貪欲

「あの人と話しても何にも面白くないから何かと理由を付けて途中で切り上げたわ。

寧ろ話し続けていると余計苛々してくるだけよ。」


そう思いやりの欠片もない言い草で尾上の事を言い捨てたが、その数秒後に儚げな表情を見せた。


「まぁ、でも…そうは言ってるけど、あの人には本当に感謝してるわ。

私が今こうやって『石金の美月』として青原支部にいられるのも、私をマンツーマンで一生懸命鍛えてくれた支部長のおかげだもの。

私の底に眠る潜在能力を見出したのも支部長よ。

だから、あの人の人を見る目ってのは素晴らしいと思うわ。

今日のこの出張のメンバー編成だって昇太郎の中に光るものを見出したから、あえて鶴田さんを残してあなたを出張に行かせたのでしょうね。

私の方が昇太郎といる時間が多いのに、あの人はあなたを一目見ただけで全てを理解したんだから本当に凄いと思うわ。

そこは認めざるを得ないわね。」


昇太郎は美月の尾上との思い出話を聞くうちに段々とその表情は曇っていった。


そして、美月から貰ったミルクティーの缶を強く握り締める。


「美月さん。」


「何?」


美月から返事が返ってくると昇太郎はその顔を上げた。


昇太郎が浮かべた表情には悲しみの色があった。


その顔を見た美月は戸惑った表情を見せ、思わず心配そうに声をかけた。


「あの…どうしたの?

何かあった?」


(やっぱり、長い付き合いだとか、俺よりも仲が深いだとか、そんな事で引き下がりたくない!

何があろうと俺は欲張りを通すぞ!)


「美月さん、あの時は俺、有耶無耶で芯の通ってない、はっきりしない感じで答えちゃいましたけど、俺はやっぱり美月さんと恋人同士がやる事したいです!」


(これでいい!

これでいいんだ、俺!

数少ないチャンスを放り投げるとまたいつ来るか分からないから手に出来るのなら今ここで手にしちまえばいい!)


「………!」


当の美月は非常に食い気味の昇太郎の迫り具合に顔を赤くして驚いていたが、やがて目を逸らし顔を俯かせた。


それを目の前で目の当たりにした昇太郎は途端に考えが180度反転した。


「すみません、何度も撤回するようですが今のなしでお願いします!

やっぱりその行為をやるにしても一般的な恋愛のように段階を踏まなきゃいけないのでその段階をすっ飛ばして、いきなりやってしまうのは正しいやり方ではない気がするのでなしでお願いします!

ですので全部忘れて下さい!」


一通り謝罪の言葉を並べたが、それでも美月の顔が上がる事がない事を見た昇太郎は頭を抱えて座り込んだ。


そんな事をしてる間に隣の美月は徐に立ち上がり、昇太郎の前に立つと自身の右手を昇太郎の額に触れさせる。


その温かくしっとりとした手が触れると昇太郎は途端に黙り始める。


「顔を上げて。」


言われるがまま操り人形のように昇太郎は顔を上げる。


昇太郎が顔を上げるのを確認すると額に触れている右手をそのまま下の方にゆっくりとスライドし、それが目を覆い隠すとそこで動きは止まった。


「少し目隠しするけど我慢してて。」


その言葉を聞くなり、昇太郎は従順な赤子のように首を縦に動かし頷いた。


それを確認すると美月はゆっくりと昇太郎の顔に自身の顔を近づけ、それと同時に左手を昇太郎の右肩に乗せて、自身の唇を昇太郎の右頬に触れさせた。


約3秒程、その体勢は続いていた。


3秒が過ぎると美月はゆっくりと昇太郎から離れる。


視界が塞がり暫く暗闇の状態が続いていた為、視界をはっきりさせようと瞳孔が外の明かり取り込もうとしていた。


瞳孔が外の明かりを取り込み視界が徐々にはっきりしていく中、一番最初に目に飛び込んだのは顔を赤らめて昇太郎を見つめる美月だった。

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