第124話


 傷口を塞ぐように手を翳して治癒の力を使うけれど、出血量が多すぎて私の力が追いつかない。

「治癒能力が、間に合わない……っ」

 傷がこれだけ深ければ、きっと内臓の損傷も激しいだろう。私の能力でそこまで治せるのかも分からなかった。とにかく今までにないほどの力を込めるが、マルの顔色は良くならない。


「……も、いーよ。どうせ助からねえ」

 ハッと笑って、止まることのない私の涙を親指で拭った。

「いつもみたいなアホ面で笑ってろよ。お前が泣いたらイェナが面倒だろーが」


 ──また、それですか。

 そんな言葉すら、嗚咽でつっかえて出てこない。


 マルがぽん、と私の頭の上に手を置いた。血だらけの手なのに、全然嫌じゃなくて。次から次へと涙が溢れ、視界がぼやけて何も見えない。


「ナツ、さんきゅーな」

 小さな声でそう言った後、マルの手は力無く地面に落ちた。そしてスローモーションのように、ゆっくりと瞼が閉じていく。


「だめ……っ」

 何度呼びかけても返事はない。呆れたように笑ってくれない。




 冷たくなった身体に、分かっていても私は治癒をやめなかった。ポロポロと涙を流しながら、力を使い続けた。


「──ナツ、もうやめよう」

 そんな私の姿を見兼ねて、リングに上がってきたイェナが治癒を続ける手を取って制止する。

「でも……っ」

「それ以上はナツも危ないよ」

 私が黙って首を横に振ると、イェナは一瞬言葉を詰まらせた。一度口を開くが躊躇い、言葉を発さず閉じる。そしてしばらくした後、意を決したように私に現実を突きつけた。


「……マルはもう」

 イェナの言葉に、私の手は力をなくしてだらんと落ちる。彼の言葉の続きは容易に予想できるのに──私の心はそれを受け付けない。そしてそのショックは私の身体にも異常をきたす。


「──はっ」

 突然うまく息ができなくなった。


 苦しくて息を吸おうとするのに、ちっとも空気は体に入ってこなくて喉がヒューヒューと鳴るだけだ。首を押さえてどうにか空気を取り込もうとするが、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように上手くいかない。

「ちょ……ナツ?」

 そんな私の様子にイェナが焦る。呼吸に失敗したような短い息遣いが何度も続いて、そんな私の肩をさすったイェナ。そして彼は私を抱きかかえると、マルの遺体を一瞥し背を向けた。

「アロ……休憩が終わるまでには戻ってくる。これ以上はナツがもたない」

「……うん、それがいいね」

 リングを降りながら早足で入場口へと向かう。その間も私の肺にはなかなか酸素が取り込めないでいた。

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