第15話 シルコル島動植物調査隊

 旅の支度は、すべて捜査局がやってくれた。出発当日、エルビイの酒場で落ち合った。


 荷物を抱えた男と、旅人姿のガミカがいた。


 「あんたも来るのか?」


 「今回の行程を練ったのはオレだからな。オレがいるべきだろう」


 「わたしの見張りも兼ねているのだろう?」


 「はっはっはっ。かたいこと言うな。さてさっそくだが、ここで旅のメンバーを集めよう」


 「二人だけじゃないの?」


 「おいおい、オレと二人きりがよかったか? 長旅だ。荷物持ちもいる。建前上、護衛も必要だ。もちろん、旅の目的なんて言えない。表向きは“動植物の生息調査員”の同行員募集だ」


 「なるほど。それなら、道なき道を渡る理由になるわけだ」


 「それに、オレとお前は夫婦だ」


 「は!?」


 「そのほうが、どこに行っても怪しまれない。だからこそ、女のお前をスカウトしたのだ」


 荷物を抱えていた男は、あの見張りだった。荷物を床に置き、オレに話しかけてきた。


 「ビアンカ、オルファってやつに伝えておいてやったぜ。そいつは雇われのレンジャーらしいな。噴水広場には行っておらず、情報局での新たな仕事の受注で忙しくしていたそうだ」


 見張りの男に礼を言うと、男は店から出て行った。


 ガミカはカウンターで、荷物持ちと護衛要員の手配手続きをしていた。


 そういえば、あの男……。オレが捕らえられていたときに現れた局の男。オレたちについて行くと言っていたが、ガミカは知らないのか。


 ガミカにそのことを話したが、だれだかわからないと言っていた。捜査局には何組ものチームがあり、互いにその存在を知らないという。もしかしたら、べつのチームの者が間違えて部屋に来たのかもしれない。


 各チームによる“作戦”は、つねに実行されている。チームリーダーのグロスでさえ、別チームの動向はあまりわからないという。


 「ビアンカ、飲めよ。景気づけだ」


 ガミカがビールを持ってきた。手配した要員の到着まで、まだ時間があるみたいだ。


 きょうのガミカは上機嫌だ。それもそうだろう。上司であるグロスはいないし、経費は使いたい放題だ。その上、ザンゲツブルグまでオレの見張りをしておけばいいだけなのだから。それに、この美人といっしょにいられるのも理由かもな。


 「なあガミカ、リリカラン侯爵誘拐事件はどうなった?」


 「それなら情報局のやつらが対応しているだろう」


 ひょっとして、オルファの新しい仕事とは、このことかもしれない。


 「あんたら捜査局と情報局とは、いったいどんなちがいがあるんだ?」


 「あいつらは内政、オレらは国政だ。とはいえ、リリカランは世界的な富豪だ。内政事情とはいかないかもな」


 「リリカランは、なんであんなに金持ちなんだ?」


 「は? お前はリリカランと飲んでいたんだろ?」


 「あ、ああ……。でもよく知らないんだ」


 「発明や特許で一財産築いた。なかでも農業の効率化や病気に効く薬とか」


 「そうか……。器用なんだな……あのじいさんは」


 そんな男がなぜ、オレがいた世界との橋渡し役をしているのだろうか。


 あれ……。オレがいた世界って……どんなだっけ?


 オレはたしかにあの……あの店は……。


 記憶が薄らいでいく。


 この世界にきて、日に日に記憶が薄らいでいくような気がする。


 「よう!」


 オレたちが座っているテーブルに、芸人風の青年が割り込んできた。


 「おい、なんだガキ」


 ガミカが迷惑そうに言った。


 「おいらは芸人スポン! 旅のお供にどうだい?」


 「芸人なんていらない」


 ガミカは冷たくあしらい、ビールを飲み干した。


 「おいらは魔法も使えるんだぜ」


 そう言うとスポンは、ガミカが持っていた空きビンを宙に浮かせてみせた。


 「!」


 ガミカは驚いている。


 「女将さん、ビール追加!」


 スポンは空きビンを女将のもとに移動させ、女将も驚きつつビールを注いだ。それをふたたびガミカの目の前に移動させた。


 「お前、魔族か?」


 「いいや、あんなのといっしょにしないでおくれ。ちゃんと魔法大学で学んだんだい」


 「レベロソ大学か?」


 「いいや、ワイドナ大学」


 「ワイドナ!?」


 「ガミカ、なんの話?」


 ついていけなかったので、オレはついガミカにそうたずねた。


 「ワイドナ大学は、世界最高峰の魔法大学だ。お前、若いのにたいしたもんだな。だが、ウチには予算があるんでな、お前を雇う余裕はない」


 「報酬はいらないよ。ただ旅をしたいだけなんだ。見聞をひろげるためにね」


 「それにお前、ギルドランクはなんだ?」


 ギルドランクとは、傭兵の評価基準だ。無事に任務をまっとうできた者に贈られる称号だ。護衛などの任務を請けたとしても、無事に遂行できるとはかぎらない。


 途中で逃げ出したり、依頼主の物品を盗む者だっている。仕事を完遂できた者だけに、依頼主は評価ポイントを贈るのだ。


 そのポイントの総数により、クラスが決まる。上位のクラスになればなるほど、信頼性が高い傭兵ということになる。当然、報酬もあがる。


 それでも上位クラスの傭兵は人気で、予約はとりづらい。今回の旅でも、ガミカは上位の傭兵を手配していた。


 「一つ星プラクティカスさ」


 「プラクティカスか! その若さでたいしたもんだな」


 3等級であるプラクティカスは、危険な仕事を数多くやってのけた証だ。


 「どうだい? ついて行ってもいいだろ? あんたたちは、動植物の調査で山道とかに行ったりするんだろ? おいらもそういうところに行ってみたいんだ」


 「ほんとに報酬はいらないんだな?」


 「いらないよ」


 「わかった。連れていってやるよ」


 オレはガミカに近寄って聞いた。


 「こんなのを連れて行って大丈夫なの?」


 「魔法も見ただろ。ヒマつぶし相手になる。それに、プラクティカスは安全性も高い」


 それから雑談をして、手配していた傭兵たちが到着した。


 荷物持ちのゴジップと護衛のジーベラ。ギルドランクはゴジップは一つ星セオリカス。芸人スポンのひとつ下の2等級だ。女剣士ジーベラは一つ星最高峰のフィロソファス。4等級だ。


 ゴジップは小太りの青年で、無口で生真面目な性格。ジーベラは女戦士で、冷静沈着なタイプ。


 旅のメンバーは5人。ガミカがそれぞれ紹介し、まずは目的地のシルコル島に船で向かうことをみんなに伝えた。


 表向きは、シルコル島の動植物の生息調査。ほんとうの目的は、シルコル島からザンゲツブルグに乗り込み、城に潜入して魔王の暗殺。


 行程は約50日間。ほとんどがシルコル島での行脚あんぎゃとなる。


 港町リリカランからシルコル島の港町スエルピに向かい、“けもの道ルート”で北の港町ビイービに向かう。傭兵たちとの契約はビイービまで。


 そこからはガミカと二人で、船でザンゲツブルグ近郊の港町ピエス“の近郊”に秘密裏に侵入。そこから城まで山や森を抜け侵入する。


 城の直前でガミカと別れる。あとはひとりで城に潜入し、魔王を殺す。


 これが、オレのミッションだ。

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