第42話

「兄貴と一緒だったのか?さっき会ったけど」

 ああ──そうか。

 物語はもう始まっているのだと実感する。イェナとノエンの再会。それはこれからこの兄弟が憎しみ合って戦い続けていくことを意味している。


 物語でも描かれたイェナの初登場シーン。それが今日、この日なのだろう。だがノエンの様子を見て不思議に思う。ストーリー上では、二人は再会したと同時に戦闘になるはずだ。無断で家を出たノエンをイェナが叱咤するように敵意を向けた。そしてノエンは兄であり有能な暗殺者でもあるイェナに敵うはずもなく、心にも体にも深い傷を負うはずなのだ。


 物語を思い出してみるが、目の前にいるノエンはあっけらかんとしているし、目立った大きな傷もないように見える。

「イェナ様に会われて……いかがでしたか」

 恐る恐る聞いてみればイウリスと顔を見合わせて二人で肩を震わせる。恐怖から──ではなさそうだ。


「兄貴、俺のこと敵だと認めたら容赦なく殺すんだってさ」

「……え?」

「今は殺さないんだと」

 何かを思い出す様にまた肩を揺らして──笑っている。


 私が知っている物語とは随分違うようだ。私がこの世界に来たことで、何かが変わり始めているのだろうか。今回二人が戦わなかったことで未来にどんな支障が出るのかは分からない。それを考えると怖くないわけではないけれど、安心の方が大きかった。


「──ノエン様」

「ん?」

 優しく微笑むノエン。その顔はいつか見た、イェナが微笑んだ顔と少しだけ似ているような気がする。ノエンの隣に立つイウリスをチラリと見て思わず頬が緩んだ。


「──これからあなたにとっての“当たり前”が、とても幸せなものになりそうな予感がします」


 ノエンの生い立ちを知っても無邪気に笑う、あなたの隣にいる人が──いつか計り知れないくらいの大きな力となってくれる。その人の隣にいることがいつからか“当たり前”になって、どんな辛く苦しいことも乗り越えていくだろう。

「次にお会いするときも、笑顔で会いましょうね」

「……ああ」

 ぺこりと二人に頭を下げて、アンに見つからないうちにと別れた。






「……なあ、ノエン」

 イウリスが去っていく少女の後姿を見送って、自らの親友となった男を見遣る。

「……なんだよ」

「もしかして、あの子が──」

「……ああ、そうだよ」

 先程彼の兄から聞いたノエンの生い立ち。それはあまりにも残酷で驚きはしたものの──イウリスにとって取るに足らない事実だった。そしてノエンから聞いた、“自分を救ってくれた少女”の話。それはきっと──。


「……ま、あの兄貴の様子じゃあ仕方ねーか」

「だろ?」

 ノエンが呆れたように笑った。きっとノエンにとって“ただのメイド”ではなかったのかもしれない、とイウリスは思う。それでも、“あの男”の言動を見てしまったら──。


「……ご愁傷様」

 そう言うより他ない。

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