第48話 リア充達の思惑③



 ~泉谷 結衣side



「なぁ、泉谷~、やらせろよ~」


 みんなが物資を運ぶのを手伝っている中、平塚くんが身体を求めてくる。


「嫌よ。どうして私なの? 私達、別に付き合っているわけじゃないでしょ?」


「悠斗がサボって保健室で凛々子ちゃんとイチャコラしている最中だろ? 俺だってやりてぇよ……なぁ、頼むよ~!」


「嫌だって言っているでしょ!? 暇を弄んでいるなら、みんなと一緒に運搬の手伝いに行きなさいよ!」


「ああ? 泉谷、お前だってサボってんじゃねぇか!?」


「私は具合が悪いの……ちゃんと富樫副会長に許可もらっているんだからね! うっぷ」


 不意に吐き気が襲い口元を押さえる。

 最近、ずっとこんな調子だ。


 原因はわかっている。

 

 ――妊娠初期のつわりだ。


 最近、微妙だけどお腹も目立ちつつある。


 誰にも相談できないけど、ようやく富樫副会長には体調不良を理由に今日だけでも休むことが認められたの。


 でも、いつまでも騙し通せるわけがない。

 そのうちバレるのは目に見えている。


 私は産みたい……悠斗くんの子。


 二人の赤ちゃん……。


 だから、これは賭けでもある。

 悠斗くんがこっちに来てもらうための。


 りりちゃんは、必ず悠斗くんを見限る。

 今の悠斗くんが置かれている立場に不満があるからだ。


 あの子は昔っから欲深い。

 このまま黙っている筈はないと思った。

 靡く相手がいれば、絶対にそっち側に行く筈だ。


 その相手は意外とすぐ近くにいた。


 夜崎くんだ――。


 一年の『城田 琴葉』さんの報告だと、人喰鬼オーガ相手に戦い抜き、身を挺して西園寺生徒会長を守ったとか。


 生還した彼は返り血を浴びて血塗れだったけど、どこかカッコ良かった。

 今まで興味なかったけど初めてそう思える。


 途端、リリちゃんは早速動きを見せている。

 さりげなく夜崎くんに「大切な幼馴染」をアピールしつつ、駄目彼氏に献身的に尽くす彼女を演じていた。


 ぶっちゃけ、それ、姫宮さんが笠間くんにやってたネタでしょ?

 何、丸パクリしてんのって感じ(笑)。


 ガチで、あざとい子。引くほどウザく見えてくる。


 けど、私はあえて黙認することにした。


 だって、夜崎くんとリリちゃんにはくっついてもらいたいからね。

 

 そうすれば、悠斗くんの傍には誰もいなくなり、きっと私の下に来るはず……。


 利用される夜崎くんは可哀想だけど、幼馴染ってだけでリリちゃんを捨てきれない、彼の甘さも悪いと思う。


 肝心の悠斗くんは、さっき姫宮さんを呼んで何か話そうとしているけど、告白でもする気かもしれない。


 落ち目の悠斗くんなんかに誰も寄り付く筈ないのに……。


 万一、二人が妙なことになりそうだったら、姫宮さんには私が彼の子を妊娠していることを打ち明けるわ。


 そうすればドン引くでしょ?


 だから悠斗くん。

 貴方は私の下に来るしかないんだよ。



 パ・パ・さん……。






 ~平塚 啓吾side



 クソ、泉谷の奴。


 ぜんぜんやらせてくれねぇ……。


 遊んでそうなのに、前からやたらとガードが固いんだ。

 けど、あいつ……なんか太ったんじゃね?


 特にウエスト回りが……。


 まぁ、いい。


 にしても、悠斗の野郎……。


 運搬をサボって、凛々子ちゃんと……クソォッ!


 んな悶々としている中、俺だけ運搬の手伝いなんて出来るわけねーだろがぁ!?

 結果、俺は悠斗のイチャコラの見張り番と化しているしかなかった。


 あいつは、いつもそうだ!

 自分だけ美味しい思いをしやがる!

 俺を利用してよぉ!


 夜崎に対してもそうだ――!


 俺は別に夜崎のことなんて、なんとも思ってねぇよ!

 んなのほっとけって感じだ。


 だが、悠斗は違った。


 何故か、夜崎を意識して攻撃対象にしている。

 奴もカースト二位ってプライドもあって、陰キャぼっちである夜崎をイジメるまではしなかったが、俺をけしかけさせ地味な嫌がらせを強要してきた。


 その結果がこれだ!

 すっかり立場が逆転されてんじゃねーか!?


 情けねぇ!


 やっぱ時代は『夜崎』だ。


 俺好みの金髪ギャル系である彩花ちゃんといい……奴の周りには美女と美少女が多い。

 全盛期の笠間を上回るハーレム状態。


 ――なんとか夜崎に取り繕いてぇ。


 夜崎サイドに付けば、俺もおこぼれくらい味わえるかもしれねぇ。

 少なくても悠斗なんかよりはマシってやつだろう。


 しかし今更どうすれば……俺はきっと夜崎に嫌われている。


 これまで散々、嫌味なこと言っちまったからな。

 あれは悠斗に指示されたことだと謝罪しても許してくれるかどうか……。


 クソォッ、悠斗の奴!


 マジ死なねーかな、あいつ……。






 ~渡辺 悠斗side



 凛々子が西園寺生徒会長に呼ばれ不在時。


 俺はチャンスだと思って、周囲の目を盗んで姫宮に声を掛けた。

 彼女は返り血を浴びた制服を脱いでおり、学校指定のジャージ姿だ。


 その姿とて決して魅力を損なうことなく滅茶苦茶に可愛い。


 俺は姫宮に、二人きりで話したいことがあると伝えた。


 が、


「――ごめんなさい。渡辺くんと二人きりはちょっと……ミユキくんに誤解されるようなことはしたくないの」


 速攻で断られる。


 姫宮の中では、すっかり夜崎中心に動いているってのか?

 まさか、嘘だろ!? 何かの間違いだ!


 クソ……ここで諦めたら、二度と姫宮と話す機会がなくなるような気がする。


 何としても、俺の気持ちを打ち明けたい。


 しゃーない。

 ムカつくが……あの手を使うか。


「そのぅ、夜崎についてなんだけどよぉ」


「ミユキくん? なぁに?」


 俺が奴の名を出した瞬間、姫宮は可愛らしく瞳を丸くしてきょとんとする。

 しかも、やたら食いついてきた。

 苛立つ気持ちを抑え込む。


「昔、俺……あいつに酷いことやってしまってな。そのぅ謝りたいんだ。だから姫宮なら、相談に乗ってくれるかなって思って……」


「そう……わかったよ。そういうことならいいよ」


 ようやく姫宮は了承してくれる。

 にしても、夜崎の名を出した途端、こうもあっさり釣れるとはな……。

 

 複雑な気分だが、まぁいいだろう。



 それから時間を指定し、誰もいない教室に彼女を呼びつける。


 姫宮は時間通り、一人で教室に入って来た。


 初めての二人っきり……めちゃドキドキする。

 つーか、異性に対して初めてかもしれない。


「悪りぃな、姫宮。わざわざ来てくれて……嬉しいよ」


「ううん。それで、ミユキくんに謝りたいことって? 中学の頃のお金のこと?」


「金? 何が?」


「私、見ていたんだよ……中学三年の時、渡辺くんが木嶋さんと付き合う条件として、お金を受け取っていたところ。そのお金ね、木嶋さんがクラスメイト達から盗んだお金なんだ……その犯人を木嶋さんがミユキくんのせいにして……でもね、彼は木嶋さんを責めることなく受け入れたのよ。お金も自分から返金した上でね」


 何言ってんだ、姫宮?

 確かに、俺は付き合う条件として凛々子から金を受け取っている。

 その現場をお前が見ていたってのか?

 

 嘘だろ……。


 やばい。


 ――告白どころじゃねぇ。


「そ、そうなのか? まぁ、あの時は俺も家のことで苦労していたからな。けど、俺は凛々子がそこまでしていたなんて知らなかったんだ。ましてや夜崎が庇ってくれていたなんてよぉ……いや、これ本当だぜ?」


「だったら、どうして私を呼んだの? 渡辺くん、ミユキくんのことで他に何かあるの?」


 姫宮の表情が変わる。

 身構え、俺を軽蔑した眼差し。


 やめろ!


 そんな目で俺を見るな!


「……ねーよ」


「え?」


「ねーよ! 夜崎のことなんてなぁ! 俺はお前に告白したいんだ!! 前からずっと好きだってな!!!」


 俺の思い切った告白に、姫宮は一瞬だけ驚いた表情で硬直する。

 だがすぐに瞳を反らした。


「……ごめんなさい。他に好きな人がいるから」


「なんだよ……まさか、まだジュンに未練があるのか?」


「違うよ。もう彼とは関係ない……向こうから捨てたわけだし」


 間髪入れず、姫宮は即答する。

 だけど、ジュンが姫宮を捨てただと?


 いや、今聞きたいのはそんな話じゃない!


「だったら他の好きな奴って誰だ!? まさか夜崎――」


 俺がその名を出した瞬間だ。


 姫宮は恥ずかしそうに「うん」と頷いた。



 あ、あぁぁぁああああ――!!!



 頭に血が上り、目の前が真っ暗になった。

 

 嘘だ! これは何かの間違いだ!! そんな筈があるわけがない!!!


 ある筈がなぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!!


 俺は姫宮の肩を強引に掴みかかった。


「しっかりしろ! お前は『姫宮 有栖』だろ!? あんな陰キャぼっち野郎のどこが――」


「ミユキくんを悪く言わないで!」


 姫宮は俺の腕を強引に払い退けた。

 華奢な女子とは思えない圧倒的な力である。

 一瞬だが、彼女の瞳が赤く光ったような気がした。


「ひ、姫宮……」


「渡辺くん……キミは、ずるい人だね」


 一言そう告げると、姫宮は駆け足で教室から出て行った。






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