第143話
──自家用ジェットから降りた私は、フランが用意してくれたホテルに泊まることになった。
今はその高級ホテルの一室で、機内にいた四人と共に机を囲んでいる。神妙な面持ちの四人の沈黙は、当事者である私よりも重々しかった。
「……ナツさん、未来を変えましたか」
“記憶を失う”というキーワードで連想するのは一つしかない。そのペナルティのことを知っているのは私とフランだけだ。
「……はい」
小さく頷けば、フランは「やはり……」と項垂れた。私はフランに詰め寄るようにグッと身を乗り出した。
「でもっ、そのペナルティを受けるのは私では!?イェナ様がどうして……」
犠牲になるのは“未来を変えた者の過去”であるはずだ。それを信じていたから私は未来を変えたというのに。
自分自身が全て忘れてしまうことよりも、彼に忘れられたことの方がダメージは大きい。そう考えれば、“ペナルティ”という意味では確かに私にとって戒めとなるだろう。
「これは推測でしかありませんが……あなたのその指輪……。それにはあなたに害となるもの──“悪意”から守る、イェナの結界術が込められています。ペナルティはいわば一種の“呪い”のようなもの。ナツさんの記憶が奪われようとした時、イェナの結界が働いたと考えるのが妥当でしょう。ナツさんの害となる“呪い”を結界が弾き飛ばした。けれど呪いの力は強すぎて消滅させることまではできなかった。ですから行き場を失った“呪い”は結界の術者──つまりイェナに跳ね返ってしまったのではないでしょうか」
私は左手の薬指にはめられた指輪を見つめる。あの人は、また私を守ってくれたのか。
「じゃあ、私のせい……」
右手で指輪を撫でた私に、フランの言葉が理解できていない三名が説明を求める。私は異世界から来たことと未来を知っていること、そしてペナルティのことについて全てを打ち明けた。隣に座っていたアインが私の背中を撫でてくれる。
黙って最後まで聞いていたアロが私の話が途切れた後、数秒おいて問いかけた。
「……キミは、自分の記憶を犠牲にしてまで何を変えたかったんだい?」
「……」
それについてはフランにも話していない。誰にも言うことのなかった真実を、ナツはしばらく考えた後話し出した。
「イェナ様は、本来……あの大会の決勝でノエン様に負けて──死んでしまうかもしれなかった。私はあの人に生きて欲しかった。隣にいて欲しかったんです……っ」
噛み締めた唇からは今にも血が出てしまいそうだ。フレヴァーが悲しそうに目を伏せ、アロは真剣な表情のまま数度瞬きをした。
「……本当に、アンタたちって馬鹿みたいに思い合ってるのね」
アインがギュッと抱きしめてくれる。フランが「そういうことだったんですか……」と何度も頷いていた。
「……たとえ許されないことだとしても、記憶ではなく私の命を犠牲にしたとしても、私はイェナ様に生きていてほしかった」
そこまで言い終わると、しんと再びその場に沈黙が落ちる。アロは微笑んで、私の頭を撫でると雰囲気を変え明るい声を発した。
「イェナは幸せ者だねえ」
そう言うと人差し指をピンと立て、この場にいる全員を見渡した。
「とりあえず、イェナの記憶についてはあまり他言しないように。特にあの女──ミルになんて知られたら、またなっちゃんが危険な目に遭うかもしれないからね」
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