第24話 災い転じて福となす

 五月に入った。

 そして連休も終わって、いつもの登校日。

 地道な努力なくして成功はない。


「おはよう」

「おはようございます、白川さん」


 おれとランちゃんとで斜めに交わる視線。

 あごをグーッとあげて、おれは彼女の顔を見上げなければいけない。かなりの急角度。

 彼女との絶対的な身長差。

 この子がこっちを見上げてくるところを見たいと思ったら、185以上の長身じゃないと無理だな……。


「えっと、片岡かたおか先輩は」と、きょろきょろしてまわりをうかがう。「いっしょじゃない……んですね?」

「そうだよ」と、しれっとこたえるおれ。


 ソアにたのみこんだからな。

 じつはおれのカノジョじゃない――ってランちゃんにバラすのを、ちょっと待ってくれって。

 食堂のテラス席に乱入してきた日の夜。

 メールじゃなく、おそらく生まれてはじめて、ソアの番号に電話をかけた。


「あー、しばらくの間……だな……」意外と緊張してしまった。ほとんど毎日顔をあわせている幼なじみなのに。「その……なんというか」

「何。お風呂はいらなきゃだから早くしてよ」

「ランちゃんの前では、おれたちは恋人同士ってことにしてくれないか?」

 えー、という細い声がスマホごしに聞こえた。

「なんで?」

「おれは――」思い切って言った。「告白するつもりなんだ!」

 無言になった。

 通話が切れたのかと思ったほど、が長い。

 待ちかねておれは言う。「もしもし? 聞いてるか」

「告白っていうのは……誰によ」

 ん?

 ソアにしては、ひどくカンがわるいな。

 おれが今やっていることと、話の流れからして、


「そんなのランちゃんに決まってるだろ。横溝よこみぞらんだよ」


 通信状態がおかしいのか?

 なかなか応答がない――と思っていたら、画面に通話終了の文字。

 終わりぎわ、


 そっか わたしを利用するんだ


 って言ってたように、おれには聞こえた。消え入りそうな小さな声で、なんかあいつらしくなかったな。

 心にひっかかった。

 そんなことがあったから、来なかったのかもしれない。

 一回目も二回目も三回目も同じだった、休日におれの家に来るという出来事イベントが、今回だけ発生しなかった。

 もしかして、


(怒ってるのかもな)


 そう考えたらいつも以上に意識してしまって、四月中はあいつに声をかけることができなかったんだ。


「片岡先輩のことを考えていますね」


 となりを歩くランちゃんが言う。

 学校までの通学路。前も後ろも同じ学校の生徒がたくさん。


「ああ」


 図星だった。

 おれは、たしかに目の前のランちゃんを見ながらも、ぼんやりとソアのことを考えていたんだ。

 

「仲が、いいんですね」


 恋愛アドバイザーの美女木びじょぎが急に頭の中に出た。

 ほら、ここだぞっ! 幼なじみちゃんに悪者になってもらえ! 悪魔のコスプレをしたあいつがパチーンと指を鳴らす。

 絶好の機会じゃないか。

「じつはめっちゃ束縛するヤツでさぁ」とか「ひんぱんに連絡しろとかうるさいんだよ~」とか、言え。

 同情してもらえるし、二人で秘密を共有みたいな感じになるし、カノジョ持ちの好きになっちゃいけない人を、逆に好きになってしまうっていうカリギュラ効果とやらも発動するし……いいことづくめじゃないか。

「そ……」

 おれの言葉の続きを待つ背の高い一年女子が、斜め上で首をかしげる。

「そう……」 

 おれたちの前を歩く、小柄な女子。

 全然似ていないのに、なぜかソアに見えた。


「そうなんだよ。けっこう、うまくいってるんだ」


 おい。

 そこは肯定しないほうが、戦略的には良かったんじゃないか?

 この子への告白がもし失敗したら、また高校三年生をイチからやり直しなんだぞ?

 いいですね、と相槌を打つランちゃん。

 ガッカリ、みたいな表情は一ミリもない。

 やはり、てごわい。

 今回は遠峰とおみねさんのときよりももっと、苦戦することになるだろう。


 ◆


 まったく声をかけられなかった。

 なんでこんなときにかぎってスキがないんだよ。

 休み時間は友だちの席にダーッて移動して、放課後はダーッと教室を出ていった。

 もしかしておれ、ソアに避けられてるのか?

 一抹の望みにかけて文芸部をのぞいてみたが、


「いない」


 思わず声に出してしまった。

 奥の席にいる親友の黒磯くろいそが笑う。


「そんな残念がるなよ」


 部室――長机を〈コ〉の字に組んだ小会議室には、おれとこいつだけだ。


「ランちゃんは?」

「おいシラケン、お目当てはそっちじゃないだろ、って」

「だーかーらー、おれはソアにはとっくにフられてるんだよ」

「もっかいもっかい」と、無邪気なアンコール。ばか。そんなかるい気持ちで、できるもんじゃないぞ……。「もう一回だけ、ソアちゃんにアタックしてみろよ」 

「はあ」わざと聞こえるように、デカいため息をつく。「帰るわ……ランちゃんに、よろしくな」

「まじか。せっかく、そ、その」こほん、と白々しい咳。「二人きり、なのに」

「なにができるんだよ」

「え?」

「男のおれと」黒磯が座っている場所に近づいた。「男のおまえで、なにができるんだ」

「そりゃいろいろ……」何を想像したのか、いきなり顔が赤くなりやがった。「お、おしゃべりとかな。そうだ!」

 がばっ、と立つ黒磯。

 ランちゃんほどじゃないが、こいつも背が高い。そのうえイケメン。

「いっしょにチェックしよーぜ」

「何を」


 作品さ


 スチールの棚からノートパソコンを手にとった。

 それを机の上におく。


「これ、ランちゃん専用のPCなんだけどな」手ぎわよく起動する。「書きかけの小説があるっていってた。でも、なんかガードがかたくて見せてくれねーんだ」

「勝手に見ていいのか?」

「もちろん、シラケンも共犯者さっ」

 うっ。

 なんてスマートなウィンクをしやがるんだ。

「えーと、どこだどこだ……」

 待てよ。

 これも一種のチャンスなんじゃないか?

 よくわからないが、小説ってけっこう書く人の〈〉が出るものだろ?

 なら、よりランちゃんのコアな部分を知ることができるかも……

「あったぞ」うれしそうに言う黒磯。

 かちかち、とダブルクリックのあと、


(うお)


 画面にびっしりの文字。

 あんまり改行していない横書き。圧倒される、っていうか、読みづらい。

「タイトルは『禁断の二人』? ありきたりというか古臭いというか。あんまりランちゃんのイメージじゃないな」そう思わないか? という目をおれに向ける。たしかにな。サスペンスとかミステリーみたいだ。

「えーと、主人公は小説家志望の高校三年生。ある日、同級生の男子を部室にさそいこんで……」

 黒磯の読み上げを聞きながら、猛烈にいやな予感。

「そのままむりやり」

「待て。待てって。やっぱりこういうのは、本人の許可なしに読んじゃだめだ」

「そ、そういうなよ。もうちょっとだけ」おれがマウスを取り上げようとしたら、スッとかわされた。「この描写。もしかしてこの作品の二人のモデルって――」

 バランスが崩れる。

 マウスをつかめなかった手が伸び切って、おれは前のめりに倒れた。

「あぶねえ!」

 下に体をすべりこませるようにして助けようとする黒磯。

 がしゃーん、と机も椅子もいっしょに転倒。

 がらり、と戸のひらく音。


「失礼します。すみません。遅くなりました」言いながらこっちに接近してくる。だめだ。今はまずいって!「バスケ部とバレー部がずっと私を勧誘してくるんです。やっと逃げてこれ……」


 この体勢。

 まさしく禁断の二人。

 床に寝るおれを組み伏せている(ように見える)親友。


「……」


 ほんの一秒前のアクシデントでたまたまこうなったんだ、といって信じてくれるだろうか?

 それよりも――この事故って〈使え〉ないか?

 ひらめき。

 それは、かなりヤバい思いつき。正気じゃないといっていい。

 だが、


(男子のあつかいにけた恋愛上級者のこの子には、たぶんこれぐらいやらなきゃいけない)


 そう判断した。すべては告白のために、だ。


「あ……見られちゃったか」


 黒磯が弁解するより早く、おれは床に寝たままでこう言った。


「このこと、絶対に誰にも言わないでほしい」

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