第47話

  

【おまけ:ぷれぜんと】


「あ、そうだ!」

 あることを思い出した私は慌ててベッドから起き上がるとエプロンのポケットに手を突っ込む。イェナも不思議そうに起き上がった。


「──これ、お約束のプレゼントです」

 おずおずと差し出せば、イェナはほんの少し目を見開いていた。

「本当に買ってきたの」

「もちろんですよ!」

 ラッピングされたそれを受け取って、丁寧にひらいていく。箱を開けて出てきたものをじっと見つめるから、こっちの方が緊張してしまう。


「ナツが選んだの」

「はい、お気に召さないですか……?」

 どうしたって相手は無表情なのだから、彼が腕時計を見て何を思っているのか分からない。恐る恐る聞けば「ううん」とすぐに返事があったからとりあえず胸を撫で下ろす。


 それから仕事にもつけられそうなデザインを選んだことと血を浴びても問題がないことを店員さんからの説明そのままに伝える。イェナは真剣に聞いているのか聞き流しているのか、腕時計を箱から取り出すと「つけて」と差し出した。

 細い手首にベルトを巻き付ける。これだけ華奢な身体に人を殺す力がどこにあるのか不思議に思いながら装着し終える。


「……ありがとう」

 自分の手首を──まるで宝物でも見るみたいに目を細めて見つめる。そして私に触れるのと同じくらい優しい手つきでそれを撫でていた。





 後日、久しぶりに登場したマヴロス家当主オクト―ヴがイェナの腕についた時計を見て「お前もついに時計を持つ気になったのか。どれ……」と触られそうになり、毛を逆立てる猫のように父親を威嚇していた婚約者の姿を遠くから見て、悶えたのは言うまでもない。









【おまけ:おかえし】


「──女は何をあげたら喜ぶの?」

「え?」

「プレゼント。何をあげたら喜ぶかくらい、アロなら知ってるだろ」

 仕事の打ち合わせのため、イェナとアロはバーカウンターで酒を飲み交わす。アロがナツに手を出しかけた日から、マヴロス家での打ち合わせは極端に減った。元々仕事以外で家から出ることの少ないイェナのためにアロが彼の自宅へ出向いていたのだが──あの少女に触れたことと、その後仕事場に連れて行き怖がらせたことを根に持っているのだろう。


 打ち合わせ──と言っても、本来綿密な計画のもと動く二人ではないためすぐに終了した──が終わり珍しくイェナが持ち出したのは、以前は影すら見えなかった”女性“について。前にも一度相談のようなものを受けたがアロは面白い展開を期待して少女漫画を渡したのだ。これはきっとあのコのことだろう、とアロはメイド服の少女を思い浮かべる。


「それは──人それぞれじゃないかい?」

「アクセサリーが好きなコもいるし、ブランドバッグを欲しがるコもいる。マンションや車を欲しがるコもいたなあ」

 アロが指を折りながら考えていくが──イェナにはどれもしっくりこないらしい。

「……ナツはどれも喜ばなさそうだけど」

「喜ぶというよりは委縮してしまいそうだね」

 彼の腕には真新しい腕時計がついている。それを無意識のうちに撫でている様子を見てアロは呆れたように笑った。

「なっちゃんが喜ぶものならボクよりキミが知ってるんじゃないのかい?彼女の好きなものがいいんじゃない」

「……あ」

「ん?」

 アロの言葉にすぐに何かピンと来たようなイェナ。


「……決めた、プレゼント」

「何にするんだい?」

「──」

「ああ、確かに。なっちゃんが喜びそうだ」

 高価なものも派手なものも「綺麗ですねえ」とは言うものの、決して物欲しそうな目はしない少女。イェナは前に一度だけ聞いたことがあった“好きなもの”を思い出していた。





「──いらっしゃいませ」

 甘い香りが漂う店内に足を踏み入れたのは──人生で初めてのことだった。愛想のいい店員がショーケースの向こう側で微笑んでいる。

「どれになさいますか?」

「……チョコレートの」

「はい、チョコレートなら2種類ございます」

「……じゃあ両方」

「かしこまりました!」


 イェナが訪れたのは見た目も味も絶大な人気を誇るとアロが教えてくれたケーキ屋。彼女がいつか「チョコレートケーキが大好物なんです」と言っていたのを思い返す。アンと定期的に開かれる“お茶会”とやらの話を喜々として話した時だっただろう。アンが焼いたというチョコレートケーキが絶品だったと言っていた。イェナ自身そこまで興味のある話題ではなかったが頭の奥ではしっかり記憶していたあたり、ただ聞き流していたわけではなかったようだ。




 ケーキの入った箱を自分の目線まで持ち上げると“急いで帰らなければ”という気になる。

「……誰かにプレゼントなんて、初めてだな」

 零れた独り言は闇に溶ける。そこにどんな感情が含まれていたのかは本人ですら知り得ない。


 彼女はどんな顔をするだろうか、とイェナは家で待つ少女について考える。想像するには容易いものだった。


 きっと大げさなくらいに喜んで、瞳をキラキラさせて──満面の笑みで礼を言うのだろう。そして、あの言葉をまた聞けるだろうか。


『──イェナ様、大好きです!』

 何度言われても飽きない。胸の辺りがムズムズするのに、不快ではない。そんな複雑な感情はとうの昔に捨てたはずなのに、とイェナは思う。だがそれも“悪くない”と思うのだから──かなり絆されてしまっているのだと、本心では気付いているのだろう。



 婚約者の顔を思い浮かべながら帰路を急く。もちろん手の中にある”プレゼント“には細心の注意を払って。ナツには帰宅後すぐに紅茶を淹れてもらおう。そして二人でケーキを食べる。彼女に好きな方を選らばせて──。イェナの中で、計画が膨らんでいく。


 イェナが想像した二人だけの時間と、彼女の予想を超えて喜ぶ顔が目の前に広がるまで──あと、もう少し。

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