変わった日常 4

 久遠が目覚めて最初に感じたのは、あるいは目覚めるよりも早く感じたものは自身の体を揺する振動。彬奈が自身のことを起こそうとしている振動だった。


 寝起きがよくないとはいえ、数回の音程度で目覚められる程度の久遠は、当然その振動のせいで意識が覚醒する。


 その前から漂っていたおいしそうなにおいには一切反応しなかったあたりから、久遠の寝起きの悪さは一目瞭然だ。


 時計を見ると、久遠が起こされたのは、七時間と半時が過ぎた頃。人間の睡眠周期から考えれば、一番目覚めやすい時間帯の一つだし、それをバイタルチェックからしっかり把握していたアンドロイドがわざわざその時間を選んだ以上、その時間配分は、数秒単位で寝起きの良くなるように調整されている。


 つまり、久遠の目覚めが悪いことはいつものことになるということだ。決して、平和な朝は訪れない。


 そして、久遠は不機嫌なままに起床する。そこに因するものは彬奈がこの家に来るよりも前からずっと繰り返されてきたもの。


 いかにアンドロイドが優秀であっても、干渉しきれないもの。人間の生理的な欲求に由来するもの。


 それに、彬奈は真っ向から逆らった。自身の数少ない分析結果から導きだした、時間と不機嫌さの相関性について、久遠と他の人たちの相関性を計測して、限定的ではあるが、その式の答えに一つの結論をつける。


 いわばそれは、対久遠に特化した最高の目覚め。


 朝から漂う殺人的なカレーの匂いは、仄かに香る柑橘系は、朝の久遠から機嫌の悪さを吹き飛ばす。


 そして、目覚めてすぐに用意されている朝食、すでに詰められて包まれている弁当。


 少し横を見れば、そこにはしっかりとシワを伸ばされた服があり、さらに隣にはカバンがセットされている。


 まだ三日目なのに、二回目なのに、彬奈は恐ろしいほど完璧に朝の用意をしていた。


「おはようございます、旦那様」


 微笑みを浮かべながら、彬奈は言う。


「……おはよう彬奈、何というか、すごいな」


 起きて、周囲を見て状況を把握してからようやく出てきた一言。


 そこにあったのは、驚き。


「旦那様の心の平穏を守ることが、慰安用アンドロイドの存在意義ですから。多少定義の拡大解釈をしてしまえば、このように家事用アンドロイドの真似事だってできてしまいます」


 以前の彬奈も、確かに家事はしていたが、それは一人暮らしを始めたばかりの大学生くらいのものだった。最低限出来てはいたが、細かいところには手が届いていなかった。


 ただ、慰安型アンドロイドとしては、そのくらいで普通なのだ。家事をさせたいのであれば本来買うべきは家事用アンドロイドなのだから、高品質にできないのは当然なのだ。


 そのはずなのに、目の前にいる彬奈は、明らかに慰安用の範疇から外れたパフォーマンスを発揮している。


「なので、これからは毎日最低でもこの水準を保証します。だって、そうでないとあまりにも生活の質が低くなってしまいますから。昨日一日で思いましたが、旦那様はもっと贅沢をしてもいいのですよ」


 そのほほえみは、どこか得意げなものに見えた。彬奈の中で、最も人間に近い彬奈は、その性能をフルに使ってこの場を用意する。


 そして、その強いこだわりは、寝起きの久遠にもしっかり届いた。


「そうか……そうなのかな。とりあえず、ありがとう」


 ただ、こだわりが届くことと、それを理想通りに受け取ってもらえることは、必ずしも一致しない。


 彬奈が間違いなく久遠を思っていたとしても、それが久遠のためになると信じていたとしても、それを受けて、必ず好意的に捉えてもらえるとは限らない。


「はい、旦那様。せっかくですから、冷める前にお食べくださいな」


 けれど、そのことに気付いていない彬奈は、自身の信じる形で、気持ちを表現する。


 たとえ技術が進歩したとしても、たとえ行動だけで好みがわかる分析力があったとしても、アンドロイドに人の心を覗く機能はない。


 ズキリ。


 だから、彬奈には久遠の痛みがわからなかった。久遠自身すら正体がわかっていないそれが、わかるはずがなかった。



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 短めでごめんなさい、タイトルはイメージに合うものが思い浮かばなかったので保留で、なにか降ってきたら変えます。

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