虐げられた聖女は魔王と騎士と共に多くの者を救う だけど、自業自得で窮地に陥った国は見捨てます。

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 その時がくるまで、私は聖女として数年間働いていた。


 たかが数年だったけれど、誰よりも働いて多くの人を守ってきた。

 聖女の仕事は、汚染された土地の浄化、闇の魔力にとりつかれた魔物を浄化し、正気に戻す事。

 そして、聖魔法を使って魔除けの護符を作る事などが主だ。


 私はコツコツと、毎日毎日それらの仕事をこなしてきた。


 私の護衛についていた騎士シンフォは、事あるごとに「少しは休んだらどうだ」と休憩をすすめてくるけれど、私が頑張る事で人一人の命が救われるのならと、歯を食いしばってきた。


 しかし、そんな私の努力が報われる事はなかったらしい。


 ある日、聖女達をとりまとめる聖王様に呼ばれた。


「何か御用でしょうか」


 私一人を部屋によんだ聖王様は、私に残酷な一言をつきつけたのだ。


「君はもう用済みなんだ。だから君に死んでほしい」


 いきなりの言葉に私はうろたえるしかなかった。

 私は当然「どうしてそんな事を」と尋ねた。


 すると聖王様は、数日前の出来事を述べてきた。


「君は勤勉に働きすぎたのだ。そのせいで、気が付かなくても良い事に気が付いてしまった。数日前に発見した、新しい聖魔法の事を思い出してみたまえ」


 それは、効率的に護符を作り出すためにと、毎日地道に研究して作り出した聖魔法の事だろう。


 その魔法は、ある特定の手順をふんで、呪文をとなえれば他になにもしなくても自分の魔力を自然に増やす事ができるというものだった。


 時間は少々かかるが、それは画期的な魔法だった。

 聖魔法を使用した後、魔力を回復させるのには時間がかかる。

 食べ物を食べたり、休息をとったりしなければ、ならなかった。


 けれど、その魔法はそういった事をせずとも魔力を回復する事ができるのだ。


 だから、今までより多くの護符を作る事ができるし、たくさんの浄化作業も行う事ができる。


「分かりません。どうしてその魔法が駄目だったのですか」


 もしや、研究の際に見落としていた危険な点が見つかったのではないか、とそう考えるのだが。


 そうではなかったらしい。

 聖王様は怒りの形相で声を荒げた。


「魔力は神から与えられるものだ。世の中には、それはただの自然現象などと考えている輩がいるが、それは間違いだ。人間が自力でつくりだせるわけがない」


 だから、聖王様は私を嘘つきだと呼んだ。


 そして、邪悪な魂を持った魔女だと決めつけてくる。


 魔力の回復は、自分の体だけで実験してきたけれど、他の人間でもやってみればそれが普通にできる事だと分かるはずだ。


「そんなっ、違います。私は魔女などではありません。信じてくださいっ!」


 私は必死で訴えたけれど、まったく信じてもらえなかった。


 私は犯罪者として、牢屋に入れられてしまった。







 それでも、いつか濡れ衣は晴れると信じて、瞑想を行ったりしながら聖女としての修行を続けてきた。


 けれど、私の無実が明らかになることはない。

 とうとう処刑される事になってしまった。


 私は最後の食事に出された、固いパンと味のしないスープを口にしながら悲嘆に暮れていた。


「私はただ、多くの人を助けたかっただけなのに」


 しかし、数時間後に護衛の騎士がやってきて、牢屋の鍵を開けて私を外に出してくれた。


「一緒にこの国を出ましょう。この国では、貴方は指名手配されています。もはや、生きていく事はできそうにありません」

「そんな」


 シンフォは、呆然としている私の腕を引いて牢屋を出て、協力者として集めた達の手を借りて、国から素早く出ていった。


 国の門を出た時になったようやく私は、彼の行動について問いただした。


「どうして、私を助けてくれたのですか。私を助けたと知れたら貴方まで犯罪者扱いされれしまうのに」

「それは貴方と一緒にいられるなら、罪をかぶる事など些末な事だからですよ。どうかこれからも御そばに置いてほしいのです」


 私はその時になって、初めて彼の気持ちに気が付いた。


「本当によろしいのですか。元の地位を捨てる事になるのに? それにこの国にも戻れなくなってしまうのに」

「それでもです」


 シンフォは、自分の気持ちを伝えるように、私の体を強くだきしめた。


「名誉があっても、故郷があっても貴方がいなければ何の意味もない」

「貴方の気持ちは分かりました。助けてくれてありがとう」


 聖女は、男と添い遂げる事はできない。

 恋愛は、邪念を生み出す源と考えられているからだ。


 しかし私は彼と唇を重ねた。

 もう聖女でいる必要がないからだ。

 それに、全てを捨ててまで私と行動する事を選んでくれた彼の想いに、報いたかった。








 それから私は、様々な国を巡った。


 一つの国に定住できなかったのだ。


 なぜか、故郷から何十人もの追手が放たれていた。


 故郷から放たれた追手は、どれも強者ばかりだったため、隠れてもすぐ見つかってしまう。

 逃げ回るしかできなくなった。


 放たれた追手の数は多い。その規模は、ただの犯罪者を捕まえるにはかなり異例だった。


 一人の犯罪者を捉えるには大掛かり過ぎていたのがおかしい。


 けれど、それでも何とかして、安全な国を見つける事ができた。


 それは、以前の自分だったら確実に住もうとは考えなかった国だろう。


 そこは魔族の国だ。


 追手に追われて、怪我をした私達は、彼等をまくためにやむなく荒れ狂う川にとびこまなければいけなかった。


「これで死んでしまうかもしれないわね」

「ああ、でも最後まで一人にはさせない」


 それは死を覚悟した行動だったが、そのすぐ後、幸いにもとある人物に助けられた。


 その人物は、魔族の国を統治する魔王だった。


「ふむ、珍しい拾い物をした。こんな辺境までやってくる聖女がいるとはな」


 なぜか魔王は、私達の傷を治して、魔族の国で生活できるように環境を整えてくれた。


 その行動の理由は、うかつに人間の国に行く事ができないため、情報が得られなかったから、らしい。


 今の人間の国がどうなっているか、情報が知りたかったから私達を生かしたのだとか。


 魔王城でその話を聞いた時は驚いた。


「知りたいと言っても、ただの興味だ。人間の国を知らねば、いざこちらの国を攻められた時に守ればいだろう。こちらから積極的に攻めるつもりはない」


 故郷の国や他の国で嫌な事はあったが、滅びてほしいわけではない。


 人間達を殺戮するつもりがないという言葉を聞いてほっとした。


 約束の言葉に安心した私達は、色々と人間の事について話す事にした。


「分かりました、色々とお話しましょう」

「なら、その前に誓約の書を作成しておいてやろう。その方が口も軽くなるだろう」


 この世界には、誓約の書というものがあって、その特別な用紙に書いた約束は破る事ができない。


 魔王はその制約の書に、目の前で記してみせてくれた。


 嘘をつかない誠実な人(人ではなく魔族だが)なのだと思った。


 この人は信用できるだろう。










 魔王は意外にしっかりとした人間だった。


 魔族の国で暮らせるように、私達に注意すべき事を色々と教えてくれたし、生活に必要な道具なども細かく教えてくれた。


 おかげで、この土地の環境や、魔族の風習などについてもすっかり詳しくなってしまった。


 しかし、体の中に闇の魔力を宿す彼らは、その魔力が増えすぎてしまうようだ。

 それで、時々自我を失って暴走してしまうらしい。


 そういった存在は時々、魔物と化して人間や動物を襲ってしまうのだと聞いた。


 私は、魔族の国で世話になっている恩を返すために、その問題を解決できないか研究する事にした。


「魔族を助けようなんておかしな事かしら」

「いいや、彼等だって俺達と同じ心を持っているんです。それが分かりました、だからなにもおかしな事なんてないですよ」

「そうよね。私は自分で正しいと信じる事をやるだけ」


 何か月もかけて、研究を行った私は、とうとう魔族の暴走をおさえる魔法をつくりだしたのだった。


 その魔法を行使すれば、魔族は体の中にある魔力を減らす事ができるようになる。


 その日から、暴走が起きる数がぐっと減った。


 その事が影響してか、魔王から勲章を与えられる事になった。


「魔王として、一人の魔族として、そなたに感謝の意を示そう。我が同胞の命を助けたその心に報いたい。困った時は、何でも言うがよい。どんな時でも力になると約束しよう」









 色々な事が順調にいっていた。


 もう私は聖女ではなくなったけれど、そうでなくても多くの人の命を救いながら、実りある生活をしていた。


 しかし、事態は予想だにしない方向へ進んでいった。


 魔族の国に潜入していた追手に捕まったのだ。


 どこからか忍び込んだのか分からないけれど、私のいる場所をかぎつけたらしい。


 並々ならぬ執念だった。


 それで追手達に捕まった私は、故郷に連れ戻される事になってしまった。


 故郷は、かつてない強力な魔物に襲われて、大きな被害を出していたらしい。


 大きな竜が暴れていて、大変な事になっていた。


 それで国の要人達は、犯罪者でありながらも強い力を持っていた私を、働かせる事にしたようだ。


 しかしそれはひどい扱いだった。


 どうせ、この事態が落ち着いたらすぐに殺すからと言って、こちらにロクな食事も与えず、何かミスをしたら殴る蹴るの暴行を繰り返した。


 病気で熱を出した時も、雨に打たれながら仕事を行う事を強要してきた。

 

 それだけではない。


 聖女になる時に縁をきらされた家族や、子供の頃の友人を人質にとって、倒れた私にさらに働くように強要してきたのだ。


(聖女は清い心を持っていなければならない、と考えられていた。だから必要最低限の人としか関わる事ができなかったのだ)


 それで、私が何か間違いをおかした時は、私ではなく彼らが暴行された。


 私はたまらず「私が憎いなら、私を殴ればいいでしょう。その人達は関係ないわ」と言ったけれど、見張りについた者達は聞く耳をもってくれない。


「犯罪者のいう事なんて、聞く必要はない!」

「そうだ、それにこいつらだって、犯罪者と同じ血をひいた人間なんだ。これくらいの扱いでちょうどいいんだよ」

「生かしているだけありがたいと思え!


 私は彼らの行いに憤ったけれど、病気がなかなか治らず、体力もないため、強く逆らう事ができなかった。


 その後、無理がたたって、とうとう倒れてしまった。


 指一本すら動けなくなった私はベッドの上から起き上がる事ができない。


 そんな私の元に、この国に戻ってから一度も顔を見せなかった聖王様がやってきた。


 私は何とか、聖王様に家族や友人を許してもらえるように頼みたかったが、かすれたのどからは息が漏れるだけで、満足に言葉もでなかった。


 それで、私の意識がないと勘違いしたのだろうか。


 やってきた聖王様は、固いベッドの上で息も絶え絶えな様子で横たわる私を見つめながら、驚くべき事を述べてきた。


「魔力が自然に回復するなどあってはならない事だ。聖女達が多くの護符を作ってしまうではないか。そんな事をしたら、護符の値段が安くなってしまう。このままここで果てるがいい」


 聖王様は、信心深い人などではなかった。


 ただ、高い値段で希少な護符を売りさばいて、お金を得たかっただけなのだ。


 私は、はめられたのだ。


 そんな彼だから、私が見つけた研究成果が、他の人間に伝わる事をおそれて、私欲のために何十人もの追手を放ったのだ。


 私はその瞬間、この人は人の上に立つ資格はないと思った。


 そんな人物がまわす国は腐りきってしまっている。


 けれど、いまさらだ。


 私はもう、自分の命が長くない事を知っている。


 最後に、一矢報いる事もできなさそうだった。


 私はただただ己の無力をかみしめていた。


 何もできないなら、せめて最後にあの人に会いたかった。


 全てを捨ててまで私を助けてくれたシンフォに。







 だから、意識がもうろうとしてきた私は、それを見た時に幻だと思ったのだ。


「何度でも会えるさ。だから死なないでくれ」


 けれど、手を握って励ましてくれる彼の存在はいつまでたっても消えはしなかった。


 その隣には魔王がいて、何かの魔法を私にかけている所だった。


「当たり前だ。死なせはせぬ。我等魔族の恩人であるお前を、なんとしてでも助けてやる。だから今は安心して眠っているがよい」


 そういった魔王の言葉を頼もしく感じた私は、不思議な事に助かるかもしれないと思い始めていた。


 心が軽くなると、体も不調も少しだけ和らいでいくような気がした。


 やがて、心地の良い力が体の中に満ちていって、あっという間に不調がなくなってしまった。


 その後、魔王の尽力を得て、家族や友人を保護して国を脱出することになった。


 魔王たちはこの国に入る際に、力技で正面突破してきたらしいので、出るときにもひと悶着あったのだが、さすがは魔王といった所だろうか。


 襲い来る何百人もの兵士達を、一瞬で吹き飛ばしてしまった。


 活躍したのは魔王だけではない。


 シンフォも、私の家族や友人を助ける時に活躍してくれた。


 家族達が捕まっていた場所は、規則をやぶった聖女を閉じ込めておく場所だった。


 倒した兵士達から、その情報を聞き出した後シンフォは、建物の構造を熟知していたためすんなりと助け出す事ができたらしい。


 護衛として仕事をしていたころの記憶が役に立ったようだ。








 私がいなくなった後、故郷の国は魔物達に蹂躙されていった。


 私が病気で倒れた時から、危なかったらしいがそれに加えて魔王の襲来だ。


 多数の兵士達が負傷してしまったため、国を守れなくなったらしい。


 しかし私は、私が虐げられていた事を知らない国民達の事が気がかりだった。


 彼らまで、国と運命を共にする事はない。


 だから、体調が回復してからすぐに、他の国に避難する彼らを守る事にしたのだ。


 シンフォも、そんな私の想いをくんでくれて、その行動を手伝ってくれた。


「君は聖女なんだな。人から認められる存在でなくなっても、その心の気高さは変わらないままだ」

「私はそんなに立派な人ではないわ。国の事は助けなかったもの」

「気に病む事はない。あれはどうにもならなかった事なんだから」


 国の中心部にこもって籠城していた一部の人間達、聖王達は国と共に運命を共にしたようだ。


 彼らは生きたまま魔物に食べられたらしい。


 聖王などはまがりなりにも聖女をまとめていたため、最後まで抵抗していたらしいが、何十体もの魔物に囲まれて、最後には狂って自分を傷つけながら死んでいったとか。


 死体の痕跡を見た者達が、現場の状況もあわせて、そのような結論を出したらしい。


 もしかしたら、彼等も助ける事もできたかもしれないが、私はそうはしなかった。


 彼等は、自分の事だけを考えて、様々な人を傷つけていた。その事が許せなかったのだ。








 その後、私達は家族や友人と共に魔族の国に移り住む事になった。


 多くの魔族を助けた私の功績を評価してか、その後も魔王はずっと私達を助けてくれた。


 シンフォと結婚式を挙げ、子供をもうけ、その子供の成長を見届けるまで私はずっと平穏な暮らしを送る事ができた。


 天寿を全うする頃には、たくさんの魔族の知り合いができていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虐げられた聖女は魔王と騎士と共に多くの者を救う だけど、自業自得で窮地に陥った国は見捨てます。 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ