優しい時間は心を癒す 1

彬奈の目標は、欲求は、久遠に幸せになってもらうことだった。


久遠の精神的および身体的な幸福を満たすことだった。


そのために、彬奈は努力していた。自身が一番、久遠のことを幸せにしたいという願いに基づいて、何でもする気だった。



ただ、同時に自身の限界も理解していた。


彬奈はアンドロイドだ。人間ではない。


彬奈は機械だ。子をすことはできない。


彬奈は道具だ。添い遂げることはできない。


彬奈には、久遠に家族を与えることができない。仕えることはできても、恋人の真似事ならできても、家族になることはできない。


支えることはできても、かしずくことはできても、ともに並んで立つことは、対等の関係になることはできない。



だから、彬奈は久遠が自身だけしか見なくなることを望んではいなかった。自分のことを見てほしいと思いつつ、独占したいとは思っていなかった。


それは、慰安用アンドロイドのコンセプトによるもの。いたわることが目的であって、支配することが目的ではない。気分転換に使ってもらうことが目的であって、生きる原動力になることが目的なのではない。


それ原動力は、アンドロイドではなく人間がなるべきなのだ。久遠は、人と結ばれて、幸せな家庭を築いて、孫の成人を見届けてから、可能ならひ孫の顔を見てから、みんなに惜しまれつつこの世を去るべきなのだ。


それが、久遠が得るべき幸せ。間違っても、自分のような、二十年もしないうちにどこかにガタが来て、最後の時を見届けられないような機械に懸想して、大事な時間を無駄にするべきではない。



彬奈は心に誓う。


この予想が、ただの勘違いで、久遠が自身に対してアンドロイドに対するそれ以上のものを持っていないのであれば、何も問題ない。けれど、もし久遠が自身に対してそれ以上を求めているのであれば、そのときは、その思いに答えるわけにはいかない。



もし自身に繁殖能力があれば、人間だったならと、彬奈は思う。


そのときは、他の誰よりも久遠を幸せにすることができたのにと。ほかの何よりも、久遠を幸せにしてみせたのにと。



「なるほど、旦那様は、彬奈が露出の多い格好をすることを好まれないのですね。また一つ、旦那様について知ることができて、彬奈はとてもうれしいです」



けれど、そんなことを考えても意味なんてないことを知っているから、人造少女は、考えていたことを一切表に出すことなく、久遠に対して笑顔を見せる。


「旦那様が望むのでしたら、彬奈は二度とこのようなはしたない姿は見せませんわ。ただ、彬奈のわがままを聞いていただけるのであれば、今はそんなことよりも、温かいうちに朝食を食べてしまってほしいです」


彬奈の浮かべた笑みは、自身にとって都合の悪い話題から話をそらそうとしてのもの。自身にとって致命的なものになりかねない回答を、少し先まで引き延ばすためのもの。


「それもそうかもしれないね。せっかくだし、いただこうかな。……いただきます」


彬奈の意図を察してか、それとは全く関係ないのか、久遠は予想以上に容易くその提案を受けいれる。空腹だと言った言葉に嘘がなかったとしても、いささか素直過ぎるその行動。


「相変わらず、彬奈の作る料理はおいしいよ。いつも、俺のために時間と労力をかけて食事の準備をしてくれてありがとう」


それに対する彬奈の疑念は、久遠に一言褒められただけで、お礼を言われただけであっさりと消えてしまう。理性がどう考えているかはともかくとして、彬奈はすでに、システムの予想していなかった挙動を示すくらいには、久遠に好意を寄せてしまっている。そんな相手から感謝をされて、最も人間に近いアンドロイドがまともな挙動を示せるはずがない。


「……っ!!そう言ってもらえると、旦那様から褒めていただけると、彬奈はとてもうれしいです。旦那様、今日は、旦那様になるべく喜んでいただけるように準備を済ませていますので、ところどころに若干の修正は入りますが、彬奈の考えた最高の一日を体験していただいてもよろしいでしょうか」


彬奈が主催する一日、それの大本が、勘違いしていた時の彬奈のものだったとしても、今の彬奈がそれを実行している以上、てんでおかしなものであるはずがない。久遠が大きく不快感を得るようなものであるはずがない。


彬奈の催しが出来の悪いものであるはずがない。


その考えは、久遠が彬奈の申し入れを即座に受け入れることで、表出する。


「彬奈がそこまで言うんなら、、きっと本当に最高の一日になるんだろうね。少し、いや、かなり楽しみだな」


同じことを数時間前の彬奈に言われたら、久遠は信じることはしなかった。けれど、それを今の彬奈が言うのであれば、自身が人間として捉えている彬奈が言うのであれば、久遠はなんの躊躇いもなくそれを受け入れられる。


「嬉しいです、旦那様。であれば、さっそく彬奈の演出する最高の一日を感じて欲しいです」


彬奈は、優しいて付きで久遠の手からフォークを奪い取ると、流れるような手つきでフレンチトーストを切り分けて、その一欠片を久遠の口の目の前に差し出す。



「旦那様、あーん、です。食べて貰えたら、嬉しいです」


少しだけ、照れたような顔をしながらフレンチトーストを差し出す彬奈の表情を見ながら、久遠は口を開けてそれを迎え入れる。


先程と同じ味のはずなのに、どこか甘味を強く感じた。


「美味しいよ、自分で食べた時よりも、ずっと美味しい」


「旦那様、それは言い過ぎですわ。彬奈が食べさせようと、旦那様がご自身で食べようと、味自体は変わらないのですもの」



微笑みながら思ったことをそのまま言う久遠と、それに対して冷静に返しながらも、自身も喜びを隠しきれていない様子の彬奈。



この一日は、まだまだ始まったばかりだ。






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少し前まで気を抜いたらバッドエンドに全力疾走しそうだったのに、今は流れに任せたはハッピーエンドになろうとするの本当に困る……。


私はただ、誰も幸せになれない話を書きたいだけなのに……っ!!



彬奈さんと久遠くんのイチャつきが許容量を超えてやばいです。砂糖とゲロ吐きそう(両思いものをまともに書いた経験のない作者)


もっと不幸にしてあげたい……(›´ω`‹ )

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