第117話


「それではこれより”オルフェンの塔”決勝戦、第一試合を始めます!」


 お互いがリング近くで立ち止まると、アナウンスの声が歓声にかき消されてしまう。この裏の世界で高い知名度を誇るアロチームはやはりこの大会の目玉。


 その強面に睨まれてしまえば身動き一つ取れないと噂されるデケン。

 悪魔のような残虐さで老若男女関係なく気に入らない者は容赦なく殺すというマル。

 “冥府への案内人”と呼ばれる神出鬼没の黒騎士・フレヴァー。

 裏の世界でも恐れられ、歩く道は屍で埋め尽くされるサイコパス・アロ。


 そして──世界随一の暗殺一家・マヴロス家長男であり、外を歩けばどんな悪党も道を開けるほど敬遠される無感情の暗殺者イェナ。


 対戦相手であるイウリスチームは“正義”の存在として知られているため、あまり歓迎されるような雰囲気ではない。 


 審判は決勝戦のルール説明をしているが、そんなものは全くの無駄だということはこのフィールドに立つ誰もがよく分かっているだろう。生きるか、死ぬか。勝つか、負けるか。その選択肢しかない。


 ルール説明の間、双方のチームが睨み合う。イウリスとアロ、ノエンとイェナのように。ノエンの視線が私にも向き、彼は眉を下げて苦しげな顔をする。私は自分のしっかりとした意思を持って彼から視線を逸らした。ノエンに負けて欲しいわけでも、死んで欲しいわけでもない。ただ、イェナに生きていて欲しいだけだ。だから私は非情になってやろう。イェナが生きてさえいれば、それでいい。ノエンの優しさに罪悪感を感じている暇はないのだから。



 きっとお互いに決めていたわけではないだろうが、何かに導かれるように戦う相手は悩む必要などなく決まっている。それは因縁というべきか、運命というべきか。

「出場選手はリングへ上がってください!」

 説明を終えた審判の声に反応して最初にリングに上がるのは──。


「アロチーム・デケン対イウリスチーム・フェブル!」


 私にとっては優しく朗らかな大きなおじさん。デケンの相手はクールで主人公パーティーの中でも冷酷な人。時に熱すぎるイウリスとは対照的な氷のようなフェブルは勝つためなら手段を選ばない……いわば“こちら側”に近い人物だ。


 私は手を顔の前で組んで祈る。デケンの背中に「頑張ってください!」と声をかけると、振り返った彼が目尻を下げて微笑んでくれた。



 リング上に向かい合った二人。巨大なデケンと華奢なフェブルとの体格差は大きく、明らかにフェブルが不利に見える。だが俊敏な動きと武器である大きな鎌を振り回す力強さは決してデケンと戦っても引けを取らない。


「──試合開始!!」

 その言葉を合図に、それぞれの武器であるフェブルは大鎌を、デケンはモーニングスターを構えた。棒状の柄と刺付きの鉄球の間は鎖で繋がれ、縦横無尽に動かすことができるデケンの武器は彼の力を最大限に引き出せる。


「──アンタ、“ラス”という男を知っているか?」

 お互いが攻撃を仕掛ける前に、フェブルが話し出した。その瞳が怪しく光る。

「確か──有名な盗賊の名だな?2人組だったか……まさかお前もか?」

 デケンが記憶を探りながら答えた。


 ──そうだ、フェブルは元々裏の社会で生きていた人物だったはず。ラスという相棒とコンビを組み、その筋では有名な盗賊だったという。だが相棒が殺され、それを機に足を洗った。自分の命よりも大切な妹を守るためにイウリスたちの仲間になったのだったか。そして同時に相棒の仇を打つことも密かに決意して。


「ああ、俺は元盗賊だ。俺の相棒を殺した奴を探している」

 低く唸るように放った言葉にゾクリとさせられた。デケンは──いや、私がいる“こちら側”の人たちにとっては日常茶飯事なのだろう。「またか」というように鼻で笑った。

「どうだったか……殺した奴の名前なんて知らんからな」

 フェブルの怒りが手に取るように分かる。


 ──わざとだ。ふとそう思った。

 デケンはわざと挑発している。それはフェブルの力を怒りによって引き出すためか。ここにいる者は少なからず戦闘狂であるのだ。それは主人公たちも同じように、強い相手と戦うことを楽しんでいる。その思想がなければバトル漫画は成り立たないのだろうが、私には想像すらできない感情だ。

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