メルレールの英雄-クオン編-前編
朱璃 翼
1部 転生する月神編
プロローグ 月が戻る日
賑やかな歓声が青空の下、響き渡っている。それは何年かに一回、あるかないかという出来事を見ているためだ。
もしかすると、百年に一回かもしれない。だからこそ住民は集まって見ている。
「グレン君、やっちゃえー!」
一際大きな声で声援を送るのは、背に真っ白な翼を生やした少女。いや、少女に見えるだけかもしれない。
歌と舞いで神へ感謝を捧げ、神官となるのが当たり前のセイレーン。空の精霊とまで言われる種族で、長寿の一族だ。容姿と年齢が同じとは限らない。
「魔剣士の兄ちゃん、負けんじゃねぇぞ!」
「やっちまえー!」
「そこだそこ!」
セイレーンの少女と共に、数人の若者が声援を送る。まるで派閥があるかのように周辺の見物客も、やれやれと叫び声を上げた。
その反対側にはエルフの女性が、ピンク色の獣を抱いて立っている。
『負けたらイリティスに触れさせないからねー!』
傍らに金色の小鳥がおり、エルフの女性よりは小鳥が騒いでいるのが現状。
「うるさい! バカ鳥!」
それに対し、剣を振るっていた赤髪の青年が怒鳴る。
「バカ鳥! 気が散るから黙ってろ!」
『キィー! 誰がバカ鳥よー! シオンなんて負けちゃえー!』
小鳥が怒鳴れば、エルフの女性がやっちゃったという表情を浮かべた。同じように、ピンク色の獣もため息を吐く。
金色の炎が辺りに溢れだし、さらに観客の歓声が上がる。見るだけならきれいな炎なのだ。
『ふぇー! イリティス助けてー! うむむっ』
しかし、凶器にもなる炎だった。小鳥を捕まえると、喋れないようにクチバシを押さえ込む。
「あなたがいけないのよ、シャンルーン」
二人の勝負を邪魔するから、と呆れたように言う。さすがに庇うことはできない。
腕の中ではピンク色の獣が頷く。本心ではいい加減学習しろ、と思っていた。
『それにしても、いつまで続けるんだろね』
「どちらかの剣が弾かれるまで、じゃないかしら」
目の前で繰り広げられる剣技の応酬。終わりが見えない戦いに、飽きもせず見ている観客達。
他に娯楽がある場所じゃないため、すぐさま集まって来てしまうのだ。情報が広がるのもあっという間だった。
「前回はどうだったかしら」
『夕暮れ前までやって、シオンが負けた』
「じゃあ、今回は夕暮れまでやるわね」
負けず嫌いなんだから、と呟けばピンク色の獣も頷く。
どれだけ長く生きても変わらないものがある。変わらずにいられるのだから、悪くはないと思う。
空が茜色に染まり出した頃、金属音を鳴らして剣が弾かれた。
戦っていた二人の荒い呼吸。それすらを掻き消すほどの歓声が辺りを包む。
「今日はこのまま祭りだー!」
「久々に夜が来るぞー!」
「星見祭りと行こうぜ!」
住民達が暗くなる空を見ながら、そのまま騒ぎ出す。
それを見ながらエルフの女性は赤髪の青年へ近寄る。
「お疲れさま、シオン」
「…ハァ。簡単に勝たせてくれなくなったよなぁ」
疲れきった姿に、エルフの女性がクスクスと笑う。
「諦めなさい。フォーランには勝てなかったんだから」
こうなる運命だったのよ、と言われてしまえば言葉に詰まる。自分でもわかっていたことだから。
現状は、なんとか経験で対抗しているに過ぎない。互いの動きがわかっているから、なんとか勝つことができるのだ。
反対側ではセイレーンの少女が、一見エルフに見える青年に寄り添っている。
さすがに長時間も打ち合った腕は限界らしい。疲れきった青年の腕を確認するよう、少女は診ているようだ。
「アクア、どう?」
「大丈夫だよ。多少痺れてるみたいだけど」
実力の違いではなく、二人が持つ女神の力の問題。こればかりは仕方ないことで、わかった上で二人はやっているのだ。
『まったくよ、昔となんにも変わらねぇな。どんだけやるんだよ』
呆れたように水色の獣が言えば、セイレーンの少女が頭を乱暴に撫でる。
『なにしやがる!』
「ヴェガには今日のご飯あげないからねー」
『ちょっ、そりゃねぇだろ!』
「作るのは私なんだけど」
水色の獣とセイレーンの少女が話す姿を見ながら、エルフの女性がため息を吐いた。
赤髪の青年が一度汗を流しに戻ろうと言えば、三人は同意するように頷く。
このまま祭り状態になった街。当然ながら四人も混ざるつもりなのだ。なにせ久しぶりに見た夜空なのだから、室内にこもっているなどもったいない。
「あっ…」
「どうした?」
急に空を見上げたセイレーンの少女に、一見エルフに見える青年が呼び掛ける。
「リオンの力を感じる…」
「うん。月神の星が現れた…」
赤髪の青年が言えば、セイレーンの少女は頷く。二人は同じものを感じ取ったのだ。
「リオンが…」
「ついに、戻ってきたか…」
エルフの女性と一見エルフに見える青年が微かに笑みを浮かべる。
長い時を待ち続けた。戻ってくることを信じる太陽神の傍らで。そして、その日々が終わりを告げた瞬間でもあった。
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