入浴

「かなり上手なのね。

ちょっとした簡単な料理でも凄く美味しく感じたわ。」


「付け焼き刃な作りでしたけど、一般家庭向けな味には仕上がりましたね。

今度は時間を見つけて、もっとしっかりと教えます。」


「そ、そうね…。

その時はお願い。

料理についてはもう少し頑張らなきゃならないわ。」


何とかしてあるものを使って間に合わせ程度の肉じゃがを作った2人。


味はもう少し改善出来たが、時間がないので最低限口にする事が出来るくらいに仕上げた。


このくらいの料理なら、昇太郎は1時間もあれば出来るが、今回は美月に教えながらの為、1時間30分かかったようだ。


だとしても付け焼き刃程度の教えなのでみっちりと教えるとこの程度の時間では済まないような気さえしてくる。


兎にも角にも、腹が膨れた所で美月は突然立ち上がった。


「どうしたんですか?

後片付けですか?

慣れない事をやって疲れてると思うので今回は俺も手伝いましょうか?」


「違うわ。

それもそうだけど、それは後でやるつもりよ。

次はお風呂に入るの。」


「えっ…?」


唐突な突拍子もない美月の発言に昇太郎は意識だけ取り残され、口が先に開いた---


獅子谷自宅の風呂場。


そこで今夜、何やらただならぬ事が行われようとしていた。


風呂椅子に座っているのは大事なところをタオルで隠してる昇太郎。


昇太郎は先程美月が言っていた台詞を頭の中で自動的に何度も何度も反芻していた。


(何か…その場の流れで裸になって風呂場にいるけど、この家に入る前に先輩、風呂に一緒に入るとか何も言ってなかったよな!?

俺の家に上がって掃除とか料理とか2人での会話とか、そこまではまだ我慢出来たさ。

だが、食事後の「お風呂に入るの」って何だ?

もう、それは看過出来ないぞ!

交際したての初々しい俺らひよこ彼氏彼女がやっていい事じゃない!)


頭を抱えながら左足で貧乏揺すりをしていると唐突に脱衣所から声が響く。


「入るわよ、昇太郎。」


(えっ?

ちょっと待って!)


「先輩待って!

まだ心の準備が…!」


このままでは美月の裸を見る事になる昇太郎は負い目を感じ、反射的に身体が動いた。


そして、立ち上がって引き戸に手をかけようとするが時既に遅く、その戸は外側にいる美月によって開け放たれた。


だが、引き戸の向こうにいる美月の身体は彼が思っていたよりも違っていた。


(へっ?

み…水着?

しかもスクール水着?)


彼女はスクール水着を着て引き戸を開けたようだ。


その為、今の彼女の表情には恥ずかしさなど微塵も感じないように見える。


それだからか、先程までの昇太郎の焦燥感に駆られた表情を見て美月はピンと来てないような顔をしていた。


「どうしたの、昇太郎?

何か今、凄く焦ったような顔してたけど…。

戸の前にいるって事は何か脱衣所に忘れ物でもした?」


「いえ、何でもないです。

ごく自然に身体が動いただけです。」


(そうかぁ。

そりゃあ、そうだよな。

出会って間もない一般隊員に柔肌を素直にそのまま全て見せる上司がどこにいるんだよ。

見せ方だよ、見せ方。

これが正しいやり方だ。

何を俺は1人で勘違いしてんだ。)


「えっ…そうなの?

まぁいいわ。

それよりも早速洗いましょう。

まずは頭からよ。

シャワー借りるわね。」


美月は壁にかけてあるシャワーを手に取る。


「頭にかけるわね。」


「はい…。」


昇太郎の黒い髪が満遍なく濡れるようにシャワーを浴びせる。


一通りやり終えるとシャワーを一旦止め、壁に再びかける。


そしてカウンターにあるシャンプーをワンプッシュして中の液体を取り出す。


「泡立つから目に入らないようにちゃんと目を瞑ってね。」


「はい…。」


ゴシゴシと指の腹で擦る。


そうする事で昇太郎の頭はいつの間にかシャンプーでモコモコになり、さながらアフロヘアのようだった。


「他に痒い所はないかしら?」


「大丈夫です。」


美容師のような聞き方で最後シャンプーを終わらせ、壁にかけてあるシャワーを取り、泡を流していく。


(気まずい!

こんな空気、マジで苦手だ…。

な、何か…何か会話はないか?

と言っても何も思い浮かばないんだが…。

くそぉ…このまま時が過ぎるのを待つしかないか…。)


「そしたら、次は身体を洗うわ。」


「はい…。」


そう言うと美月は壁にかけてある垢擦りタオルを取り出し、それを濡らしてカウンターにあるボディソープをかけて泡立てていく。


十分泡立てたところで美月は昇太郎の両手と背中を洗っていく。


擦り加減も特に問題なく、会話もないまま洗身はとんとん拍子に進んだ。


ところが胴体を洗おうとした時、それは起こった。


「そしたら、今度は胸からお腹にかけてを洗うわね。」


「はい。」


昇太郎の了承を得た美月は立ち上がり、昇太郎の正面に回り込もうとする。


だが、回り込む為には自身が収まるだけのスペースがなかった。


(そこに行く為のスペースがないわね。

かといって、昇太郎をこっちに向かせるのも何か面倒そうだし…。

いいわ、後ろから手だけ回り込ませてやっちゃいましょう。)


対策を練った美月は置いてあったもう1つの風呂椅子を手繰り寄せ、それに座り、美月は昇太郎の背中に自身の身体を思いっきり密着させた。


(いっいぃぃ!)


その瞬間、昇太郎の背中には水着越しからも分かる柔らかな肌の感触が背中を通して全身に染み渡るように伝わった。

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