討伐前日3
微妙な空気の中、飲食店がある通りへ向かう三人。
ローランは武器作りがメインとなる関係で、宿や飲食店は数が多くない。商人が荷を運ぶために使う、最低限の設備があるだけだった。
「陛下、甘いもの食べましたっけ」
念願の甘いもの、プリンを見つけて食べるクオン。嬉しそうに食べる姿を見ながら、リーナは隣に座る女王へ小声で問いかける。
「ふむ…食べないな。苦手だ」
だから珈琲しか頼んでいないだろ、と無言で言う。
「なぜついてきたんですか」
「決まっているだろ。クオンと出掛けることは、そうない」
誘いに乗ってくれないからと言えば、そうだろうと言いたくなる。城下街を女王と歩きたくはない。
目立ってしまうどころでは済まされないのだ。間違いなく、おかしな噂が流れてしまう。
二人の間に火花が散る。セルティが見ていたなら、ため息を吐いたかもしれない。
「リーナは、幼馴染みで副官。それだけであろう」
なら、クオンを誘っても問題はないはずだと言う。その通りだから、リーナはなにも言うことができない。
言葉に詰まる姿に、勝ったと言うように笑うフィーリオナ。
「リーナ、食わねぇの?」
「欲しいならあげるわよ」
二つ食べ終えたのを見て、リーナは呆れたように差し出す。
どれだけ食べるのかと言いたかったが、これでも足りないぐらいだと知っている。おそらく抑えているのだろう。
一応、職務で来ているだけ。そう自分に言い聞かせているのだと。
「サンキュー。あと…」
「まだ食べるの」
「当然」
つい先ほど考えたことをリーナは撤回した。やはり、ただの甘党バカだと思ったのだ。
満足したクオンが店から出れば、外には不機嫌そうなセルティが立っており表情が引き締まる。
さすがに、目の前のハーフエルフを怒らせる真似はしたくない。敵わない相手とわかっているからだ。
「フィオナ…逃げたな…」
「町中ぐらい、構わないだろ」
慣れとはすごいと、二人はその様子を見ている。あの団長を相手に、平然としている姿はすごいとすら思う。
すべての騎士達が口を揃えて言うのは、セルティ・シーゼルは怒らせてはいけない。
「フィオナ…俺との約束は覚えてるよな…」
彼より長く生きた騎士も騎士団にはいる。しかし、彼より強い騎士は騎士団にいない。
「あー…えっと……」
本気で怒っていると知り、さすがのフィーリオナも冷や汗が流れるのを感じた。
女王すら黙らせるハーフエルフの団長に、クオンとリーナは見ていることしかできない。
チラッと救いを求める視線もきたが、関わりたくないというのが本音だ。
「フィオナが迷惑をかけた。これはしっかりと連れ帰る」
「お、おぅ…」
平然と担ぎ上げた姿に、クオンですら言葉に困る。
(いいのかよ、陛下を荷物みたいに担いで)
ある意味すごい人物だと思ったが、おそらく彼と対等にやれるのは、エルフのイクティス・シュトラウスだけだろうと思った。
「後日、正式に訪問させてもらう。フィオナが騎士達を労うためにな」
「わかりました」
それはそれでまた面倒なことだと思いながら、去っていく二人を見る。
正式な訪問なら、まだいい方かと思うことにしよう。自分に言い聞かせた。
姿が見えなくなれば、二人は同時に息を吐く。
「飯食いに行くか?」
まだ食べるのかと言いたかったが、表情を見ると気遣っているのだとわかり頷いた。
「すげぇな、あの人。一生勝てねぇんだろな」
次元が違うと言えば、同意するリーナ。同じハーフエルフでも、あれは無理だと思えたのだ。
「でも、噂は本当なのね。陛下とセルティ様は幼馴染みって」
「あー、そんなのあったな」
噂に疎いクオンでも知っている。
フィーリオナとセルティは幼馴染みで、ルーシュナとセルティは恋人同士だというもの。
どこまでが本当なのかと思っていたが、少なくとも幼馴染みは本当のようだと思う。そうでなければ、あのような関係にはならないだろうと。
「で、どの店がいい。リーナの機嫌が直る店に行こうぜ」
「あっ…」
わかっていたのだと知り、それだけでリーナは十分だと思った。
早く寝なければいけない。わかっていたが、クオンは星を眺めていた。昔から星空を見るのは好きだったのだ。
「歌…」
どこからか聞こえてくる歌声。少し懐かしいと思い、それは昔よく聞いたものだと思い直す。
「リーナか…」
まだ騎士学校へ入る前、幼い少女は歌っていた。いつからあるか知らないが、家に伝わるものだと言って。
「懐かしい…なんだろな。あいつの歌を聴いてると、落ち着く」
たまに聴かせろと言えば、彼女は歌ってくれるのだろうか。そんなことを考えて、すぐさま振り払う。
「そこのバカ! さっさと寝ろ!」
外から聞こえるなら呼び掛ければ声が届くと怒鳴れば、氷の塊がいくつも襲いかかった。
「誰がバカよ! あんたの方がバカでしょ!」
怒声と共にだ。先程まで歌っていたとは思えない。
やり返してやると窓から顔を出せば、上から氷の塊が降ってくる。
「いってぇな!」
「悔しかったら、やってみたら? クオンには無理でしょうけど」
部屋が真上だったのは想定外。隣ならやれたかもしれないが、クオンの能力では無理だ。
彼は魔法の腕がいいとは言えない。剣の腕ばかり磨いていたから、とは本人の言い訳である。
「てめぇ…」
それに対し、リーナは魔法学校に通っていた経歴を持つ。当然ながら、魔法を使うことは得意だった。
彼女が副官として選ばれたのは、剣の腕だけではなく、魔法の腕も買われたからなのだ。知っているのはリュースと小隊長ぐらいだろう。
「ふふん。上には飛ばせないのよねぇ、クオン」
勝ち誇ったように見下ろすから、クオンが苛立ったように見上げる。
なんとかやり返せないかと思ったとき、空に流れる光が見えた。
「なに? どうしたの?」
「流れ星だ…」
「えっ?」
言われてリーナも空を見たが、別段変わったところはない。
「気のせいじゃない?」
「そう、なのか…」
いや、違うと思い直す。間違いなく流れ星を見た。たった一筋の流れ星が、空を流れていったのだ。
「まぁ、いいや。寝ようぜ」
「そうね。明日から魔物討伐だし」
もう一度空を眺めてみたが、揺れる星だけが輝いている。
あれは気のせい。そう思いたかったが、なぜか身体がざわつく。あれは気のせいではない。むしろ、どこか懐かしい気持ちにさせた。
あの輝きを自分は知っている。なんとなく、そんな風に思えた。
(今は考えるな…職務がある)
部下の命を預かる以上、余計なことを考えている場合ではない。
クオンは眠るため、ベッドへと横になった。
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