、ご馳走だけじゃなくて女もつけろってこと?

 しかも、一人じゃなくて複数!

 なんとまあ、図々しいというか欲深いというか。

 私たち三人は、あまりに強欲な要求にすっかり呆れ顔をするのだった。

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