就寝準備

 夜那は部屋に上がり、眠るにしても時間が早すぎるため、どうしようか考えた。


「……お風呂、入るか」


 旅に慣れているとはいえ、入れる環境にあるならばと入ろうと思った夜那は、着替えを持って風呂場に向かった。

 脱衣所に置いてあった籠に、新しい服とタオルを置き、服を脱ぐ。

 

 旅続きの生活を送っているわりに、夜那は日焼けはしておらず、ミルクホワイトの肌色をしている。再生する体であるため傷一つないが、そのぶん、背中にある羽の痣が異様に目立つ。髪紐をほどくと、長い黒髪が痣を隠した。


 風呂に入り、汚れを落として気分もさっぱりとした夜那は部屋に戻り、寝る支度を整えた。しかし、眠気はやってくることはなく、椅子に座ってカーテンのない窓から空を見上げる。


「今日は、新月か」

『どうかしたのか? 我が主よ』


 紫闇が話すと、剣頭の闇の魔晶石が紫色の輝きを放つ。

 夜那は紫闇を手に取った。


「暗闇が苦手なんだ。あの時の、私の人生が狂った日を思い出すから」

『主、そなたは<忌み子>と申していたが、それはいったいなんなのだ?』

「私の生まれた村では、三十年に一度の割合で、体のどこかに羽のような痣を持って生まれてくる子供がいるんだ。それは、村で祀っていた人喰いの魔物キベリアスに捧げるための生贄の証。私は背中にその痣があるんだよ」

『人喰い魔物を、祀っているとは……。長く生きてきた我だが、そんなことは初めて聞いたぞ』


 五百年以上前に作られた紫闇ですら知らない事実に、夜那は苦笑した。


「あの村はすごく閉鎖的で、地図にも載っていない村だからね。だからこそ、偏った考えしか持たないんだ」

『しかし、主は生贄に捧げられたのに、なぜ生きておるのだ? 魔物の血が流れていることが関係しておるのか?』

「生きているのは、にぃに助けられたから。

 魔物の血がながれているのは、キベリアスは獲物に自分の血を分け与えることで、獲物に再生力を与えるんだ。それで自分が飽きるまで貪り続ける。だから私の中には、魔物の血が流れてるの」

『そうであったか……』


 紫闇は言葉を無くした。今度の主は、想像以上に壮絶な過去を持っていたからだ。


『主、一つ聞いて良いか? なぜ死を望むのだ? 生贄になっても、せっかく助かった命だというのに』


 紫闇の問いに、夜那はため息をついて答えた。


「……助けてくれたにぃには、絶対に言えないけれど、物心ついたときから死にたかったんだ。だって、生まれたときから私は生贄になることが決まっていた。ずっと苦しみを味わい続けると、わかっていた。それなのに、生きていたいと思う?

 脱走に失敗して、生贄になった。でも喰われ続けているうちに、痛覚は麻痺していった。だからあとは、完全に喰われるのを待つだけ。そう思っていた」

『だが、兄君に助けられた。主にとっては、それは予想していなかったことなのだな?』


 夜那はうなずく。


「助けられた時は、複雑だった。にぃが生きていたこと、私のことをずっと想っていてくれたことに、嬉しいと感じた。でも、どんなに傷を受けてもすぐに再生する体になった私は、簡単には死ねない。それに、どうやら成長が止まっているみたいなんだよね」

『なるほど……。本当に成長が止まっているのだとしたら』

「私は、一人取り残されることになる。理不尽だと思わない? 死にたがりが死ねないのだから」

『主……』

「でもこれも、運命なんだろうね」


 夜那はポツリとそうこぼす。紫闇はなにも言えず、黙りこんでいる。


「……そろそろ寝るよ。紫闇もおやすみ」

『あぁ。ゆっくり休むとよい』


 夜那は紫闇をベッドの脇に立てかけ、ベッドに寝転がる。彼女の意識は、ゆっくりと夢の中へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る