天使の呪い

旦開野

#1

「どうしてこんなことになっちゃったんだよ! 」

 人気のない森の中、僕は今、黒猫に追われている。正確にいえば黒猫ではない。黒猫の形を模した呪いである。僕はある女性を呪うために森の奥までやってきた。人に見られてしまっては儀式は失敗してしまうからだ。

 人を呪わば穴2つ、という言葉がある。呪いの失敗とは何か。呪いが相手ではなく、自分に返ってきてしまうことだ。つまりこうして呪いに追いかけられている僕は儀式をしくじったというわけになるのだが、原因はわからない。今はそんなことを考えている場合ではない。とにかくあの猫から逃げなくては、僕の身に何が起こるかわかったものではない。

 黒猫の目は僕を捉えて離さない。呪いというだけあって、睨まれているだけで悪寒が走る。こんなものを他人に送りつけようとしていたなんて、僕は今更になってすごく後悔した。

 そろそろ足が限界だ……なんて思っていたら案の定、気の根っこにつまづいて、その場に転んでしまった。頭を上げると、すぐ目の前に獲物を狙う獣がいた。もうだめだと目を瞑る。黒猫が近づいている気配を感じたが、そのもふもふは僕の体に触れることはなかった。恐る恐るギュッとつぶっていた目を開けると、いつの間にか、目の前には僕と同年代くらいの、マントを羽織った女の子が両手を広げて立っていた。黒猫の姿は見えない。

「……大丈夫? 」

 彼女は消え入るような声でそう言うと、僕の方に顔を向けた。首元に新しい傷があり、微量ではあったが出血していた。よく見ると彼女の顔、首元、そしてマントの袖からわずかに見える両手は傷だらけであった。

「まさか……呪いを体で受け止めたの? 」

 僕は腰を抜かしたまま、彼女に聞く。

「そう」

彼女は一言だけ答えた。

「そうって……君は大丈夫なの?」

「私の体、呪いを無効にする力があるの。私はかすり傷くらいで済んだけど、あなたが喰らってたら死んでたところよ」

 彼女は表情も変えずに淡々と答えた。

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