第18話 大は小を兼ねる
デカすぎるだろ、というのが第一印象だった。
学校のなかで一番はじめに目にふれる場所――それが校門だ。その幅が広い。30メートルぐらいある。入ってすぐ、左右に桜の並木があって、正面奥に校舎があるという配置。
門というか、フェンスみたいなものはない。何年も前に廃止されたそうだ。
門の柱だけがある。
その柱から、突然、
「どうして知ってたのか、教えてくれる?」
おまえには教える義務があるぞ、と言わんばかりの迫力。
下校どきで、あたりには生徒がけっこう多い。動線をさけてすみっこには寄っているが、ちらっちらっ、と見られているのを感じる。深森さんがつけている黒メガネのせいだろう。目立つからな。
「あー……」
「はやく」
ずい、と彼女が一歩近づいた。
とぼけてもしょうがないか。
おれは、今おれがおかれている状況を説明した。
「ちょっと待って」
眉間に、細い人差し指をあてている。
「えーと、じゃあ……あなたの一つ前の〈高校三年生〉のときに、私がカミナリや犬が苦手っていう弱みを見せたっていうのね?」
「そうだよ」
「で、そこで告白に失敗して、また〈高校三年生〉をやりなおすことになった――こういう認識で合ってる?」
「合ってる。それで、今が四回目なんだ。告白がうまくいかないと、ずっとこんな感じで高校生活がループするんだよ」
「あ。はーい、わかりました~」す、す、と彼女の立ち位置がはなれてゆく。「ソレハ、タイヘンデスネ~」おれには、こんなふうにカタカナで聞こえたぞ。おい。完全にヤバいヤツを前にしたような対応じゃないか。
「深森さん!」
誤解だ。
おれは彼女の背中に呼びかける。
立ち止まった。
肩ごしにこっちをふりかえると、
……かわいそうに
唇が、そう動いた。
バキーン、と心が折れた気がした。
なにくそ。折れれば折れるほど、強くなることだってあるんだ。
走った。
走って、追いついた。
「ちょっ、はなしてよ」
手首をつかんだ。
我ながら、強引なことをする。
「深森さん。わかってくれ。おれは、うそは言ってない」
「は? さっきの話のこと?」
「そうだ。あれは全部事実なんだ」
「妄想でしょ?」おれにつかまれていないほうの手で、メガネのずれを直す。「妄想をリアルだと思ってる……こんなこと言いたくないけど、かなり重症だよ?」
「でも、深森さんが言ったことじゃないか。『カミナリと犬が苦手なことを知ってるのは学校にいない』って。本当に妄想だったら、そこを説明できないはずだ」
「学校にはいないけど、ゼロってわけじゃないから」
くっ。
そう言われると、言い返せない。
おれは、彼女から手をはなした。
にらまれてる。レンズにさえぎられてて見えないけど、確実に。
終わったな。
かなり嫌われてるよ。
おれがふれていた手首のあたりをさすりながら、
「――しなかったの?」
ぼそっと口にする深森さん。
しなかった? 何を?
「え?」とおれは聞き返した。
「一つ前のとき、どうして私に告白しなかったの?」
どことなく、さみしそうに言う。おれの願望でそう聞こえているだけかもしれない。
立ち去る彼女。
頭のうしろでゆれる二本の〈おさげ〉が、一瞬、フッと消えてショートの髪型になった。
◆
「めずらしいなー、シラケン」
さわやかな笑顔でむかえてくれた。
「入って……大丈夫か?」
ここは文芸部の部室。長机を〈コ〉の字に組んだ小会議室だ。
いーよいーよ、と手招き。急に押しかけたのに迷惑そうな顔一つしない、ほんとに
始業式の日から三日たった日の放課後。
おれは美女木に会いにいったが、つかまらなかった。
で、行くアテを失って、なんとなくここに足が向いた。
べつに、
「ソアに会いに来たんじゃないんだけどな」
と、おれは念を押す。あいつも文芸部員で、将棋部とかけもちしている。
「わかってるよ」と黒磯。「残念だけど、ソアちゃんは今日は休みさ」
「わかってないじゃないか」
はは、と白い歯を見せて笑う。とりあえず、こいつの隣のパイプ椅子に座った。
ノートパソコンのキーボードをうちながら、
「リンちゃん。更新できてる?」
と唐突に言った。
「あう~まだです~ぶちょお~」
入り口の近くに座る女子の声。小柄で小動物っぽい感じの子だ。おそらく下級生だな。一年はまだ入学式をやったばかりだろうから、二年生か。
「最低三日に一度は一話更新。これ、文芸部の鉄則だよ」
「あう~筆がおそくて~」遅いのは筆だけじゃなさそうだな、と、彼女のロングトーンの声をぼんやりと聞いた。「なんとか今日中には~」
会話が区切られたところで、おれは質問した。
「文芸部って、このほかにはソアだけか?」
「ああ」
「すくなくないか? 存続できるのか?」
そこだよ、と言って黒磯はENTERキーをターン! と押した。
「はっきり言ってむずかしい。でも、一人だけ入るアテがある」
「へえ」
「それよりシラケン、なんか小説のアイデアはないか?」
うってつけのがあるよ、とおれはストーリー仕立てで今のおれ自身の境遇を語った。
ふうん、と黒磯はあまり興味を示さない。しかも
「カンタンそうだけどな」
とか言いやがる。
どういうことだよ! って、つい声が大きくなってしまった。
「たしかにおまえぐらいイケメンだったら、楽勝かもしれないけど」
「や。そうじゃねーよ」たとえばさ、と後輩女子のほうに体を向ける。「リンちゃんみたいな子にありのまんまを説明してさ、つき合わなくていいからオッケーだけしてくれ、って口裏を合わせるだろ。そのうえで『おれとつき合ってくれ』」
ぼふん、と女子の顔からケムリがあがった……ように見えた。
それほど、あっというまに顔が真っ
あーそういうわけか。この子は、黒磯のことが気になってるんだな。
「って言ってオッケーをもらう。これでクリアじゃん。卒業できるだろ?」
「そんなにうまくいくかよ」
現実問題、妄想癖アリアリのヤバ
待てよ……
「おれと、つき合ってください」
リンちゃんと呼ばれる子に近寄って、おれは手をさしだした。
え? こんなあっさりなことでいいのか?
もし彼女が「うん」と一言、この場かぎりの冗談でもそう言ってくれたら……
「あう~……い、いやですぅ~」
ことわるのかよ!
ははは、と遠慮もなく大笑いしている親友。
くそ――だが、すこしヒントが見えた気がしたぞ。
下級生
美女木も「最上級生の立場をいかして、下の子を狙うのもおすすめだ。あこがれみたいな感情があるからな。実際、男が年上で女が年下っていう組み合わせは圧倒的に多いんだぞ」そう言っていた。
その路線を狙ってみるのもいい。
ともかく、
「丁重にノーを申し上げます~」
このリンちゃんだけは、絶対に無理みたいだけどな……。
こんこん、とノックされた。
「あっ、きっと妹です~。一年に、わたしの妹が入ったんですよ~。それで文芸部にも入るって約束をしたので~」
さっき言ってた新入部員のアテってやつか。
妹だって?
ということは、彼女と同じように小柄で小動物っぽくて、しゃべりかたもおっとりしてて、おとなしい雰囲気の子なんだろうな。
なかなか入ってこない。
ちょうど近くにいたおれが、引き戸をひいて迎え入れる。
「はじめまして」
よくとおる、ハキハキとした発声。
「一年の
「あ、そう……」
「あなたが部長ですか」
「いや、おれはちがう。あそこにいる、あいつ」と、黒磯を指さす。黒磯も、さすがに度肝を抜かれているようだ。キーボードを打つ手がぴたっと止まっている。
「どうも」
おれと目を合わせて微笑を浮かべた彼女の
「えっと……新入部員かな? キミ、けっこう背が高いね」と文芸部の部長が言う。
「はい。179センチです」
うそだ。
おれにはすぐわかった。
それ、きっと169センチのヤツが170ってサバを読むのと同じヤツだ。その逆バージョンだ。
たぶん180以上。
デカすぎるだろ、というのが第一印象だった。
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