第6話 百年戦争

 「オルファはなぜリリカランに?」


 夕陽を浴びた馬上で、金髪の背中にたずねた。


 「わたしはリリカランで、ある村を調査する依頼を受けててね。その報告にもどるんだ」


 「調査?」


 「聞いたことない? 魔族に襲われ、全滅した村だよ」


 ほんとうにRPGRPGしてるな。魔族って、やっぱりいるんだ。


 「基本的に魔族は、人間を襲ったりしない」


 「?」


 「それが、村まるごと滅ぼすなんてありえない」


 「?? え? 魔族は悪いやつじゃないの?」


 つい反射的に返してしまった。


 オルファはこちらを向いて、苦笑いした。


 「あ、いや、わたしは魔族にいい思い出がなくて……!」


 急ごしらえのウソをついた。


 「まあね……。わたしも魔族にいい思い出はないよ。でも、いまの魔王はよくやっていると思う」


 5秒くらい、ゆれる馬上でオレはフリーズした。


 オルファはいま、“魔王を褒めた”のか? “よくやっている”って、“たいしたもんだ”の意味か? 悪党を?


 頭が混乱した。こんなに混乱したのは、同級生の女がオレにコクってきて、つぎの日のオレが浮かれようを、クラスみんながウォッチして楽しんでいたことが判明したとき以来だ。


 人間、混乱すると、思い出したくもないことまで思い出してしまう。


 「魔族を統一し、人間との和平を懸命に推進しているみたいなんだ。そんな矢先に、魔族が村を襲った事件が起きた。だから、ほんとうに魔族の仕業なのかの調査が必要だった」


 魔王ってのは、地上を支配するために、人間をみな殺しするものだと思っていた。なのに、“人間との和平”って、いったいどういうことなのか。


 世界情勢も知らない情けないオトナと思われてもかまわないので、オレはオルファにいろいろ聞くことにした。


 ていうか、聞きたくてしょうがないよ。


 オルファはすこしあきれ顔で、オレにいろいろ話してくれた。


 要約すると、こんな内容だ。


 魔族はその肉体的特異性と魔力を使い、むかしから人間を襲っていた。ついに、世界王国連盟により、魔族撲滅法が採択された。


 これで人間は、公的に魔族を殺すことができるようになった。世界中で“魔族狩り”が行なわれたという。


 魔族の女や子どもも関係なく、殺戮がくり返された。フタを開ければ人間のほうが残虐であり、世間は魔族に同情しはじめる。それでついに、魔族の人権を尊重しようという運動が起きて、撲滅法は廃止されることになった。それでも、魔族は住まいを限定される形で、住みにくい地域へと押しやられる。


 やがて魔族のなかに、ひとりのカリスマ指導者が生まれ、軍勢を指揮し、人間に宣戦布告をした。それでザンゲツブルグ国を攻め落とし、そこを魔族の国にしていった。


 もう、百年も前の話である。


 それから現代まで、人間と魔族との小競り合いが続いている。人間と魔族、それぞれの人口の八割は、人間・魔族をたがいに嫌っているという。しかし、相手を襲撃したりするのは、人間も魔族もいっしょで、一部の過激派によるものだ。


 「そのカリスマが、いまの魔王?」


 「そのカリスマは、数年前に人間によって殺されたんだ」


 話がどんどんややこしくなってきている。


 「いまの魔王は、そのカリスマの後釜。その後釜の魔王は、前任者の対人間の路線をとらず、和平交渉をはじめたんだ。それで、休戦協定が結ばれた。それ以来、交易も行われるようになったんだ」


 「でも、カリスマが殺されたんじゃあ、魔族側も黙っていないのでは?」


 「そうだね。でもそのカリスマも、少々やりすぎるところがあった。つまり過激派だったんだ。魔族のみんながみんな、人間と戦争をしたいと思ってはいない。人間相手の商売で生活をしている魔族がほとんどだから」


 そんな話、はじめて聞いた。魔族の生活なんて、考えたこともなかった。


 あと、疑問に思ったことがあったので、オルファにぶつけた。


 「そもそも、強大な魔力を持っているんなら、人間に勝てるんじゃないの?」


 漫画でも、一匹の魔族が国を滅ぼしたりしていた。あのとき思ったな。それを数回くり返せば、世界征服できるじゃないかと。


 「ビアンカは歴史の授業を、ちゃんと受けていないようだね」


 もう、どう思われたっていい。あきれ顔のオルファよ、はやく話してくれ。


 「結局は数には勝てないということ。先の魔族狩りがいい例さ。大勢の人間が魔族をとりかこみ、いっせいに矢を放つ。家に油をまいて放火するといったこともあったらしい。それに、魔族も大勢の人間を一度に相手にできるほどの魔法力を持つ者はほとんどいない」


 つまりは、リンチってことか。


 「オルファ、調査はどうだったの?」


 「……魔族の遺体も多数みられた。村のひとも懸命に戦ったのだろう。まちがいない。魔族による襲撃だったよ……」


 オルファは魔族をあまり好いていないようだが、どこか残念がっていた。


 「ところでビアンカ、キミはどこの村の出身だったっけ?」


 オルファは話題をかえた。


 「ファミマトっていう村」


 オレはとっさにウソをついた。無論、ファミリーマートのことである。


 「ファミマト? 聞いたことないな。どこにあるの?」


 「すんごい田舎だから、みんな知らないかも。ここからずっと東の山奥にあるんだ……」


 「そこからひとりでここまで?」


 ギクりとした。


 「じつは、ニツプ村に生き残りがいるらしい。ひとりの女性だけ、遺体がなかったんだ。その彼女の風貌をきくと、ビアンカによく似てる」


 「……」


 ニツプ村は、リリカランから一番近い村だという。


 「オルファ、魔族に襲われた村とは、ニツプ村のこと?」


 オルファは黙ってうなずいた。


 なんか、話が見えてきた。


 オレのこの体は、ニツプ村のその女性ではなかろうか。


 道沿いの木々の影が、長く伸びているのをオレは見つめていた。

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