第23話
「──アン、どうしますか」
ジャムが問いかける。三人は顔を見合わせるとやるべきことは一つだと言わんばかりに頷いた。
「決まっているだろ」
隣にいた彼から放たれたのはいつものように柔らかな女性言葉ではなく、強く殺傷力のありそうな声色。
「──殺せ」
ナイフのように鋭利な言葉に、冷や汗が流れた。
静かな怒りの込められたアンの言葉に、ジャムとロールが動き出そうとした瞬間
「──何してるの」
どこからともなく、私の主が現れた。ちょうど仕事から帰宅したようだ。
「……イェナ様……」
私がポロリと溢した名に、大男が反応する。
「イェナ……マヴロス家の長男か」
圧倒的な不利。そんな立場でも男は勝てるとでも思っているのか。にやりと口角を上げた。
「何してるのって聞いてる」
足音を立てず、静かに近づいてきたイェナ。無表情なのは変わらないが──怒っている?
私のそばへ来て片膝をつくと、そっと右手を持ち上げられた。
「なんでナツが怪我してるわけ?」
私自身ですら気が付かなかった小さなかすり傷。それを見て眉を顰めたのだ。
「……申し訳ありません、何なりと処罰を」
「……」
目を伏せ謝罪したアンを一瞥すると、私が反論する間も与えず立ち上がった。
「……まずはこいつを──排除する」
男を振り返ったイェナが、どんな表情をしていたのかは見えない。けれどあれだけ自信たっぷりだった男が──イェナの顔を見た瞬間、青ざめていた。
そこから、結末までは早かった。
常人である私の目には見えないスピードで、決着はついたのだ。イェナが動き出した次の瞬間にはもう大男の首と胴体は完全に離れていた。そこから溢れ出た鮮血の生々しい臭いにむせ返りそうになる。いとも簡単に男の命を奪ってしまったイェナを見ると、あまりにも現実とかけ離れたこの世界を実感した。
「……ナツ!?」
近くにいるはずなのにアンの声が遠くで聞こえる。ひどい眩暈がした。額を押さえて俯くとアンが背中をさすってくれる。
「どうしたの、ナツ」
私の異変に気付いたイェナがすぐにそばへ来てくれた。さすがプロの暗殺者というべきか、返り血は一切ついていない。
言葉を発することも辛く、口元を押さえながら首を横に振る。
「……ナツは、人が死ぬ場面というのを見慣れていないんじゃないかしら。精神的にツラい部分はあるかと思いますわ」
「そうなの?」
何度も頷いて意思表示をすると、イェナがそっと私をお姫様抱っこした。
「ナツはもう休ませるよ」
執事たちに向けてそう告げると、私に振動が伝わらないようにか慎重に歩き出した。
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