第12話 身体検査

 2杯目のお茶を飲み終えたところで、ディランは本題に入ることにした。友人がいないと話していたエミリーと、シャーロットが仲良くお喋りしている様子は微笑ましいが、それが目的でシャーロットを呼んだわけではない。


 ここにシャーロットがいるのは、エミリーの身体検査をして、『誘惑の秘宝』を持っているか確認するためだ。エミリーが自分の意志ではなく所持している可能性もある。


「そろそろ始めるよ。まずは、シャーロットに守護の魔法をかけるね」

 

 年頃の女性の身体検査をディランが直接するわけにはいかない。他の理由による身体検査なら侍女達だけでも問題ないが、同性さえ魅了してしまう可能性を考えると精神面の訓練を受けている人間がいる方が承認になる。その点、シャーロットはチャーリーの婚約者であり、女性の中では一番厳しい訓練を受けてきたはずだ。


 それでも、ディランは悪意ある第三者が関わっている可能性を考えて、シャーロットに何重にも魔法をかける。


「こんな感じかな。じゃあ、後はよろしくね」


「わたくしに任せて頂戴」 


「シャーロット様、よろしくお願いします」


 ディランは2人にやるべきことを伝えて部屋を出た。エミリーは、談話室に完備されているシャワールームで王宮侍女が磨き上げ、侍女が用意した服に着替えてもらう。


 シャーロットはその間、隠し持っている物がないかを監視してくれているはずだ。


 ディランは侍女に呼ばれるまで、学院の図書室で時間を潰した。



「ディラン殿下、お待たせしました」


「気にしないで。予定通りだよ」


 ディランが部屋に戻ると、エミリーは、誰が選んだのか分からないド派手なドレスを着て恥ずかしそうにしていた。シャーロットが隣で満足そうな顔をしているので、今どきの宮殿ファッションなのだろう。


 恥ずかしそうにしているところも含めて可愛いが、ディランの好みとしては、もう少し落ち着いた色の方が好きだ。


「何か気になるところはあった?」


「ええ。あったわよ」

 

 シャーロットが淑女らしい控えめな笑顔で答える。なんとなく胡散臭い。


「何が気になったの?」


「エミリーの胸がわたくしより大きかったわ」


「胸が大きい?」


 胸の大きいシャーロットよりエミリーの胸は大きいらしい。ボリュームのあるドレスのせいで分かりにくいが、これはかなり有用な情報だ。


(違う違う! 全然有用じゃない!)


 ディランは慌てて想像を追い出す。咳払いをして表情を引き締めた。


「シャーロット、真面目に話してよ」


「わたくしは真面目ですわよ」


 ディランは油断するとエミリーの胸に向かいそうな視線を上げてシャーロットを睨む。シャーロットは扇子を広げて口元を隠しているが、淑女の仮面が完全にはがれ落ちていた。


「察しが悪いわね。胸以外に気になることは無かったということよ。ネックレス以外は、学院指定の制服だったし、細工のしようもないわ」


「なるほど……ごめん。僕も見させてもらうね」


「はい、大丈夫です」


 エミリーには離れてもらって、ディランはシャーロットの監視下でエミリーが身につけていた制服とネックレスを確認する。


「イヤらしい顔をしていたら、後でチャーリー様から叱って頂きますわよ」


「気をつけるよ」


 今回に限ってはチャーリーも同世代の男として味方になってくれそうだが、エミリーに嫌われたくないので煩悩は捨て去る。どの持ち物からも魔法の気配はなかったが、念の為、魔道具になりやすいネックレスを手に取った。


「珍しいね。日時計かな?」


「はい、そうです。カランセ伯爵家の子供たちは、代々学院入学の歳になると両親から贈られるんです。今は御守の意味が強いですが、農業に携わる者の多い家系なので、昔は外で時間を把握するのに役立ったと聞いています」


「へー、王家で印章指輪を贈られるのと似ているね」


 ディランも学院入学とともに贈られた指輪を付けているが、王族として行う大切な書類などの承認には、署名の他に指輪の印が必要となる。個人毎に新たに作られる紋章が印となっているので責任も発生するが、大人の仲間入りができたと貰ったときには嬉しかった。


 ディランがエミリーの日時計をひっくり返してみると、蔦のような模様と花が3輪彫り込まれていた。それは紋章のようで、そのあたりも印章指輪と似ている。


 入学時に渡されたとなると魅了していた時期と重なるが、念入りに調べてみたが魔力の気配は感じない。いくつか隠蔽解除の魔法もかけてみたが、少なくとも世に知られている隠蔽術は施されていなかった。


 どうやら、エミリーの持ち物に『誘惑の秘宝』はないようだ。


(本当に原因が分からないな)


 後回しにしてしまったが、今でもエミリーからは魔力が漂っている。ディランが知る魅了の方法は排除したはずだが、エミリーは魅了を続けているということだ。


「エミリーが『誘惑の秘宝』を使っていないことが確認できたよ。ふたりとも協力ありがとう」


「ディラン殿下、シャーロット様。私のためにありがとうございました」


 エミリーがペコリと頭を下げる。しかし、その表情は複雑そうで解決が遠のいた事に気づいているようだった。


 ディランもエミリー自身から得られる情報からは、これ以上できることがない。あとは王家に残る機密の情報に頼るしかない。


「近いうちに禁書を読みに行ってくるから、そうすれば、何か打開策は見つかるかもしれない。しばらく、辛抱してね」


 ディランはそう言って、エミリーを励ました。ディランはもうエミリーを疑ってはいない。


 具体的な事を何も言ってあげられないのは心苦しいが、ディランにとっても未知の領域なので仕方ない。王家の書庫に眠る膨大な資料に答えがあることを願う。


「せっかくドレスを着ているのだから、わたくしと夕食を楽しみましょう。お気に入りのお店の予約を入れておくわ」


「シャーロット様の行くようなお店に、私みたいな者は……」


「わたくしが招待しますから、何も心配いらないわ」


 エミリーは恐縮していたが、シャーロットが持ち前の強引さで押し切ってしまった。シャーロットがチョコレートをたっぷり使ったデザートが出るお店だと言うと、エミリーの目が一瞬輝いたので、シャーロットととの食事を嫌がっているわけではないだろう。


 ディランは心のメモに『エミリーはチョコレートが好き』と書き込んで、2人とは学院の前で別れた。お茶のときにも話が弾んでいたようだし、エミリーを慰める役はシャーロットに譲ったのだ。

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