第20話


「君の淹れる紅茶は絶品だとアンから聞いた」

「そんな……!」


「今度私にも頼むよ」

「光栄です……」


 もっと生い立ちやら経歴を詳しく聞かれるのかと思いきや、聞かれたのはまさかの紅茶について。紅茶をうまく淹れられるくらいでは、ここの婚約者もメイドも務まらないと思うのだが。


「なにそれ、オレも聞いてないよ」

「え?」


「紅茶。オレも飲んだことないのに」


 今まで全く話に入ってこなかったのに、突然ムッとしたように割り込んでくるイェナ。私の紅茶が美味しいと知らなかったことがお気に召さなかったらしい。


「イェナ様はいつもコーヒーがいいとおっしゃるじゃないですか……」

「……うるさいな、今日はナツの紅茶にしてよ」


「分かりましたよ……わがままなんだから、もう……」

「殺すよ」

「だめです」


 挨拶をするべき相手を放って二人で話していると、オクトーヴが感心したように顎に手をあてた。



「……ほう、イェナがこんなにも心を開いているなんて」



「──暗殺者にこんな感情いらない?」


 イェナが父に問いかける。“こんな感情”がどんなものなのか、私には全く分かりはしないけれど……こんな質問をすること自体がきっとイェナの変化を顕著に表しているのだろうと思う。


「いや、あってもいいんじゃないか?“守りたいもののために強くなれる”とよく言うじゃないか」


 ……それは、ヒーローたちのセリフなのではないか、とツッコみたくなるけれど。


 軽い調子で笑って言うオクトーヴに、なんだか私も──きっとイェナ自身も、拍子抜けだった。目の前の男は思っていたよりも、ずっと優しくてお茶目な人らしい。



「興味もない相手と結婚するよりも好きな相手と結婚した方がいいだろう?」

「……別に好きなわけじゃないけどね」


 そうやって否定したイェナに少しムッとする。そこまではっきり言われると悔しい気になった。すると「そうなのか?」と確認して──イェナも私も黙っていると、ウキウキしたようにある提案をした。


「じゃあ私の専属メイドにでも……」

「父さん、それは父さんでも許さないけど」


 全て言い終わらないうちにイェナによって切り捨てられていたけれど。


「嘘だって。そんな殺気出すなよ、我が息子ながら嫉妬深いな」

「うるさい」


 呆れたように肩を竦めるオクトーヴからはもう威厳など感じられない。やっぱり原作とは全く違った印象だ。原作者に文句を言いたいくらい。


「ナツがいいって言ったらいいかい?」

「は?」

「怖っ」

 懲りずにアプローチするオクトーヴはイェナの発した一文字にビクッと肩を揺らしていた。あまりにも普通の家庭すぎて、笑えてくる。



「……ダメですよ、私はイェナ様が大好きで、イェナ様に拾ってもらったんですから」


 親子喧嘩になんてなったらこの屋敷は木っ端微塵になってしまう。それは避けようと断りを入れた。イェナはよくやったと言わんばかりに私を見て頷く。


「そうだよ」

「機嫌直るの早……」


 ジロッと横目でイェナを見て、もう一度私に向き直ると

「変な子だが、よろしく頼むよ」

 と、どこかで聞いたような台詞でお願いされたので、とりあえず首を縦に振った。

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