第72話
イェナが来るまで動かないぞと意気込んでいると
「おい」
アロの肩がガッと掴まれて、私との距離を離された。
「何やってんの」
そこにいたのは──。
「おや、キミは弟くんじゃないか」
「ナツに近付くなよ変態」
「ひどいなあ」
「の、ノエン様!?」
絶賛家出中のマヴロス家次男だった。物語になっていなかっただけで、前夜祭に参加していたのか。
「久しぶり、ナツ」
「お久しぶりです!お元気でしたか!?」
「うん、まーそこそこ」
アロをジロッと睨みつけ、ノエンが私の前に庇うように立つ。
「んー……仕方ないから弟くんに譲ってあげる。じゃあまたね、なっちゃん」
アロは「後は若いお二人で」と言わんばかりにその場を立ち去った。意外と気が利くじゃないか。
「どうしてノエン様がここに?」
ああ、と声を漏らしてから、大きなため息をついたノエン。
「チームの内一人は代表で出なきゃいけないってさ。イウリスは柄じゃねえし、俺が一番社交場に慣れてるってことで出ることになったんだよ」
暗殺者の名家であるマヴロス家では基本当主は表舞台に姿を見せない。代わりに奥様や子息であるノエンたちが社交場へ赴くのだそう。イェナもパーティーには慣れている様子だった。
ノエンの話からすると、ここに来たのは主人公パーティーからは彼のみ。セリスは来ていない。
セリスの正装……絶対に似合うのに。無念だ。仮にここへセリスがいようものなら、私は何をしでかすか分からないけれど。
「……ナツも来たのか」
「はい、イェナ様の恋人ですから」
私のドレス姿をまじまじと見て不思議そうに聞く。サラッと答えれば鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情のノエン。
「……恋人?婚約者じゃなくて?」
「はい、恋人になりました」
「……また意外なことになってんな」
眉間にシワを寄せたノエンが「無理矢理にじゃないよな?」と聞くのでまさかと首を横に振った。
「むしろ、私がなりたいと言ったんです」
緩む口元を手で押さえながらそう言うと、ノエンが少しだけ辛そうに顔を歪める。
「──ナツ」
その顔から目が離せない。ゆっくりと瞬きをしたノエンが胸のポケットから花を取り出した。
「綺麗だな、今日は特に」
「え……」
あまりにも意外だった褒め言葉に気を取られていると、スッと目の前に出された黄色い花。
「これ、貰ってくれるか?」
「……ありがとうございます」
そっと受け取ると、彼は照れたようにはにかんでいた。
──尊い。
「──あの」
控えめに声をかけられて、ノエンと2人でそちらに目を向ければ
「わ、私の花も受け取ってもらえますか?」
私たちの周りに小さな人集りができていた。
男性ばかりが私に詰め寄ってくる。全員花をこちらに差し出しているではないか。ノエンが咄嗟に肩を抱いて引き寄せ、守ってくれた。
……なんだろう、この突然の逆ハーイベントは。トリップしたからといって容姿は変わっていないのに。自分で言うのも何だが確かにブサイクではない。けれど至って平凡な顔立ちのはずだ。生まれてこの方、綺麗ですねだなんて言葉は貰ったことはない。
白目を剥きそうになりながら、もはや機械的に受け取っていると、数分後にはなかなかの大きさのブーケが出来上がっていた。女としてはこれ以上ない自慢だろう。嬉しいかと言われればそれはまた別の話だが。
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