第35話
「いやいや、わざわざこちらまでいらっしゃっていただけるとは。フォルツァ様に、シンシア様。初めまして、保安部長を務めさせていただいております、カサルと申します」
…さすがは一流の訓練を受けている保安部の長…立ち上がる動作から腰を曲げる動作まで、ものすごく俊敏だ…
「堅苦しい挨拶はまた今度にしましょう。本日はご多忙中に、本当に申し訳ない。しかしどうしても、あなたにお伺いしたいことがございまして」
「…ほぅ、私に、でございますか?」
カサルさんは穏やかな笑みこそ浮かべてはいるものの、フォルツァと激しく視線をバチバチと鳴らしている。
「他でもない、マリアチ皇室長の事に関してです」
やはりそうですか、と言わんばかりの表情で、両腕を後ろに組むカサルさん。
「…話に聞くところによると、近く皇室会議が開かれるそうですね。主催は皇室長とお伺いしております」
…やっぱり、会議の事をカサルさんは知っていた。開かれるという知らせが私たちのところに届いてまだ間もないというのに、彼がそれを知っているという事は、その情報を事前に知っていたんだろうか…?
「…単刀直入に申し上げます。私は皇室長のお考えを知りたい。あなたならご存じのはず」
静かに、かつ強い口調でカサルさんに言葉を投げるフォルツァ。
「お考え、ですか…」
カサルさんは両目を閉じ、一息ついてからフォルツァに返事をする。
「そうですね…私の口から申し上げることができるのは、マリアチ様は真にこの帝國の将来をお考えになられておられる、ということでしょうか」
その言葉に、フォルツァが噛みつく。
「…私とシンシアの関係を裂くことが、本当に帝國の将来のためであると?…あなたもそれと同じお考えなのですか?」
フォルツァのその言葉は冷静であったけれど、その裏には熱い感情が含まれているのを、私は感じた。
…私も勇気を振り絞り、フォルツァの言葉に続く。
「あ、あの!カサルさん!…私、まだまだダメ人間で、できない事ばっかりで…みんなに助けられてばっかりですけど…ですけど…本当に私は!」
「ックスクス」
その私の言葉の途中で、カサルさんは不意に笑い始める。カサルさんのその態度に、フォルツァはやや怒りを込めた口調で言葉を投げる。
「…彼女の言葉のどこが、おかしいんですか?カサルさん…」
「い、いえ、お気を悪くされたのでしたら、本当に申し訳ございません…ただ私は…」
…その態度を見るに、ただ私を笑ったわけではないようだった。私とフォルツァは、カサルさんの続きの言葉に注目する。
「ただ私は、昔を思い出していたのです」
「昔?」
フォルツァの言葉に少し笑みを浮かべてうなずき、返事をするカサルさん。
「…連邦が侵攻してきたあの時も、お二人は熱く議論をされておりました」
前にレブルさんに教えてもらった、二人の仲を悪くした決定的な出来事だ。
「…マリアチ様は、ご自身の人生の非常に長い時間を帝國に仕えてこられました。…この帝國の事を、それこそ国王陛下よりも深く理解されているのではないかと、私は思っております」
カサルさんの言葉に、聞き入る私たち。
「…しかしご存じの通りあの時は、フォルツァ様の作戦が功を奏し、帝國は危機を脱することができました。もしもマリアチ様の作戦を帝國が選んでいたなら、今頃取り返しのつかない痛手を帝國は負っていたことでしょう。…私は今でも、あの時の事を心より感謝しております」
深く頭を下げ、フォルツァに敬意を示すカサルさん。しかし一方のフォルツァは、やはりすっきりしない様子だった。
「…結局、皇室長が私を恨む理由はそれか…」
…誰よりも帝国の事を理解しているという自信があったからこそ、自身の作戦が破滅的な結果をもたらしかけたことに、耐えられなくなったのだろうか…そしてその感情を、フォルツァにぶつけている…のだろうか?
「しかし、これだけは信じて頂きたい」
俯く私たちに、カサルさんが力強い口調で声をかける。
「マリアチ様は、誰よりも深く帝国を愛し、誰よりも帝国の未来を考えておられます。そのことだけは」
…私たちの間に交わされた会話は、それが最後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます