第22話 ビリエの占い師
ビリエの街は、銀山で興った街らしい。すでに枯れた採掘場を個室ホテルにしたりして、観光の目玉にしているとか。
どうもこの島のひとたちは、転んではただでは起きない気質のようだ。なんでも商売につなげるたくましさがある。
オレたち一行は街の酒場に腰を落ちつけた。そして、ガミカは女剣士ジーベラと荷物持ちのゴジップに、護衛の契約解除を申し入れた。
無論、リリカラン侯爵誘拐犯グループに、命を狙われる危険性を考慮しての判断だった。これにはメンバーも複雑な思いだ。
そもそも、けもの道ルートであるからこその“肉食動物向けの護衛”が契約だったのだ。もちろん、賊からの護衛も兼ねてはいるが、武器を装備していなかったとはいえ、戦士のジーベラが手も足も出ずにかなわない相手となると、話は変わってくる。
ただ、そんな強さを誇る相手を、不意打ちではあったが芸人スポンはいともかんたんに殺してしまった。この男は、得体の知れないなにかを感じる。
「ガミカさん、ここで逃げては剣士の名折れ。報酬はいらない。ビイービまで付き添わささてほしい」
ジーベラはそう言った。
「オレもどうせビイービに行くつもりだ」
ゴジップも続けて言った。
「う〜む……。まあ、街道にはやつらはいないだろうがな……」
ガミカは真剣な顔をして二人を見た。
結局、ジーベラもゴジップもついて来ることになった。
「スポンはここでお別れだな」
ガミカがビール片手の芸人に言った。
この芸人スポンは、けもの道ルートをたどるオレたちに興味を抱き、勝手に同行してきた非契約の存在だ。
「そう言うなよガミカ。オイラもついて行くぜ。命を狙われるきっかけを作ったのはオイラだからな。責任があるだろ?」
軽く言う。
とはいえ、あの窮地を救ったのはスポンだ。
しかし、下っ端はあのとき、攻撃をやめて親分を呼んでくると言っていた。
オレがスローモーションフェーズを発動できるとわかり、あの下っ端は急に態度が変わった。親分を呼ぶ理由はなんだったのだろうか。
でも親分を呼んでくる前に、スポンが下っ端を殺してしまった。いまとなっては闇の中だ。
ガミカはリリカラン誘拐の情報を街の公示局に伝えてくると告げ、酒場を出て行った。おそらく、公示局には行かずに組織の支部に向かうのだろう。
残った四人で、犯人グループの話をした。
現在わかっていることは、リリカラン侯爵はベルビリアンに移送中であり、親分はカンダタという名前であり、人数は一人死んで七人。
「カンダタだって!?」
口数すくないゴジップがめずらしく声を荒げた。
「そいつだ。去年の格闘技大会の優勝者は」
どうやらカンダタとは、前回の世界格闘技選手権ビイービ大会のチャンピオンだった。ではなぜリリカラン侯爵を誘拐したのだろうか。なぜ嵐の中の孤島・ベルビリアンに向かうのか。
カンダタはリリカランの別名・ニックという名前を知っていた。
「まあ、誘拐事件のほうは解決しそうだな」
ゴジップが明るく言った。
たしかに、行き先が割れている以上、捜査はかんたんになる。
誘拐事件のほうは、役人に任せればよさそうだ。あいつらがいかに強かろうが、大勢で取り囲めばなんとかなるだろう。
オレはすこし散歩することにした。独りになりたかった。三人を残して酒場を出た。
オレの任務は、ザンゲツブルグにいる魔王の暗殺だ。そうするように、ガミカたちに脅迫されたのだ。
秘密裏に向かうため、ひと目のつく街道を避けて、けもの道ルートで行進する。その名目も動植物調査だった。
しかし、出発と同士にリリカラン侯爵が誘拐され、船上では漁夫が不可解な死を遂げた。
ジーベラの言うとおり、なにか不吉なことが起こっている。追い打ちをかけるように、誘拐犯と鉢合わせもしてしまった。
あと、個人的なことではあるが、オレの命はあと四十数日。そのくらい経つと、“死神”が迎えにくるとか。
そう、ニックが言っていた。ニック=リリカラン侯爵が言っていたのだ。
それもこれも、チケットに名前を書かなかったからだ……そう、ニックは言っていた。
いろんなことが身のまわりで起きていて、頭がこんがらがりそうだ。
この半券だ。オレはポケットから半券を取り出した。この半券の名前記入欄に名前を書いておけば、死神に狙われることもなかった……だそうだ。
名前は思い出せない。オレ自身、べつの世界からやってきたことだけはわかる。
元の世界のことを思い出そうとすることは、自分の影を追うような感じだ。つかむことも踏むこともできずに、なにもない空白だけが作られるように、記憶は消えていく。
自分の名前を“ビアンカ”にした理由も、もうわからない。元の世界の情報だろうとは思う。
そんなことを考えながら市場を歩いていた。
「あんたぁ! ちょい待ちぃ!」
露店街に混じって、占い師の露店があり、そこから身を乗り出すようにオレに叫んできた。
ご多分に漏れず、占い師はおばあさんだった。オレが持っているチケットを、大きな目で凝視している。
「このチケットのことを知ってるの?」
オレは、ばあさんに半券をヒラヒラさせながら言った。
「あたしも持ってるんだ」
そう占い師は言うと、台の上に置いてある木箱から無造作に紙切れを取り出した。
オレが持っているのと同じ“チケットの半券”だった。
オレと同じく、名前は書かれていなかった。
イソテリア戦記~彼女いない歴36年が美女になって魔王を暗殺するまで ととみん @murakami_toto
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