優しい時間は心を癒す 4

 その後、負け惜しみかと思われた久遠の言葉通り、一対一の駆け引きが勝敗を分けるメインの要因になるものを除いて、久遠は先ほどまで手を抜いていたんじゃないかと疑いをもってしまうほど、まともにトランプゲームをしていた。


 久遠はもともと、特段トランプが苦手なわけではない。一部のゲーム、対面で、かつ一対一で表情を読み合うものこそ適性が低かったが、他のジャンルに関しては、その分をカバーするかのように適性が高い。



 つまり、どういうことか。



 久遠は、先ほどまでババ抜きでぼろ負けしていた彬奈を相手に、彬奈が同様程度と算出したレベルを相手に、久遠は完全勝利を決めていた。ポーカー、ブラックジャック、神経衰弱。


 彬奈のデータバンクから得られる情報的にも、総評として平均以上の実力はある。


 そうして遊んでいた結果、久遠は当初の想定よりも勝ちが多い状態で、彬奈が予測していた、対等の相手よりもずいぶんと結果が偏った状態で、終わる。



「旦那様、最初にババ抜きで負けられたのは、ひょっとしてわざとだったのですか?」


 彬奈が、あまりにもあんまりな結果を前に、思わず尋ねる。そう言いたくなるのもしょうがないほど、久遠の後半の追い上げは著しいものだった。


「いや、わざとではないよ。何なら、分析しながらババ抜きをやればわかると思うけど、俺は昔から、ババ抜きだけはどうにも苦手なんだ。これだけは、何回練習したところで、できるようになる気がしない」


「だから、苦手なババ抜きで彬奈の認識を狂わせる兼、本当に彬奈が真剣に、忖度なくゲームをしてくれるか確認したんだよ」


 その結果は、久遠が思い描いていた通り。彬奈は完全に判断基準を狂わせられて、それでも後から調整して演出に走らないこと、久遠の意思を尊重してくれていいることがわかった。


「彬奈を試していらっしゃったのですか……?旦那様、ひどいです。そんなことをせずとも、彬奈の心は旦那様に仕えるためにあるといいますのに」


 彬奈が、少しとはいえ拗ねを前面に出しながら、そんなことを言う。


 その姿を、かわいいと思うとともに、久遠は少し申し訳ない気持ちになって焦った。


「ごめんね、ただ、どうせなら一切疑いがない状態で気持ちよく遊びたかったからさ」


 久遠は言い訳するかのように言葉を重ねる。実際に行動に移してしまった以上、何を言っても言い訳にしか聞こえない可能性を考えて、少し行動を間違えたと反省しながら、このせいで信頼関係を失うことになったらどうしようとおびえながら。



「……そんなに慌てなくても、旦那様に悪意がなかったことくらい、その様子を見ればすぐにわかりますよ。それに、信用を得られていないのは、これまでの彬奈の行動のせいでもあります。彬奈は気にしていないので、旦那様もあまり気になさらないでください」


 その口調や、表情を見る限り、彬奈はその言葉を本心から言っているように見えた。そのことに久遠はほっと胸をなでおろす。



「旦那様、そんなことよりです。旦那様がお目覚めになったのが十時過ぎで、それからお昼寝から目覚めたのが十二時くらい、その後、三時間近くトランプをやっていたので、今はもう三時過ぎになります」


「そろそろ、小腹がすいてくる頃ではないでしょうか」


 彬奈に言われてみると、久遠は自分が空腹なような気がした。


「この後、彬奈から旦那様に示せる選択肢は二つあります。空腹を我慢できずに軽食を食べてしまうか、晩のごちそうをより楽しむために今は我慢をするかです」


 どちらを選ぼうと、すぐに対応できるように食材は用意できていると彬奈は続ける。



 彬奈のこれまでの言動から考えれば、行動を決めている中で、昼食を抜いて考えているということは、少し想像しずらい。むしろ、これまでの彬奈であれば多少忙しくてもどうにかして昼食時間を確保しろとお小言を言ってきていた。


 そのことから考えれば、今日の予定を立てていたのが以前の久遠だということを加味すれば、今彬奈の言っていた軽食というのは、本来昼食として用意されていたものだろう。


 以前ならともかく、彬奈の気持ちを知って、彬奈に対して一種の好意を抱くようになってしまった久遠は、その思いやりを無視できない。



 今の彬奈が、昼食を抜かすことを許容したとしても、久遠はそれを受け入れてはいけないと思った。


「それなら、今かなりお腹が空いちゃっているから、軽食をいただこうかな。もちろん、彬奈がどうしてもお勧めしないっていうんだったら考え直すけど」


 久遠は軽食を食べることを選ぶ。それを聞いた彬奈は、ちゃんと晩御飯を食べるんですよといいつつもどこか機嫌のよさそうな空気を醸しながら、割烹着一枚のままキッチンへ向かい、なにかを用意する。



「お待たせしました、お蕎麦です。ワサビはお好みでどうぞ」


 目の前に出されたのは、納豆と温泉卵がのっていたら、某和食チェーンのものとまるっきり同じといえるねばねば蕎麦。


 少し待っていると、彬奈が持ってきたものは、トロロとオクラとメカブに細切りのたくあんとノリがまぶされた、蕎麦の丼。


 多少季節が外れている気もするが、スルッと食べられて食物繊維もそれなりに取れる、久遠の好みのメニューだ。



「ごちそうさま。おいしかったよ、ありがとう」


 十分もかからずに、久遠は蕎麦を食べ終える。食べ終えて、作ってくれたことにお礼を言う。


「お粗末様でした。ご満足いただけたのなら幸いです」


 彬奈は久遠の食べ終えた皿を回収し、そこまでこびりつくものがないこともあってふやかすことなくすぐに洗ってしまう。


「旦那様、次はどういたしますか?ご希望でしたら、まだトランプを続けるのですが」


 その後、スピードや変則ダウト、変則大富豪にトランプを使った花札なんかをして、時間は過ぎる。




「それでその、旦那様、少々申し訳ないのですが、彬奈はこの後、ご夕食の用意をしなければならないのです。下ごしらえはすでに終わっているので、さほど時間はかからないのですが、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 外が暗くなってから二時間ほどたって、ようやく久遠がトランプに飽きてきたタイミングを見計らって、彬奈は離脱する。


 一人残された久遠は何をするでもなくベッドの上で横になり、時間を潰す。


 少し遅い時間に軽食という名のお昼ごはんを食べたこともあって、気を使ってくれたのだろう、普段よりも少し遅い時間で、消化にいいものだったこともあってか、すでにそこそこ空腹感を感じていた久遠は、一枚の扉越しに若干漂ってくる匂いを感じながら身もだえる。


 そんな風にしながらしばし待っていると待っていると、扉を開けた彬奈が持ってきたものは、いくつかの小皿。


 煮物に、お吸い物に、天ぷらに、茶わん蒸しに、煮びたし。そこに炊飯器から炊き込みご飯をよそう。どれも一人分で、中に入っている具材が似通っていることから、手作りなのだろう。



 今、これだけのものを用意する時間は当然なかったから、前もって作っていたものになる。この日のために準備していたものになる。


「味がしっかりしみ込むように、二日前から用意していたんです。天ぷらばかりは、どうしても出来立てを食べていただきたくて今あげてきたものになります」


「旦那様が、毎日しっかり食物繊維を取りたいとおっしゃってましたから、今晩はいつもよりも食物繊維を多めにしてあります。本当はお肉やお魚がメインの方がいいかとも考えたのですが、……そのお顔を見る限り、これでよかったようですね」



「それでは旦那様、たーんとお召し上がれ♪」




 この日の夕食は、これまで食べてきた中で一番温かく感じた。




















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 難産だった……いちゃらぶ系は読むのは好きだけど書くのは無理そうだなぁ……


 日常(?)編は終わりです!これ以上はキャラの心は癒せても作者の心は壊れちゃうから!!

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