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「あ、そう言えば……。D棟の掲示板に、変なチラシが貼ってあったんですよ」

 彼女は更衣室に戻り、私服からスマホを取り出した。写真のアプリをタッチして、先輩たちの前に見せる。

「『ファンタジー職業人、お貸しします!』……って書いてあるわね」

 八条が文面を読み上げると、米倉が「あっ!」と声を上げた。

「この絵、『幽玄の巫女』の犬掛いぬかけじゃん!」

 それを聞いた鷺宮さぎのみやは、「やっぱり」と思った。『幽玄の巫女』は、最近ヒットした深夜帯のアニメのことだ。彼女はアニメに疎いので詳しいことは分からないが、どうやらそれを利用した架空の宣伝らしい。

「面白いですよね、これ。漫研が作ったエイプリルフールのネタですかね?」

 ……しかし、米倉は首を捻って微妙な顔をした。

「うーん……。佐宗神社って、うちの近くにある神社のことかも」

「えっ? 『幽玄の巫女』とか何とかに出てくる神社じゃないんですか?」

「うん。そもそも、『幽玄の巫女』の聖地は千葉じゃないし。何か、変にリアルな情報が書かれてるね、このチラシ」

 千葉県から通学している米倉が言うのだから、本当のことなのだろう。てっきり偽の情報が書かれているとばかり思っていた鷺宮さぎのみやは、驚いて目を丸くした。

「『ファンタジー職業人』っていうのも、何のことだか分からないし……。そもそも、『幽玄の巫女』は異世界系のアニメじゃないしなぁ……」

 米倉が必死に考えている中、大井と八条は嬉しそうに話し始めた。「あなたのお悩みを、ファンタジー職業人が解決します!」という部分に、非常に興味を持ったようだ。

「八条。我が弓道部は、今まさに悩みを抱えていると思わないか?」

「本当ね、大井ちゃん。この巫女服の女の子が、私たちの悩みを解決してくれるかもしれないわ」

 それを聞いた鷺宮さぎのみやは、気の抜けたような表情を浮かべた。まさか本当に、このようなサービスが存在していると思っているのだろうか。

「部長も八条先輩も、真に受けてませんよね? こんなの、冗談に決まってるじゃないですか」

「いや、それはどうかな。私は、行ってみるまで分からないと思うが」 「巫女ちゃんが相談に乗ってくれるなんて、夢があっていいわー」

 ……そうだった。弓道部の三年生は、みんなノリが良いのだ。その筆頭が、未だに厨二病が抜けきらない、部長の大井だ。

「米倉! この神社、おまえの家の近所なんだな?」

「あ、うん。そうだけど」


 ――その途端、大井の目がキラリと輝いた。

「なら、話は早い! 米倉、明日この神社に行って、弓道部の悩みを相談してこい!」

 米倉は目をパチパチとさせたが、「分かった」と言って更衣室へと消えた。スマホに予定を書き込むのだろう。

「ぶ、部長!? 本気ですか!?」

「運よく、明日は土曜日だ。さらに運よく、佐宗神社は米倉の家の近所にある。……この機会、逃す手はないだろう!?」

 ビシッとポーズを決めた彼女は、ニンマリした笑顔を鷺宮さぎのみやに向けた。

鷺宮さぎのみや。おまえも米倉と一緒に行ってこい! チラシを見つけたのはおまえだからな!」

「えーーっ!?」

 突然の巻き込まれに、鷺宮さぎのみやは思わず大声を出した。部活のない明日は、家で一日中ゴロゴロすると決め込んでいたのに……。

「どんな結果になるのか、楽しみねー」

 目を細めてニコニコと微笑む八条。ありえないような出来事が、まさに今、動き出そうとしていた。

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