スライム

「うおっ、汚ねっ」

リザードマンは泥だらけで汚れていた。

「それに何か変な匂いがするし…」

独特のツーンとした臭いがあたりに漂う。よく見ると、リザードマンの足元には変なデカい虫の死骸が転がっている。

「わっ、まじかよ。キメェ〜」

虫は別に苦手じゃないけど、今まで見た事の無い異世界の虫は流石に不気味だ。

「よ〜し、とりあえず体洗いましょうねぇ〜。…重っ!」

池まで運んでリザードマンを洗おうとするも、全然持ち上がらない。

…俺より重いってことはないか。 

「ちょっとサイジャ君。手伝ってくれ〜」

俺は奥の部屋でまだ寝ているサイジャ君に呼び掛ける。ゴブリンの力なら余裕で運べるだろう。

「ん?アニキとうしたんだぁ…うおっ」

サイジャ君はリザードマンを見てちょっと面食らっている。

「この子運ぶの手伝ってくれるかい?」

「あー、わかったわかった」

サイジャ君はリザードマンに近づき、ひょいっと簡単に持ち上げてしまう。

「とりあえず明るい所に運ばないとな」

そしてそのまま外に出て、庭の一番日当たりの良い所に置いた。

「ん?何してんの?」

「まぁ半分変温動物だから温めないとな」

「へぇ〜、でこの子はなんて名前なの?」

サイジャ君は俺の質問に少し呆然とした様に口を開けて驚く。

「さぁ、知らねぇけど」

「え?この子ってナタージャさんのペットじないの?」

「あ、アニキィッ。何か変な勘違いしてねぇか?」

「え?」

「…初めまして…」

「っ!?」 

足元のリザードマンから人の声が聞こえる。ど、どういう事だ!?

「あ…だんだん体も…動かせるように…なってきました…」

リザードマンの体はビクビクと痙攣して動こうとする。…恐いっす。

「も、もしかして喋れるんですか?」

「…はい…重いのに…運んで貰って…すいません…」

「いや、別に軽かったけど、何でそんなこと気にしてんだ?」

「…」

サイジャ君の言葉を聞き、全身から冷や汗が出る。これは別にデブ特有の汗っかきではない。

「すいませんでしたっ!」

俺は額が地面にめり込む勢いで土下座する。

「うぉっ、急にどうしたっ!」

「キモいとか臭いとか言ったのは虫に対してでっ!」

「…いいんです…私が…悪いてすから…」 

「何なんだよ二人とも…」

それからリザードマンが動けるようなるまで30分くらい待機した。

         ┋

         ┋

         ┋

「で、リザードマンが何の用だよ」

「私、ポゴナ村出身のヴァニスと申します。…実は最近ポゴナ村付近に変な勇者が現れるようになって」

「え、勇者?へぇ〜」

やっぱ異世界にはいるんだ、そういう奴。

「条約ができてから、勇者はめっきり減ったと思ったんですが」

「まぁ、俺らも人間を襲わなくなったしな」

「それで、そいつらが村の住人を脅したりして周ってるので、退治して欲しいんです。…ユリジャさんを頼って来たんですが」

「ちっ、おばばへの頼みか…、そりゃ断われねぇな」

あ、おばばさんって、ユリジャって名前なんだ。

「まぁまぁ任せな。家にはなんてってアニキがいるしな」

そう言って、サイジャ君は不意に俺の方をみた。

「えっ!僕っ!?」

「確かに…まさにゴブリンの長といった風貌ですね。是非お願いします!」

「よっしゃ!これであと十年はニート生活ができるぜ」

何か勝手に話が進んでないか?

…まぁ俺もおばばさんにはお世話になってるからいいけど。

「わかったよ。でも、荷造りとか…」

「あ、テントとか食料は私が用意してますんで」

「え?食料って…」

「これです」

ヴァニスさんはさも当然の様に懐からデカい虫を取り出す。…まぁ、予想はしてたけどさ。

「食料は現地調達すりゃいーって、俺に任せなっ!」

まじかぁ。それで足りるかなぁ?

俺、一応モンスター級のデブだぞ。

「よっしゃ、さっそくポゴナ村へ案内してくれ!」

「はい、わかりました!」

二人はトントン拍子で話を進めていってるが、せめて強そうな武器を用意するとかないのか…?

そんな俺の心配とは裏腹に、二人はとっくに家を飛び出していた。

         ┋

         ┋

         ┋

その後俺は村の人達に事情を話し、笑顔で送り出して貰い、サイジャ君とヴァニスさんと3人で森の深い所まで来ていた。

まぁ、どうやって移動してるかというと…。

「どわあぁぁあっ!み、右ですっ、その道を右ですっ!」

「右だっ、右へ行けベロッ!」

「グワアァァアッ!…ア?」

だがベロは右へは行かず左に突進した。

「だーから右だって!」

サイジャ君がベロの首の一つを無理矢理右に曲げる。

しかしそれを切欠にバランスを崩し、盛大に転び、俺達は投げ出された。

「うわああっ!」

俺は宙に浮き、かなりの高さまで飛ばされる。

(やべ…死ぬ…)

そのまま落下したら俺の体重じゃ大怪我するだろう…と思ったら、着地するときに何かやわらかい物体に当たった。

「…あれ?」

お尻をさすりながら周囲を確認する。サイジャ君とヴァニスさんは体のどこかを打ったのか、痛そうに体をさすっていた。

俺だけ運が良かったのか…?

「ひぇっ!?」

二人の所に歩こうとした時、足に一瞬冷んやりとした感触がする。

振り向くと、俺の真後ろにねちょねちょとした液状の生物が蠢いていた。

「こ、これってスライムか?」

な、なんだ。スライムか…。

スライムだったら雑魚キャ

「キシャアアアー!」

「ぎゃあああーっ!」

スライムは突然俺に襲いかかり、体に巻きついてきた。

「ぐっ、おおうぷっ」

そしてどくどくと俺の何かを吸い出していく。

「うぅ」

そのまましばらく吸い出し続けると、スライムは満足したように去って行った。

「大丈夫ですかっ!?」

ヴァニスさんが遠くから呼び掛けてくれる。しかし俺は倦怠感で動けない。

「大丈夫かアニ…って何じゃコリャー!!」

サイジャ君が俺の顔を見て悲鳴に近い叫び声を上げる。…俺ってそんなにひどい目にあってるのか…。

皆を心配させないために何とか立ち上がらないと…。

しかし何だか妙に体が軽いな、いつも感じてる動きにくさが無いというか…。

「え?あれ?嘘」

立ち上がる途中で、自分の腕が異様に細くなっているのに気づく。

そのまま自分の顔に手を当て、撫で回してみると、いつもの脂肪の感触が無い。

「も、もしや…痩せてるっ!」

夢にまで見たダイエットが一瞬で完遂してしまった…!

「ひゃっほーい!」

「くそっ、アニキをこんなみすぼらしい姿に変えやがって、スライムめ!」

悔しがるサイジャ君を余所に、俺は嬉しさのあまり思わず走り出してしまう。

こんなに体が自由に動くのはいつ以来だろう…!

「あ、あれ…?」

急に体がガクッと揺れて地面に倒れる。何だか吐き気もしてきた…。

「大丈夫ですかっ?」

ヴァニスさんが慌てて駆け寄って、俺を抱き起こしてくれた。

「おぇっ…」

「スライムにやられたんですね。待ってて下さい。今ポーションを出しますから」

ヴァニスさんはそう言って腰のベルトポーチから緑色の液状が入ったガラス瓶を取り出し、俺の口に流し込んだ。

味はしないが、薬草だろうか。爽やかな匂いが口の中に広がって安らぎを与えてくれる。

その安らぎは、液体を飲むにつれて全身に広がっていき、体のダルさは解消されていく。

「ほああ…」

そしてボンっ!という音と共に俺の体は元のデブ体型に戻った。

「何でだよっ!」

「まぁポーションってそういうものですし」

「それでこそアニキだぜっ!」


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