第一話 お父様と私
「ハッハッハ! そうか、あのバカ王を殴ったか!」
謁見の日からおおよそ一週間。
領地に戻った私は、お父様に事の次第を報告していた。
これだけの不始末だ、さすがにお父様も怒るだろう……と思っていたのだけども。
実際は、腹を抱えて大笑いしている。
……あんた、仮にも領地持ちの貴族としてそれでええのか。
自分でもバカ王とか言っちゃってるし。
いやまあ、どでかい後宮を造営しようとしたり宮殿を金ピカにしたりやりたい放題だけどさ。
「しかし、ちょうどいい機会だったかもしれん」
「どういうこと?」
「北の帝国が、このところ怪しい動きをしていてな。近いうちに来そうな雰囲気だ」
大陸北部に覇を唱えるヴァルドラス帝国。
凶暴な軍事国家で、これまでもうちの国の穀倉地帯を狙ってたびたび戦争を起こしている。
ここ十年ほどはおとなしくしていたのだけれど、いよいよ兵を挙げるつもりのようだ。
「父さんがいる限り好き勝手させるつもりはないが、それでも戦争となればどうなるかわからん。連中は最近、怪しげな魔導士を雇ったなんて噂もあるからな」
「なるほどねー。というか、そんな時期に父さんが抜けたらヤバいんじゃないの?」
私の父であるアランドロ男爵は、王国でも一番の戦士である。
元は田舎の一兵卒に過ぎなかったのだが、戦場で名を挙げてここまでのし上がった。
娘の私が言うのもなのだけど、結構な英雄である。
軍の内部には父のシンパも多いし、何より父自身が一人で千人分ぐらいの戦力になる化け物だ。
それを戦争間際に追い出すなんて……。
「……ああそうか、それで宰相閣下は嫌そうな顔していたのね」
私が処罰を受ければ、父も何らかの形で責任を取らねばならないだろう。
けれど、開戦間際の時期にそれを行うと戦争に悪い影響を与えかねない。
もしそうなれば、処罰を下した人間に責が及ぶ可能性だってある。
それを嫌って、宰相閣下は困ったような顔をしていたわけだ。
もっとも、王様がそんなことお構いなしに追放にしちゃったわけだけど。
「とにかく、こうなってしまったからには国を出るしかあるまい。王の指定した期日はいつ何だ?」
「あと一週間よ」
「ほとんど時がないではないか! これは準備を急がねばならんな」
「ええ。けど、財産は置いて行けって話だから大したものは持って行けないわ」
「むむむ……!」
お父様はおもむろに立ち上がると、壁に飾られている武具の数々を見やった。
いずれも、お父様が各地で買い求めてきた名品ばかりである。
「私のコレクションは、財産のうちに入ると思うか?」
「そりゃ入るんじゃないの? だって、売れば結構いい値段つくでしょ?」
「それは……そうなのだが……!」
お気に入りの武具を抱え込み、今にも泣きだしそうな顔をするお父様。
いい年したオッサンが、おもちゃを没収された子どものようである。
私に頼んだところで、今更どうにもならないでしょうに。
申し訳ないけれど、ここは覚悟を決めてもらうしかない。
「……残念だけど無理よ」
「嫌だ! 絶対に手放さないぞ!」
「子どもみたいなこと言うな! ほら、その剣を離して」
「嫌なものは嫌だ! こうなったら、王と直談判して処分を取り消してもらう!」
そのまま部屋を飛び出していこうとするお父様。
私は慌ててそのマントを掴むと、どうにかその行動を止めようとする。
コレクションを手放したくないから追放はやめてくれって、いくら何でも無茶苦茶だ。
ええい、このお子様め!
元はと言えば私が原因だけど、往生際が悪すぎるわよ!
「とにかく、コレクションは持ってはいけないわ!」
「い~~や~~だ~~!!!!」
手足をばたつかせて、駄々っ子全開になるお父様。
コレクションを巡る争いは、結局夜まで続くのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます