陽菜と夏休み

 

 夏休みに入った。

 普通の部活であれば、この期間は本腰をいれて練習に励むものであるが、図書委員にはそれがない。夏休み中、図書館は閉館している。


 一方、彼氏の航平は剣道部の合宿のため今は家を開けている。彼女である私を放置して部活に励む彼を応援してやりたい気持ちでいっぱいではあるが、寂しさを感じるのもまた事実。アルバイトもお休みで、暇をもて余した私は今日も家でゴロゴロ。


 そんなとき、LINEで陽菜から連絡が入った。遊びに行こうという誘いで、場所はいつもの映画館のあるショッピングモール。待ち合わせ場所を聞くと、この近くにある最寄り駅を指定してきた。もう自転車を使う年頃では無くなったらしい、そんな陽菜の成長を感じながら、私は着替えて駅に向かった。



 駅に着くと陽菜がナンパされていた。住宅街の駅前でナンパするとは中々肝の座った男たちだと感心しつつも、陽菜に近づいて声をかける。


「おはよ、陽菜」

「あ、美咲、ちょうど良かった。すみません、じゃあ、ウチは遊びに行くんで」


 ナンパ男を払いのけて改札に向かおうとしたが、今度は私まで巻き込まれてしまう。


「お友達もちっちゃくて可愛いじゃん」

「どこ遊びに行くの? 俺ら奢るよ」


 こういうのは反応したら負けである。背後から声をかける男たちを無視して、改札を通って駅のなかに入った。



「いやー、美咲が来てくれて助かったわ」

「気をつけなきゃね、夏休みは変なのが涌くから」


 駅前に立つ陽菜を見たときに思ったのだが、今日の陽菜はやけに気合いの入った格好をしている。

 天然の茶髪はピンクのシュシュでポニーテールに纏められていて、デニム生地のホットパンツの上に着ているのは、袖の広い白色のカットソーだ。ヒールの入ったサンダルは、ホットパンツから伸びる露出した足をより長く見せている。夏の日差しを反射する陽菜の足はさぞ目に毒であろう。高校一年生とは思えないほど早熟で、やけに色気があった。


 なるほど、これだけ可愛いければナンパされて当然か。


「なんで今日はそんなに気合い入れてるの?」

「いや、試しに着てみようと思ってな、どう、可愛い?」

「うん、可愛い」


 素直に誉めてあげると陽菜ははにかんでこう言った。


「今度、陸くんとデートするときに着ていくやつやねん」


 陸くんとは山本陸斗のことである。現在、航平と共に剣道部の合宿に行っている陽菜の彼氏。陽菜みたいな可愛い恋人に渾名で呼ばれる幸福を味わうのが元女のあの男だというのはやや気になるが、まあそれは良い。陽菜も幸せそうだし。


「山本くんも喜ぶよ」

「間違いない?」

「間違いない」


 そう断言しておいた。季節は夏である。




 今日見る予定の映画のジャンルは恋愛。それもややアダルトな内容の。昨年のフランスで大ヒットしたらしい映画で前評判はかなり良い。

 恋愛映画とは陽菜らしい選択だが、いつも見ている映画よりもかなり大人びた内容である。


 映画の中盤で、成人指定ギリギリのベッドシーンが出てきた。私はなんとも思わないが、隣に座った陽菜の反応はとても面白かった。口を開けたり閉じたりを繰り返して、目線を外したかと思えばまた目を向ける。巨大なスクリーンで繰り広げられる白人の濡れ場は迫力があった。というか五月蝿い。

 私は映画よりむしろ、陽菜の反応の方を眺めていた。



 映画を見終わったあと、ショッピングモールの中にあるレストランで昼食をとることにした。


「めっちゃエロかった」

「うん、そうだね」

「やばない?」

「やばい」

「てか美咲、よう平気であんなん見れたな、恥ずかしくならんかった?」

「陽菜の反応が大袈裟なんだって」


 顔を赤らめて、映画の話をする陽菜はとても可愛かった。そのまましばらく話すと、赤い顔のまま陽菜がこんなことを言ってきた。


「美咲は航平くんとどこまで進んだん?」

「まだ何も」

「キスも?」

「うん、陽菜は?」

「キスだけなら、まあ」


 山本くんは早速陽菜に手を出しているらしい。そのことにやや苛立ちを覚えたが、陽菜が幸せそうなので良しとする。だが少しでも陽菜に酷いことをしてみろ、ボコボコにしてやる、航平をけしかけてな。心の中でそう決意した。


「陽菜はさ、なんで山本くんと付き合うことにしたの?」

「告白されたから」

「いや、そりゃそうだけど、他にも告白してくる人はいっぱいいたのに、なんで山本くんなのかなって思って」


 陽菜が山本くんを選んだ理由。ずっと気になっていたことを、聞いてみた。私の質問に対して、陽菜は少し考え込んでからこう言った。


「面白そうやったから」

「どういうこと?」

「どういうことって言われても……なんとなく?」


 あまり要領を得ない回答だった。感覚で生きるタイプの人間はやはりよく分からない。根本的な考え方が異なるのだ。

 その後、レストランを出て、せっかくなのでウィンドウショッピングをすることにした。


 このモールには洋服屋がいくつも入っているので、全部回るだけでもかなり時間がかかる。陽菜と一緒に、ああでもない、こうでもないといいながら色んなお店の夏服を冷やかす。


 そんな風にモール内を練り歩いていると、陽菜がふと立ち止まった。何かあるのかと思い、その視線の先を見ると、そこはランジェリーショップだった。そのお店から漂うアロマの香りがやや淫らに思えるのは、店頭に並べられている色とりどりの下着のせいだろう。

 アロマの香りに引かれるように、陽菜はそのお店に入っていった。仕方がないので私もついていく。


「なあなあ美咲」

「なに?」

「一緒に、なんか買わへん?」

「一緒に買う意味とは」

「ウチだけ買うの恥ずかしいやん」


 ランジェリーに囲まれた店内で、陽菜と小声で話す。私たちのような女子高生がこそこそしているのが微笑ましいのか、店員がにこやかに話しかけてきた。


「なにかお探しですか?」

「ええと、何かないかなあと思いまして……」

「とりあえずフィッティングお願いします」

「積極的やな美咲!」

「さっさと済まそう、恥ずかしい」


 店員と目を会わせるのもなんだか変な感じに思い、俯きながらフィッティングをお願いした。陽菜と共に店の奥にある個室に入れられて、服の上からバストのサイズを測られる。中学の頃よりは大きくなったが、やはり陽菜と比べると見劣りしてしまう。「綺麗なお胸ですね」などと誉められたが、大きさ以外で誉める所がそこしかないのだろう。ああ、恥ずかしい。


 サイズを計られたあとは、好きな色や柄を聞かれて、それにあわせて店員がいくつか候補を持ってきてくれた。ところで、パッド入りのブラを進めてくる理由はなんなのだろうか、真意を問いただしてみたくなったが、結局傷つくのは自分になりそうなのでやめた。


 適当にそれらのブラを試着していき、一番良かったものを選んだ。ちなみに、店員が進めてきたパッド入りの物だ。それをつけて鏡で見てみると、中々よく見えたし、着心地も良く、柄も好みだった。


 さあこれにしようかと思って脱ぎ始めると、となりの試着室から「ひゃぁ」と小さな悲鳴が聞こえた。その後、店員のすみませんという声も聞こえた。


 何かあったのだろうかと思ったが、そのままレジに向かって会計を済ませた。程なくして試着室から出てきた陽菜も、顔を赤らめながら会計を済ませた。


 小さな紙袋を持って二人で店を出たあと、何かあったのかと陽菜に訪ねる。


「ブラの試着してる最中に、手入れられて、持ち上げられてん」


 何を、とは言わない。そうしたほうがよりしっかりと固定されて着やすくなるから、店員もそうしただけだろう。


 ふと、自分の胸を見た。そういえば、私はそんなことされなかったな。いや考えるのはよそう、へこむだけだ。






「にしても、寂しいわー」

「合宿だから仕方ないでしょ」

「陸くん、はよ帰ってこうへんかなぁ……」


 帰りの電車の中で、彼氏がいなくて寂しいと愚痴る陽菜。そんな彼女からは、昔よりも女性らしさを感じる。なるほど、こういうものなのだろうと納得した。


「美咲も寂しいやろ?」

「どうせすぐに帰ってくるし」

「長年連れ添ってるから余裕あるなぁ」


 航平が帰ってくるのは三日後。その日の夕食は私が作ってあげると約束していたのだった。ちなみに、航平の両親は共に出張中であり、その日は私と航平の二人きりになる。


「……そろそろ、かな」

「なにが?」

「なんでも」


 私も、そろそろ決意を固めるべきなのだ。



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