コツの体得

この静寂を何かで打ち破れないかと美月は周りを見回すと目の前に置かれた料理が見えた。


美月はそさくさと箸を取り、丼を持ちながら昇太郎に声をかけた。


「とりあえず、ご飯を食べましょう?」


「そ、そうですね。

冷めちゃう前に食べましょう。」


昇太郎もそさくさとした動作で箸を取り、それを丼に入れて、ご飯を口に運んだ。


その後は暫く、お互いに沈黙の空気が流れ出し、黙々と自身が頼んだ料理を食べていた。


最初に食べ始めた時はぎこちない態度だったが、それも段々落ち着きを取り戻し、料理の美味しさに魅せられ、お互いに普段食べている雰囲気で食べていた。


やがて、昇太郎の方から極めて自然な雰囲気で言葉が出てきた。


「何か…こんなに、ただ黙ったまま料理を食べているだけなのに凄く…嬉しいです。」


急に口を開いた昇太郎に美月は一瞬驚いたが、内容を聞くと手に持った箸を手元にある箸置きに置いた。


「私も嬉しいわ。

さっきまで恥ずかしすぎて昇太郎の顔を直視出来なかったけど、それでも帰りたいとは思わない。

黙ったままでも、もっと一緒にいたいと思う。

こういう事がしたくて昇太郎と交際したんだなって改めて実感したわ。」


「そ…そうなんですね。

言い方、凄くダイレクトですね。

じゃあ、という事はつまり、俺ともっと一緒にいたいって事ですか?」


「………!」


昇太郎の恥ずかしさを煽るような発言を聞き、美月は一瞬にして茹で蛸のような赤面になった。


そして、顔を俯かせ丼を持ち無言で料理を食べ始めた。


「あれ、美月さん?

どうして、無視するんですか!?

美月さん、美月さん!?」


その後は料理を食べ終わり、会計を済ませ、店を出るまで美月は一切口を聞かず、昇太郎は怒った彼女に縋る鬱陶しい女々しすぎる男のような態度で美月に声をかけていた---


青原支部内廊下、昇太郎は書類を片手で抱えながら事務室に向かっていた。


道中、たまたま美月とばったり遭遇したが、美月本人は極めて普段通りの態度で挨拶をした。


「おはようございます、獅子谷さん。」


「おはようございます、竜胆先輩。」


「その書類は今日のノルマですか?」


「いいえ、これは追加分です。」


「そう。

という事は今日のノルマはやり切ったという事ね。

やるじゃない。

それでは、その追加分もその調子で頑張ってやり切って下さい。

私はこれで失礼するわね。」


「はい、お疲れ様です。」


美月は必要な事だけを簡潔に話し、極めて自然にその場を後にした。


昇太郎はその後ろ姿に軽く頭を下げ、暫く彼女を見つめ続けた。


(昨日の今日でもうコツを掴んだのか?

流石は斬り込み隊隊長だ。

凄く颯爽としていて格好良いです。)


だが、昇太郎に背中を見せ歩き続けていた美月は突然足を止めた。


そして、徐にこちらを振り返り、得意げな顔をしてみせた。


それを見た昇太郎は思わずときめき、すぐに顔を逸らして爪先を事務室の方面に向けた。


(さ、さて…いつまでもここでサボってたらまた鶴田先輩にどやされるし、早く追加分を片付けよう。)


昇太郎は足早に事務室の方へ足を運んでいった。


(昇太郎のアドバイスの通りにやったら何の疚しい感情も抱かずに普段通りに話しかけられたわ。

やった!

あの後、家でスマホで検索した男性の画像を相手に5時間みっちり練習した甲斐があったわ!

見たか、昇太郎!

これが石金の美月の実力というものよ!

今の私だったら何だって出来そう!

どんな無理難題何でもきなさい!)


そう、心の中で自信過剰の美月が興奮していると突然、美月の携帯電話が鳴った。


「あら、誰かしら?」


スマホの呼び出し画面を覗くと画面には青原支部支部長である尾上おのえ支部長の名前があった。


「支部長からだわ。

何か仕事かしら?

丁度いいわ。

今だったら何でも出来そうだから、凄く難しい仕事でも振ってくれないかしら。」


期待に胸を膨らませ、美月は尾上の電話に出た。


「はい、もしもし、竜胆です。」


「お疲れ様、竜胆君。

今ちょっと大丈夫かな?」


「もしかして、仕事ですか?」


「おっ、察しがいいね、竜胆君。

正にその通りだ。」


「内容はどんなものですか?」


(やったわ、仕事ね!

よぉし、妖魔の大量退治でもパトロール管轄域を広げて更に多くの市民を守る仕事でも何でもきなさい!)


美月は今にも口から飛び出しそうな興奮を必死に身体の中に留め、尾上の次の言葉を待った。


だが、尾上の依頼した仕事の内容は美月に衝撃を走らせる程の驚くべき内容だった。


「おっ、やる気十分だね。

結構結構。

それじゃあ単刀直入に言うと獅子谷くんと2人で妖魔退治をやってほしい。」

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