第3話 お気に入りの場所

 あのような騒ぎが起こったにも関わらず、翌日の学院は比較的平穏に昼休みを迎えていた。騒ぎの中心人物であるチャーリーが学院にいないためだ。


 今朝、チャーリーは側近のハリソンとトーマスとともに国を出発した。隣国の式典に国王の名代として出席するためで、かなり前から決まっていた予定だ。我が国との友好を示すため隣国の視察も行うことになっているので、学院にはしばらく戻って来ない。


 ディランは問題が先送りになったことにホッと胸を撫で下ろしていた。この件がなかったとしても、チャーリーが学院にいないというだけでディランの心は軽くなる。


(久しぶりにゆっくりできるな)


 ディランは売店でランチセットを買って学院の裏手にある森へと向かった。人に囲まれることが好きではないディランにとってお気に入りの場所だ。晴れた日でも薄暗い森には生徒はあまり近づかない。ときどき教師が授業で使う薬草を取りに来るが、ディランのことをそっとしておいてくれている。


 その静寂に包まれた森に入ったはずなのに、今日は状況が違っていた。


「あなた、何を考えているの? 婚約者がいる相手に馴れ馴れしい」


 女性特有のヒステリックな声に森に潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。ディランはよく知る声に頭を抱えたくなった。どうやら、ディランの静かな昼休みは、お預けのようだ。


 仕方なくディランが声の主を探すと、シャーロットが三人の女子生徒を引き連れて一人の生徒を囲んでいた。


「学院は平等だからって、不特定多数の男性に言い寄って良い場所じゃないのよ」


「ごめんなさい。わ、わたし……」


 シャーロットに詰め寄られて泣きそうな声をあげているのは、ピンクブロンドの髪の生徒。後ろ姿でも特徴的なので間違えようもない。エミリー・カランセ伯爵令嬢だ。


(うわー、面倒くさい!)


 3対1なのは良くないが、シャーロットの言っていること自体は正論だ。何も薄暗い森に連れ込むことはないと思うが、他の生徒の前で注意するよりエミリーに被害が少ないのも確かだ。シャーロットに嫌われていると知られた場合、この学院の女子の中ではやっていけない。シャーロットは、まだ入学したばかりの1年だが、チャーリーの婚約者であるし彼女に気に入られようと動く者も多いのだ。


 シャーロットは迫力のあるウェーブヘアをかき上げながら、エミリーを見下ろすように睨みつけている。会話が聞こえていなければ、完全にイジメの現場だ。


 ディランはどうするべきか悩んで立ち尽くした。ディラン以外に見られてしまったら、未来の王妃であるシャーロットに悪い噂が立つ可能性もある。かと言って、認識阻害の魔法をかけて周囲から隔離するほど、シャーロットに肩入れするのも難しい。


 シャーロットはチャーリーの婚約者とは思えないほど、曲がった事が嫌いだ。チャーリーが揉み消せないほど陰湿な事はしないだろう。


(僕は今日ここには来なかった)


 ディランは見なかったことにして、シャーロットたちにクルリと背中を向けた。


「学院は勉強するために通う場所よ。ディラン、そうよね?」


「へ?」


 ディランの背中に向かってシャーロットの声が飛んでくる。どうやら、逃げ遅れたようだ。ディランはため息をつきながら、シャーロットの方に向き直る。


 シャーロットが不機嫌そうに、こちらを見ているし、正直無視して逃げたい。ディラン自身に認識阻害の魔法をかけておくべきだったと思い至ったが、もう遅い。


「やあ、シャーロット。こんなところで会うなんて珍しいね」


 ディランは余所行きの笑顔を作って近づいた。せっかくのランチのスープが冷めてしまうが、諦めるしかなさそうだ。

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