第26話 秘すれば花

 こまっている。

 助けてやりたいが、おれも同じ状態だ。


「えーと……」


 言葉につまるランちゃん。何か声をかけてやりたいが、おれも同じ状態。

 二人っきりで話をしていたところに、突然知らない人が割り込んできただけでもおどろきなのに、


「彼とつき合いなさい」


 なんて言われてしまう。

 いろいろ渋滞している。

 深森ふかもりさん……せめて、自分が誰かぐらいは先に説明しとくべきじゃないか?


「は……はじめまして」

「はじめまして」


 かるく頭をさげあった二人。


「私、文芸部一年の横溝よこみぞと申しますけど……」

「そういう情報はいいの」と、冷たい。「むしろ不要。本質ではない。大事なのは、さっき言ったことだから」 

 びしっ、とはなれたところにいるおれを指さす。

「あそこのアレとつき合って」

 もっと言い方あるだろ……。まったく、コミュりょくがあるのかないのか、彼女の場合はよくわからないな。

 ともかく、


(これはやばい)


 と直感した。

 ああいうふうに言われたら、カリギュラ効果が逆に作用してしまうんじゃないか。

 つまり――この場合、


 つき合いなさい(強制)→効果が発動(反発)→つき合いたくありません(!)


 最悪だ……。

 とりあえず、彼女たちに近づくために足をふみだすと、


「あ。あー、すみません、急な用事が……」


 わかりやすいウソで、ランちゃんはさっさと逃げてしまった。

 それが正解だよ。

 もし彼女の立場だったら、おれもそうしただろう。


「逃げるのね」


 去りゆく一年生に、身も凍るような一言。

 一瞬、背中がびくっとなったが、聞こえなかったフリ(たぶん)でそのまま退散。

 渡り廊下には、おれと深森さんが残された。


「どういうことだよ」

「それは私のセリフ」


 腕を組む。

 ランちゃんもそうだが、彼女は彼女でこれも絵になる。

 ベリショの黒髪にサングラス。

 海外のモデルのようだ。


「頭に焼きついてはなれないのよ……カミナリが鳴ってあなたに抱きついていたり、そうかと思えば帰り道で犬に出くわしてあなたにブザマなところを見せてる自分自身の姿が。理解不能なの」

「それは……一つ前の高三の四月に、実際にあったことだから」

「ループでしょ? 非現実的で頭がいたくなる話ね。でも、それが事実だとして、どうして私にそのときの〈映像〉が見えるのかしら」

 さあ、としかおれにも返事できないよ。

 そんなの、おれをこんなことに巻き込んだ張本人に言ってくれ。

「ループした世界は共有しないけど、記憶の一部だけをあなたと共有――? それとも、私の記憶の大部分が失われているとか……」

 深森さんは考えている。 

 と、


 ソアちゃんがきたぞ!

 はやく部室にもどってこいよ


 黒磯くろいそからのメッセージがスマホに。

 うーん……。

 頭の中がランちゃんを追いかけるモードになっていることもあって、ちょっと気まずいな。

 ケンカってほどじゃないが、ソアとは距離がいているタイミングだし。


「ねえ、白川君」


 名前を呼ばれて顔を見たとき、イヤな気配を感じた。

 また、とんでもないことを言われそうな、そんな未来予知。

 ランちゃんを追いかけていって、むりやり強引に――とか言わないだろうな?


「一番重要なところはね、その少し手前にあるの」

「?」

「ここが正念場って思う前に、じつはすでに正念場はあるってこと」

「?」

「私の予感が確かなら、あの横溝っていう女の子は……でも、これ以上は言えない。なぜなら、これはあなたの人生だから。私はあなたとちがって、高校三年生がループしないから」

「?」おれはツバを飲みこむ。いつのまにか、ひたいに汗をかいていた。

 いったい、何を言おうとしているんだ?

「唯一の希望の幼なじみにもフられたっていうのなら――もう、未来の私に賭けてみるしかない」

 彼女の体が動いた。

 ぐっ、とおれと距離をつめて。

 すっ、とかかとをあげて背伸び。

 おれの口に。

 口が。


 や


 やわらかい……な


 ベリーショートでもシャンプーはちゃんと香るんだ……

 余裕があるからというより、余裕がなくてそんなことしか考えられない


 キスだ。


 おれが? 深森さんと?

 いろいろ混乱しているうちに、口からふっと感触がとおのいた。


「動揺しないで」

「え?」

 む、無理だろ。心臓はドッキドキだよ。

「これはメッセージ――っていうか最終手段。白川君のループを終わらせるための、ね」

「ちょっと待って」

「待たない。勘違いはやめて。べつに、あなたに好意があってしたわけじゃないから」

 好意がない?

 なのにキス?

 冗談だろ。

「私に告白してもダメ。絶対にしないで。その理由は……」

 めちゃめちゃ気になったが、最後まで言ってくれない。


「また明日よ」


 あれ?

 見まちがえ――たか?

 目の輪郭すらわからないほど濃い黒のレンズ。

 目が片方だけ、とじた。一秒ぐらい。

 ひょっとして、あれってウィンクだったんじゃないのか。


 ◆


 むずかしい。

 放課後の出来事もなかなかカオスだったが、それより、


(仲直りするか)


 ソアと話をつけないと。

 でもなぁ……どう切り出したもんか。

 それに、そもそもあいつは今回のコレを〈ケンカ〉だって思ってないかも、だしな。

 同い年の異性、片岡かたおか想愛そあ

 同じ建物に住んでいて、しかも賃貸とかじゃない。お互い、たぶん引っ越すこともないだろうから、これから顔を合わせる機会はある。高校を卒業したって、きっとたまには会うことになるはずだ。つまり、ソアとの関係を修復するチャンスはまだまだたくさんある。

 じゃあいいか。

 告白したけど断られてるしな。ソアにとっては、おれはその程度の男ってことだ。

 メールの着信。

 なんだ? 黒磯からか。


 文芸部のグループに入れよ

 シラケンは部外者だが、部長権限さ


 キラーン、と目を光らせたキャラの絵文字で文は終わっている。

 グループね。ま、お言葉に甘えて、のぞいてみるか。

 入るやいなや、だましましたね、とランちゃんから。


 白川さん!

 部長と恋仲じゃ、ないじゃないですか!


 あ。

 そうか、黒磯にはとくに口止めしてなかったからな。

 待てよ。ということは


(ソアがおれのカノジョじゃないってことも、もうバラしてる?)


 その確認がしたい。

 しかしこれはグループのやりとり。

 全員に、内容が知られてしまう。もちろん、ここにはソア本人もいる。

 そう思っていたら、


 恋仲なのはぁ~

 わ・た・し だゾ!


 ソアのメッセージが入る。

 あいつ……まったくヘコんだ様子のない、この明るさ。

 気にすることなかったな。

 ふいに、


 今度のにちようび

 みんなで映画をみにいきませんか~


 と、これはランちゃんの姉のリンちゃん。文章が、ふだんののんびりボイスで脳内再生された。

 いいね、と黒磯はのっかる。おれも、とくに反対する理由はない。いやむしろ行きたい。もっと親密になるチャンスなんだからな。

 しかし文芸部の残る一人が、


 ごめん


 謝罪の記者会見みたいなイラストつきで、送ってきた。


 将棋部で大会があるんだよね

 ほんと、ごめん


 じゃタイミングをズラそうぜ、とすかさず部長。いーいー、と遠慮するソア。でもよ、と黒磯。しばらくこの応酬があって、結局


 感想をおしえてね


 ソア抜きで行くことになった。

 なーんか、フにおちないよな……。べつに、あいつが来なくてガッカリっていうんじゃないけど。

 寝る前。

 横になったら、急に思いついた。


(調べられるじゃん)


 多くはないだろう。

 高校の将棋部の大会なんて。

 時間と場所がわかれば、もしかしたらどこかで合流できるかもしれない。

 そう思った。

 思ったんだ。


(ソアのやつ……)


 いくら調べても、その日に将棋大会をやっているところは、どこにもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る