出会い

暗殺者とサイコパス

第30話

 ノエンがマヴロス家を出て行ってから数日後。


 普段からお互いに干渉していない彼らがノエンの家出をどう思っていたのかは知らない。だが連れ戻そうと躍起になっている様子もなければ、怒り狂って絶縁を叩きつけることもない。あまりにも“無関心”なこの家に、私はここでメイドをしてから初めて恐怖を感じた。


 漫画で描かれていたノエンの“落ちこぼれさ”は十分わかっていた。それでも、この家での“家族らしさ”を肌で感じてからは、原作の方が嘘ではないかと思うくらいに“普通”だったから。自ら出て行った彼をあっさりと切り捨てる冷酷さはやはり“普通”ではなかったのだと痛感した。


 それくらいに、イェナも執事たちも何も変わらなかったのだ。


 そういう私自身も──なんら変わることのない生活を送っていた。





「──うそでしょ」

 そう、珍しくこの家に訪れた客人の姿を見るまでは。




「おや、キミは?見慣れない顔だね」


 ジャムがイェナを呼びに行っている間に、応接室に通された客人のために紅茶を持って行ったのはいいのだが。扉を開け、ソファに座る男性の顔を見て私は立ち尽くした。


「……新しく入ったメイドです」

 ニコニコと胡散臭い笑顔を張り付けたこの男は──。


「随分と愛らしいコが入ったんだね。ボクはアロ。イェナの友だちだよ」


 自己紹介など、されずとも分かっている。


 恐ろしいほどに強く人を殺める事に罪の意識など全くもって感じない──むしろ快楽すら覚えている戦闘狂。主人公たちの宿敵でもあるこのアロという男は、原作内で最要注意人物であり、この男なしでは作品を語れないほど重要な存在だ。


 そう、私が最も会いたくなかった人物。いや……この男の容姿においては、悪役などとはかけ離れた美しいものであり、見てみたい気持ちがなかったと言えば嘘になるのだが。この人もやはり、作中高い人気を誇るキャラクターだ。



「イェナ様のご友人、ですか……」

 確かに二人はよく共に行動していた。この物語中最も人気の高い章においてはチームメイトとして共に戦っていたくらいだ。イェナとアロのカップリングは腐女子たちの妄想を掻き立てるものとして重宝されていた。


 しかしそれが“友人”と呼べるものだったとは些か驚きではある。

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