二章 幸せな子供
人形主人の一冬 1
ある日の目覚め。五度目の目覚まし時計が鳴って、早く起きなければまずいと思った時間帯、焦って目を開いた
綺麗な顔立ちと、ふんわりとした優しい笑み。けれどその瞳に宿しているのは、久遠の罪の証である、灰の斑模様。
美しい少女は、その設計依頼者の理想通りの姿で、久遠のせいで理想からは外れてしまった色相を浮かべながら、たおやかな笑みを浮かべる。
「あー、
その姿は、その恰好もあって、どこか大和撫子のようにさえ見えた。ただしその笑みを浮かべえている場所が主人の寝ている腹の上でなかったら。
「あら、旦那様。本日はいつもよりも若干遅い目覚めですね」
少女は、そうしているのがまるで当然かのように座る。腸の詰まった場所を圧迫する、柔らかくて温かく、少し重い感触。
その感触を感じながら、久遠は一端冷静になる。本来であれば何かに突き動かされて、おおよそ理性的とは言えない行動をとっていてもおかしくはない久遠ではあるが、相手が彬奈に限って言えば、その理性の強度はそれなりに信頼できるものであった。
理性的では無い行動が取れないことがわかっているからこそ、その理性は強かった。
「ああ。いつもよりも遅いんだ。だから早く降りて貰えると嬉しい」
「彬奈としたことが、すっかり失念してしまいました……いま避けますね」
一瞬首を傾げた彬奈は、ようやく得心がいったと頷き、返事をして久遠の上から降りる。
「ありがとう。ところで、どうして今日はこんなことを突然し出したのか聞いてもいいかな?」
これまでされたことのなかった奇行に対して、久遠が問う。聞かれた彬奈は、降りるときについたほこりを払い、楚々とした笑みを浮かべる。
「先日お話しした通り、彬奈は旦那様が健やかに、ストレスなく生活できるように努めます。今回のことはその一環として、どのように起こすのが旦那様にとって最もストレスなく目覚められるのかの検証のために行いました」
具体的な行動は旦那様の過去の検索履歴の中から好みを分析して選びました、と、彬奈は迷いなく言う。
「旦那様のお好みでなければ変えますし、このように分析されることがお嫌でしたら止めます。ただ、好みでしたり、お嫌でなければそう言ってもらえると嬉しいです」
彬奈の、久遠の好みの娘になろうとしている行動の一環。それ自体に、久遠は申し訳なさというか、罪悪感を覚えてたのだが、やめろと言ったら、今度こそ取り返しのつかないことになってしまいそうだから、なにも言えなかった。
彬奈のことをアンドロイドとして捉えていた久遠と、人のように幸せにしようとしていた彬奈。彬奈のことを人間と同じように見てしまっている久遠と、道具として久遠に最適化しようと努める彬奈。
組み合わせが異なれば、完璧だった。どちらかが変わらなければ、何も問題はなかった。
けれど、両方が反省して、悔いて、変わってしまったがために、変わる前の相手に気を使って合わせようとしているがために、このすれ違いはまだまだ続くことになる。
「ところで旦那様、この時間にお話をしてしまっては、お仕事に遅れてしまうのではないでしょうか?」
少女に馬乗りになられた状態で起こされるというシチュエーション自体は思春期の頃から確かにあこがれがあったせいで、何も言えなくなっていた久遠に対して、彬奈は時という概念を思い出させる。
久遠が時計を見ると、すでに最後の目覚ましが鳴る五分前。目覚ましを止めてからむずかっていたいたのと、この流れだけで、かなり急がないと電車に間に合わない時間になっていた。
「うわっ、とりあえず歯磨きしてくる!!」
焦った久遠は彬奈の前を走り去って洗面所に向かう。おいて行かれた彬奈は少し寂しく思いもしたが、同時にせわしない様子を微笑ましくも思った。
くすくす、と彬奈は笑う。笑顔を浮かべるだけではなく、その感情を外部に出力したくなったから。久遠との朝のやり取りが、うれしくて仕方がなかったから。
「とりあえず、ご飯を温め直す時間はなさそうですね。むしろ、少し冷めているから早く食べるのにいいかもしれません」
作った食事が、出来立てのうちに食べてもらえなかったことを少しだけ悲しく思いつつ、それ以上に得られるものがあった人工知能は、自らのうちに潜む異常から、今日も目を逸らしつつ、幸せな日常を謳歌する。
そのことがどんな影響を与えることになるのかは、今の彬奈は知らない。そんなことになっていること自体を、久遠は知らない。
何か異変があればすぐに知らせるようにと命令したはずのアンドロイドが、それに背いて隠し事をしているなんて、思いもしない。
だから、この日までも、そしてこの朝も、平穏な日常は続いていた。そして、それが不利益を被ることになるその時まで、この平穏は続くことになる。
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予想以上に課題溜まってたので時間がかかるかもしれません。
怠惰から脱却せよ(自戒)
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